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scene 014 「30秒だ」

 操舵手を失った4番艦スクルドは、メインロケット噴射の軌跡を錐揉きりもませながら暴走していた。

 スロットルはロックされているようだ。最大戦速のままだ。加速Gが緩まないどころか、螺旋蛇行しているおかげで更に強烈な負荷になっている。席を立つ事はおろか、横を向くことすら困難だった。
 更に、敵艦からの砲撃も無くなってはいなかった。したたかにチャンスを逃さず、撃沈を狙っているのだろう。

(主砲手が無事だったのは九死に一生だった。よくぞ、敵砲を受け流パリーしてくれている。だが──)

 血まみれの口にマスクを咥え、更に、止まらぬ血を吸わせる為にバキュームを繋ぎながら、カッセル艦長は謝した。

 ────ビームを防御するiフィールドの照射を操作しているのは砲手だ。
 砲撃してくる敵は、砲撃すべき敵である。メガ粒子砲とiフィールドの照射は、同方向になる。
 そして、メガ粒子砲は、強力なiフィールドを発生させてミノフスキー粒子の圧縮を行うことによって放たれる。つまり、iフィールド発生機でもあるからだ。
 今、スクルドは錐揉み回転しながら暴走している。襲いくる敵砲撃を防ぐためには、主砲は旋回し続けて敵艦を捉え続ける必要があった。

(──このままでは、すぐに……撃沈するやられる

 ────ムサイ級の主砲は船体から迫り上がり艦橋へ繋がるシャフトフレームに外装されている。だから、構造上の死角が存在する。
 今、これまで、死角を敵艦に向けなかったのは、正に僥倖ぎょうこうだった。
 しかし、それは永遠には続かない。

 カッセルは一瞬だけうつむいた。跳ね返るように顔を上げた時、そのおもては鬼の形相だった。
 シートベルトのロックを外した。途端にシートから放り出され、後方へ飛ばされそうになる。
 腕に絡ませたシートベルトを命綱にして、艦の螺旋蛇行によって振り回される体が床に近づくタイミングを待った。
 カッセルの期待を上回り、半ば床にぶつけられる様にして、その時が来た。
 苦痛に喘ぎながらも、両脚のニーパッドを床に吸着させることに成功した。
 ベルトからエスケーパーを抜くと、腕に絡めたシートベルトを切断する。

 カッセルは、しばしあえいだ。
 激しいGによって、膝をついて万歳をしている様な格好になっている。
 強度の鎮痛剤が痛みを感じなくしていても、狂おしく悶えたくなる苦しみを感じる。
 もし今、神経に痛みの伝達を許されたら、気絶するか、発狂するんじゃないかとカッセルは思った。
 またしても、一瞬だけ目をつむって、カッと両目を見開いて鬼の形相に戻ると、力を込めて腕を下げて腰のベルトを握る。そして、うめきを漏らしながら上体を屈曲していき、両腕のエルボーパッドも床に吸着させることに成功した。

 宇宙船乗りの制服は、その両肘と両膝に匍匐前進ほふくぜんしんを可能とする吸着パッドが装備されている。この様な事態の為だ。多くの艦船乗りは、これを訓練でしか経験することはない。
 深刻な体の損傷に、生存を最優先する本能が動くことをさせまいとしているようだ。瀕死の芋虫のように、カッセルはのろのろと操舵輪を目指して進んでいった。

(生き残ったら、キャプテンシートは、操舵席のすぐ後ろにカスタムだ)

 普段どうしてあんなに直ぐだったのだろう。舵輪がこれ程に遠い。まだ、辿りつかない。蒼白な顔面は脂汗でぐしょぐしょだ。そして、カッセルは、もう手足が殆ど動いていないことに気がついた。
 血走る目から最後の気力を奪われそうになった時、しなやかな手が、狂って回り続けていた舵輪を止めるのを見た。

「私が、やろう」

 床に匍匐の姿勢のまま、右手を伸ばし、舵輪の六時下部でグリップを取ったのは、ソフィア・ウロウス参謀だった。
 カッセルはあらん限りに目を見開き、そして、気を失った。

「コミュニケーター! 私の──」

 右手を引いて体を舵輪に寄せ、左肘でスロットルペダルのフッカーを打ち外しながらソフィアは声を張った。ロックされていたフルスロットルが解除され、最大加速の強烈なGが消失した。
 コミュニケーターは、初めて聴く彼女の大声にまばたきをしていた。

「──言う事を、よく理解しろ! そして、必要な、同時通達をしろ。
 いいな!? まず、1秒を争う状況だと認識しろ」

 増加を積み重ねた船体の回転のベクトルは消えていない。最大加速のGが無くなってみると、どういう回転をしているかがよく感じ取れる。
 ソフィアは這い上がる様にして立ち上がると、舵輪をしっかりと両手で握り、操舵席スタンドバーに腰を預けた。素早くベルトをロックする。

