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scene 013 ミラキュラス

 ビームが、進行方向に被さるように撃ち込まれた。

 G1が、滑らかに旋回しながらそれを越えて行く。逆噴射どころか、横方向へのベクトル変更すらしていない。

(撃ってくる奴が変わったか……)

 バーニアが左後方へ向けて噴射され、スッと機体が右前方にスライドする、と、すぐに右後方へ噴射され、左前方に反復したように帰る。フェイントに引っ掛かったかのように、G1の右方を通り過ぎるビームが後方に消えていく。二度の噴射は加速ベクトルをさらに増加させていた。

凄腕のサプレッサー野郎の動向が気になる、が……)

 ジェットは、スティックの挙動スライダーをタッチした。

shooter modeシューターモード

 マシンボイスが、高精度射撃ポジションを告げた。機体のロッキングが一部解放され、高速運動性能のウェイトが向上する。
 両手を狙撃に使うアドバンスド高精度射撃ポジションスナイパーモードから、左手は射撃操作、右手は高運動の操作にスティックが切り替わる。
 右手が扱っていた十字光レティクルが、ロックオンセンサーと連動したオートに変わり、自走を始めた。

他所よそごとに構ってられそうにねえ)

 G2とG3僚機は、まだスナイパーモードのままだろう──
 突入してくる敵の前衛部隊との近接戦闘開始にも、まだ幾らかのレンジを残している──
 必死の様子で浴びせかけられる制圧射撃に至っては、もはやジェットは意に介してすらいない。いつもの狙撃の偏差予測が出来ないエイムレシー回避運動をキレよくこなしているだけで、ハザードにさえならないからだ──

 ──では、何故、早くもシューターモードに変えたのか?

(ビンビン伝わってくるぜ…… てめえ、俺にガンくれてやがるだろう)

 鋭くバレルロールしながら、ビームライフルを放ったG1の至近を、太いメガビームが走って抜けた。
 G1のモニター正面で、レティクルがビグロを追いかけ回している。
 敵のNo1と思われる、暗褐色のビグロではない。だいぶん明るい黄褐色の機体だった。

(タイマンが望みか?)

 黄褐色のビグロへのフォーカスを外して、メインモニターに敵攻撃部隊の全景をビューした。
 各機が、ゾーンアタックスタイルにポジションしている。これは、変わっていない。
 変化しているのは、暗褐色の奴だ。チームを遥か後方に従える加速で、一騎駆けを始めていた。

(チームがゾーンなのに、単機で突っ込んでくるのか!?
 ウィングマンもついて来ていない。フォローを全く受けられないぞ。
 ……大した自信だな……まあ……わかる。
 阿吽あうんだな。やっぱりお前は、俺と同じだな)

「っとぉ」

 高加速で突入してくる暗褐色のビグロの後方からメガビームが放たれた。黄褐色のビグロだ。
 まるで、自分の余所見を非難された様だとジェットは思った。
 黄褐色の攻撃は、ジェットのエイムレスな回避運動を捉えているわけではない。きっちり外れている。が、思わず避けたかの様に声を出した。
 そうさせる何か、気迫の様なもの、を感じたからだ。
 この黄褐色のビグロも、明らかにチームの連携を無視してこちらに接近して来ている。

「やはりタイマンが望みか……いいだろう相手になってやる。覚悟を決めてかかってこい。
 挑んでおいて『しまった、かないませんでした』って、ケツをまくれるとは、思うなよ」

 ジェットは、黄褐色のビグロをメインフォーカスにセットした。

・・・・・・・・
・・・・

 ドォォオンン!