「全救護班リリーフチームはスクランブルだ。各所で死にかけが出ているはずだ。できる限り助けろ。3名ブリッジに来い。30秒で艦長を運べ。担架フローティングベッドは要るぞ。途中、壁にぶつかるくらいでは死なんが、タイムオーバーしたら助からないと思え。リレーのアンカーのように全力で走れ」

「!! オールリリーフ出動。最速で動け。3名をブリッジへ。艦長が生死の危機にある。
 各部署は重症者を点呼、必要な要請をリリーフに伝達──」

 コミュニケーターは即座に耐ショックマスクを外すと、同時通達を開始した。

(この回転は……ピッチ1、ヨー2、ロール1と半、くらいか)

 ソフィアは、思いきり面舵を投げた。同時にピッチングステアーをガクンガクンと2段押し込んで下げて、ローリングバーニアのペダルを踏んだ。
 船体にバーニア噴射の振動が走る。回転Gが弱まっていくのが感じられた。

医療班メディカルチームは30秒で救急救命ERしろ。それ以上の時間は取れない。30秒では不可能な者は遺憾ながら放棄しろ。認識を間違えるな。30秒だ。延長は絶対に出来ないと覚悟しろ──」

「……メディカルは、すべてのERを30秒以内に完了せよ。カウントのスタートは約30秒後。艦長の到着をもって開始とする。繰り返す。
 メディカルは、すべてのERを30秒以内に完了せよ。カウントのスタートは約30秒後。艦長の到着をもって開始とする。
 これは延長出来ない。繰り返す。
 これは延長出来ない。
 必要な場合は、臨機に英断せよ」

「──うん、そうだ。良いぞ、コミュニケーター。
 30秒終わったら、打ち切って、たすかるものを脱出艇ランチに運べ。
 第一戦闘要員ファーストクルー以外も── させるかァ!!」

 ソフィアは舵輪ステアリングを取り舵に反転しながら、バランサを右に蹴倒けたおしてスロットルを踏み込んだ。
 双発のロケット基部のうち、右ブロックだけが炎を噴いた。
 スクルドがスピン気味に船体をスライドさせた。
 危うく敵艦を死角に見失いかけていた主砲が、射線をキープする。
 あざとく撃ち込まれたメガビームを受け流パリーした。

「──ランチへ搭乗、待機しろ」

「カ、カウントエンドをもってERを終了、直ちにランチへ搬送を開始せよ──」

 突発した高加速Gと敵砲火の衝撃で発生した揺さぶりは、不意を突かれたコミュニケーターの滑舌を乱した。

 コマンダーは、ソフィアとコミュニケーターのやり取りを注意深く聴いていた。
 コミュニケーターとコマンダーの任務は、その境界が重なることが多々ある。戦闘時には、コミュニケーターはコマンダーのフォローに回ることもよくある。
 今は、その逆だ。必要が生じた時、必要なフォローをするのはコマンダーの役目だからだ。
 揺れの強さに、コマンダーは舵を取るソフィアの方を見た。

 操舵席は、立座のスタンドバースタイルがスタンダードだ。この艦スクルドも、それを採用している。
 ソフィアは、腰部をしっかりとバーにベルトロックして、耐Gオプションの持たせ掛けシルエットを開いて頭背部をハーフホールドさせ、三十度開脚で立ちながらステアリングを握っている。その後姿は不安を感じさせない。コマンダーはほっとして、コンソールに向かい直した。
 途中に、力無く浮かぶ、本来の操舵手の姿を視線が通る。首があらぬ方向に曲がっている。何かが、壁に走るポールに引っかかっているのだろう。その位置から流されることなく漂っている。
 と、再び強い揺れに襲われた。
 ソフィアが舵輪を面舵に反転し、バランサを引いたためだ。
 バランサを引き戻ししながら、左右のロケットの噴射出力と噴射角をアンバランスにコントロールする。主砲の射角に敵艦を収めて安定させるためのカウンターだ。

「コミュニケーター! 何秒経ったァ!?」

「27秒経過! 艦長が医療科に到着した所です!」

 答えたのはオペレーターだ。コミュニケーターが『サンクス』のアイコンタクトをした。

「バッチリだねえ! 残念だったな、二頭立にとうだて! もう、スクルドが死角を振ることはない。
 二頭立て敵艦は優秀だ。スクルドが安定したと理解している。だから、暫く・・撃ってこない・・・・・・。……私の勘も、そう言っている。
 覚えているな! 30秒だ! それを過ぎたら、もう、揺れが収まることはない! 30秒だ! 最大に、活かせよ」

 スクルドに、ソフィアの言葉を疑うものはいない。それがどんなものであろうとも。
 今、一切の合点がいったかのように、コミュニケーターの同時通達に、コマンダーのフォローが加わった。
 ブリッジに輪唱する声を聴きながら、ソフィアは煙管を取り出した。

「ぷはぁ~~」

 深くシルエットに上体を預け、ゆっくりと煙を吐き出した。

・・・・・・・・
・・・・

maneuver modeマニューバーモード

 コックピットに鳴り乱れる種々の電子音に、マシンボイスが加わった。
 ビグロの機体各部が、高精度射撃の為の固定ポジションから開放され、代わって高速運動性を発揮するための駆動力を取り戻す。
 金属が複雑にスクラブされる高音と振動が機体に流れ、フレキシブルアームが解放される。
 暴れる龍頭の様にうねり、先端が開いてサーベルがほとばしった。

「さあ、見せてみろ……」

 幾つもの敵機ターゲットサイトが映り込むバイザーの奥で、刃のような光りをたたえた瞳が左に流れた。スティックを握る両手の指それぞれが、違う旋律をバイブレーションする。
 ビグロがテールスライドしながら、機首メガ粒子砲を発光させた。
 遅れてパッシブアラームが点滅し、警戒音が鳴る。更に遅れて、ビグロの後方を弾体が通り過ぎていった。

 主火器レールガンを発砲したと同時にビームに襲われたGm5は、真にギリギリでそれをかわした。僅かに接触した機体側面に火傷が刻まれる。
 避けたバーニアの全力噴射で回避運動がイージーな直線運動になっている。ほんのコンマ数秒のデッドゾーンだ。いつもなら一瞬で終わるこの間が、今、何故か永遠に永く感じられる。どうしてだろう? しまった……と、彼は思った。

 終焉を告げる死神の鎌が振るわれた。玩具が寸断されるように、巨大なサーベルがGm5を二つ折りに切断して去った。

 人型をしているモビルスーツは、時にパイロットの心情を鮮明に表現する。Gm6は恐怖していた。
 辺り一面を眩しく染める爆光を背にして、漆黒に沈んだビグロに、ボヤッと輝く一つ目が浮かんだ。雄叫おたけびを現す無声シーンの様に、Gm6が搭載する全火器を一斉開放する。
 浴びせかかる弾幕が、全て、螺旋を描いて迫る巨体を通り抜けて行く。
 Gm6のレフトアームが背中に伸びた。

「遅い」

 サーベルを握ったGm6の胸を、握り潰せる程のアームが貫き唸る。上体が粉砕され、下半身だけになったGm6が、力の無く踊る脚部をたわませる。次の瞬間、閃光に変わった。

「貴様らの長距離射撃戦闘ロングレンジファイトは強い。一方的に3機損失0-3とはな……だが──」

 2つの爆発光を遥かに後方に従えて、ビグロが次の獲物に走る。一連の攻防の間、メインスラスターは噴射しっぱなしだ。そう、一時ひとときも加速を緩めていないのだ。

「──モビルスーツの戦闘力を決定づけるのは撃ち合いガンファイトじゃあない」

 接近してくるビグロとの相対速度を教えてくれているゲージの上昇の仕方に、減速するつもりが無いと見てとったG3は、通常よりずっと短いエイミングでビームライフルを撃つと同時にmaneuver modeマニューバーモードに切り替え、サーベルを抜きながらスライドに入った。
 高速接近するビグロの背面をビームが過ぎ、突如バーニアを全開にしてスプリットした機体上方をサーベルが薙ぎ払う。同じく、側方に飛ぶG3の上下右三方に、ビームとサーベルが渦巻いた。
 ファーストコンタクトを終えた時、G3はビグロの底背面を見ていた。次の局面でのマウントを取ったのだ。勝った、と、思ったその時、敵機追尾センサーがロストのビープ音を発した。目隠しをされたように照準レティクルが右往左往する。
 G3は一瞬で事態を理解した。意識するより早く、機体を下に向けた。
 奴は、自分が勝ったと思った瞬間の集中の虚を突いて、バトンタッチの死角と呼ばれる、追尾センサーの切り換りラインを縫って消えたのだ。脅威の加速力、そして、信じ難いコントロールだ。 しかし、ならば、ビグロは下方へ潜り込んでいるはずだった。

「甘い」

 最速で下方回転ピッチダウンしたG3のレティクルが、ロストした標的を再び見つけた時、照準一杯にメガビームのスペクトル光が広がった。
 G3の腹部が蒸発するように消えていき、変わって巨大な閃光が膨らんで、全てを見えなくした。

「さあ、お前達の格闘戦闘ドッグファイトを、見せてみろ」

 ────アースティン・シェード。

 旧宇宙攻撃軍ノルン戦闘艦隊、通称『殲滅部隊』のトップエース。
 彼を知る者は、皆、こうう。

「アースティンが負けるという想像は出来ない。……そうだ、戦況の如何いかんを聞かずとも、だ」

scene 014 「30秒だ」

Fin

and... to be continued


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