 轟音ごうおんと共に身体が震えた。
 追撃艦隊ウルザンブルン4番艦に激震が走った。瞬間発生する地震は、人に爆音を体感させる。この轟きは船体全体に響いた衝撃によるものだ。
 ブリッジに悲鳴が木霊こだました。

狼狽うろたえるな! たまたまセンターブローされた最大衝撃化だ!! 滅多にはせん!」

 キャプテンシートから放り出されそうな衝撃に耐えながら、4番艦スクルド艦長=カッセル大尉は叫んだ。

操舵手ガーディアン! 進路、軸ズレ、していないな!? 最大戦速だ。些細なブレでも大きくズレるぞ! 戦型、崩すなよ!」

了解ヤー! 任せてくださいエスミアー!」

 操舵手の力強い返答に、カッセルは頷きながら参謀席を伺った。
 ソフィア・ウロウス参謀も、力んで耐えている様子だ。しかし、それだけだ。異常はない。
 カッセルは安堵した。彼女に万一の事があれば、只事では済まない。艦隊生命に関わるとカッセルは思っている。その認識を共有する者は、カッセルだけではなかったが──

「返礼してやれ! 主砲! 敵艦を央打おうだ、仕返してみせろ!」

 コマンダーが主砲手にオーダーしているのが聞こえてくる。
 メインモニターが閃光に染まり、艦が揺れた。割と大きい。良い所を撃たれた様だ。
 しかし、最大衝撃化の激震を味わった後だけに、心なしか、大したこともないようにも思われた。
 
「しかし、よく当ててくる。この艦砲差でなぁ。
 ゼスト大尉が、最大加速しながらの戦型構築を言われた時には、そこまで必要あるかと思っていたが、流石、ゼスト大尉だ。
 いや、敵の砲手を称賛すべきだな。稀に見る! 絶賛に値するわ」

 カッセルは独りごちた。と、またはげしい閃光が艦橋を支配し、艦が震えた。これまでの敵艦の撃ち方と比して、随分と間隔が短い。

「舐めるなよ…… 敵は我艦に崩しを掛けるつもりだぞ! 的を誤ったと教えてやれ!」

 操舵手の気合いの乗った返答、コマンダーの意気の入ったコマンド、コミュニケーターの的確なフォローがブリッジに交差する。

(我らノルン戦闘艦隊こそ鉄壁の艦隊だ! つけいる隙など微塵もないわ!)

 カッセルが力強く、左拳を眼前で握りしめた時──

 ドォォオンン!

 ──激震げきしんに、危うく自身の顔面を殴打しそうになった。

「ぬぉ!! 窮鼠きゅうそが風前のともしびを輝かせたわ!! よくぞ、二度も!! 央打して見せたな!!!」

 視点も定められず、言葉を発することなど困難な烈震の最中、カッセルは有らん限りに叫んで見せた。どうということなど無い、と示すためのパフォーマンスだ。

「コミュニケーター! 要員のチェ──」

 ドォォオンン!

「──ゴブゥッ」

 カッセルの台詞は呻き声に変わった。口内を激しく切ったようだ。血が湧き上がってくる。
 続いて体幹に激痛が走る。シートベルトが胸腹を潰して、あばらを折ったようだ。
 激震を、悪い姿勢で受けてしまったらしい。まさか連続で来るとは思わなかったが故の、身体の油断だ。
 即座にベルトから鎮痛AGSを取り出して膝に押し当てた。バシュっという音と共に急速に痛みが消えていく。一瞬で吹き出た脂汗あぶらあせを払いながら、カッセルは最重要人物の無事を確認するために振り向こうとした。その時──
 二度見をするが如く、カッセルは前方を凝視した。
 あってはならない光景を見た。
 操舵手が、居ない。
 そこには、操手を失って勢いよく回る舵輪の姿しか無かった。

・・・・・・・・
・・・・

「確認出来ました!  ムサイ級の連携戦型により、本艦には敵砲の衝撃は発生しません!」

 追撃艦隊ウルザンブルン1番艦のブリッジでオペレーターが報告した。

「ムサイ級の連携がどうのと! 要らん報告をするな! 戦闘中だぞ!! 秒を争う!」

 1番艦ベルセルク艦長=ワーデン大尉は叫んだ。

「加速停止!!」

 続いて号令を下す。操舵手が復唱し、メインロケットが鎮火した。
 強く身体を押さえていたGが即座に消失し、わかっていても、少し前のめり掛ける。

「よぉし! 第一メガ粒子砲、第二メガ粒子砲、出力均等ォ! 狙撃用ォー意!
 目標!! 敵モビルスーツ!!
 本艦はこれより! 自力で、敵迎撃網を粉砕する!
 完全静止射撃だ! 外すなよォ!! 奴等の眼前で恥をかかすなよォ!」

 ベルトを外してキャプテンシートに立ち上がり、仰々しく前方を示してワーデンは声を張った。

「撃ち方ァー! ……………………始めェ!!」

 充分に溜めを置いて、気迫を込めて号令した。瞬間、艦体上下のメガ粒子砲が同時に発砲された。遥か前方で爆光が膨れ上がった。

「敵機撃墜! ……Gm型、1機仕留めました! スコアはMC1!」

 オペレーターの報告は歓声に近い。他のブリッジ要員からも同様の声が漏れる。

「よぉぉし!!
 第二メガ粒子砲! 外すなと言ったぞ!
 撃ち方、続けろ!」

 前方で舵を握る操舵手が、こんな上機嫌な艦長の声を聴くことは滅多にないな、と思った時、無いはずの着弾衝撃が鑑を襲った。完全に油断していた彼は、顔面を舵輪にぶつけてしまった。
 操舵手だけではない。ブリッジクルー全員、彼と似たような目に遭っていた。

「ぐぅぅ…… ど、どういう事だああ!!」

 ワーデンは怒鳴った。
 キャプテンシートに仁王立ちしていたワーデンは、飛ばされて壁面に激突していた。その声は痛みと屈辱で激怒に変わっている。

「……ムサイ級の戦型が崩れています! 4番艦が外側に大きくずれて、右上部のシールドが欠損した為、本艦の一部に、敵砲からの射線が通った様です!」

 しっかりシートに固着していた事で、比較的、平常だったオペレーターが分析報告した。

「4番艦が崩れただとぉ!! あの馬鹿女の! 船ではないか! なぁーーーーにをォ! やっている!! しっかりせんかあ!!」

「4番艦、尚も戦型離脱中! この動きは操舵不能になっていると思われます!」

「コミュニケーター! どうなっている!? 本艦が撃てんでは──」

 言いかけたワーデンは口を閉じた。再び着弾衝撃に艦が揺れたからだ。慌てて近くのパイプを掴み、再び壁に激突する難は逃れた。

「ええいい!! なぁーにが海兵だ! これしきの事で崩れるなど! 艦砲差がどれだけあると思っている!! 宇宙攻撃軍の操艦など見世物だな!! 実戦にまるで耐えられんではないか!」

 罵りながら匍匐ほふくして、キャプテンシートに取り付いた。

操舵手ガーディアン! メインロケット点火ァ! 取り舵いっぱいい! 艦隊戦型より離脱!」

「艦隊指令に反することになります!」

 操舵手が進言した。

「そんなもの!! 臨機対応だ馬鹿者! 4番艦スクルドが離脱した時点で、シールド戦型は破綻している! 臨機に敵迎撃網を突破し、敵艦を仕留めることが優先される!! やれ!!」

「ヤ、了解ヤー!」

 操舵手がスロットルを開いた。ズンという重さが体に返ってきた。

「最大戦速!! 捻りながら突撃せよ! 宇宙攻撃軍奴等が如何に惰弱とはいえ……央打を狙われた可能性がある!! 敵の砲手に的を絞らせるな!!
 メガ粒子砲は敵MSを蹴散らせい! 当たらずとも手数で押し飛ばしてみせろ!
 総員!! 疑念するな! 我等が司令の指揮下に戻る! 大丈夫だ!
 ベルセルクは突入しながら敵迎撃網をこじ開け、これを突破するぞ!!」

 号令するワーデンの脳裏には、先程の通信でのギュオスのセリフがリフレインしていた。

 ────地獄の重力下に突撃し、地上制圧を成していった降下猟兵の戦いというものを、見せてやらないとな────

「…………第一次降下作戦! バイコヌール降下制圧を想起せよ! この程度の突破戦なぞ、我等、突撃機動軍降下猟兵には造作も無いと! 示してみせるぞ!」

 ブリッジの空気が変わるのを、ワーデンは感じていた。

・・・・・・・・
・・・・

 追撃艦隊ウルザンブルン2番艦、突破戦闘の艦隊指揮を預かるウルドのブリッジも騒然としていた。

1番艦ベルセルク! 戦型を離脱していきます!」

 バァン! 強い掌打音が響いた。

「捨ておけ! 戦型再構築! 3番艦ヴェルダンディは前に出ろ! 本艦は後影に入れ! 最大戦速は維持! 二艦で静止狙撃戦型ハルダウンをするぞ! 
 対ショック、対閃光防御!!!
 4番艦スクルドは央打連撃を喰らったはずだ! 敵砲手は超常であると考える! これより艦隊総員閉口ォ!! 交信は電文のみとせよ!! 以上、通達、徹底!!」

 ウルド艦長=オルドー・ゼスト大尉は、レストから取り出したマスクを口元に当ててピースを咥えた。シュッと膨張したピースに口内が適圧でフィットされる。これで舌を噛み飛ばす事はない。
 ブリッジを囲むウィンドウスクリーンが彩度を変えた。ナチュラルカラーで無くなる代わりに一定以上の光量はカットされる。 

 ──[スクルド] 我 央打連撃される 操舵手負傷 戦隊復帰を期す

 メインスクリーンにログが流れた。

(やはり、か……
 ここは、違っていて欲しかったがな。
 まさか、という言葉は使いたくはないが…… やはり、二頭立てこ奴は、強い!
 もはや、どのような状況になろうとも、奴に勝機は無い、などとくくるまい……
 ここは、合っていて欲しかったがな)

 オルドーは瞑想するように、目を閉じた。数秒後、再び目を開くと、手元のデバイスに指令を打ち始めた。

・・・・・・・・
・・・・

「Gm8、ロスト!」

 P004のブリッジ──
 凶報を告げる時も、カインのトーンは変わらない。

「なんてこと……」

 対照的に悲嘆はなはだしい声を出したのはエレンだ。

「凄い!」

 小さな声がした。その音色は歓喜といって良い。初の友軍機撃墜の報に沈むブリッジで、一体誰が喜んでいるのか。抜群の聴力を誇るアダムは聞き逃さなかった。
 声の方を見た。

 コマンド・ディスプレイに表示されている、透視線画の敵艦隊の様子の変化に、シュアルは覚えず声を漏らしていた。

(敵艦隊のトライアングルシールドを崩したわ! これは……センターブローを連続させたの!? この艦砲力の大差を跳ね返して! 真に天才の技だわ! 誰!? MC2! ……あの、粗野な──)

 シュアルの指が、複雑に、滑らかに、ディスプレイを撫でる。
 敵艦隊の透視線画が回転しながら縮小移動して、戦闘フィールド全体の立体図になった。
 P004と敵艦隊の間に、色彩の異なる多数の光点が動いている。両陣営のMSと、シュアルの放ったミサイルだ。
 視点の角度を変えながら、各種インジケーターが表示され、シュアルの要求にアンサーをかえす。
 一瞬の表示で次々に切り替わっていく解の数値を、彼女は正確に理解していた。

(いける……)

 シュアルはディスプレイを凝視したまま、左手をそっとインカムに添えた。

scene 013 ミラキュラス

Fin

and... to be continued


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