ある金融端末CEの話

 クラウド化の進行やFinTechの浸透により、顧客先の保守対象機器が減少すると現場のCEにどんな影響があるのでしょうか。今回は金融端末を担当するCE(Aさん)についての話をします。

■Aさんの現状
 Aさんは山梨県に住む48歳。ベテランの金融端末CEです。

 プライベートでは、20台早々で結婚した奥さんとの間に二人の子供があり、二人とも就職し独立しています。
(金融担当のCEがATMや窓口の端末のトラブルを持ち前の技術力で速やかに復旧させる姿は窓口担当の若い女性の目には大変頼もしい存在です。Aさんもそうですが、若い時期に顧客女性と結婚する例が多く、同世代の人たちはほぼ子供がすでに就職して独立しています。)
 Aさんの子供は二人とも私立の高校、大学を卒業させました。基本給は決して高くありませんでしたが、その時期は大変忙しかったため残業が多く、その手当で十分に学費を賄うことができました。

 仕事では、主にATMや金融窓口の端末、POSなどのハードウェア保守対応を業務とし、担当エリアの対象顧客をフォローするチームのリーダーとして活動しています。チームには5人の若手メンバーが在籍しています。
 上司は40歳の課長で、大所帯の部門(データセンター勤務)で昇格し、この部署に転任してきました。
 Aさんの年齢では、もう管理職への昇格は難しく、管理職への昇格を断念した先輩は、営業部門や品質管理部門に異動していきました。まだまだ腕には自信のあるAさんですが、常に保守技術のアップデートが必要なこの業界でのつらさを感じ始めていました。

■Aさんの悩み
 このところ、金融系のハードウェアは、金融機関の統廃合での保守対象機器の減少や、POSレジが専用機からタブレットのPOSになったりしたことで、保守料収入が減ってきています。上司である課長からは、一人のCEをデータセンターに異動できないか打診を受けています。クラウド化が進み、現場のハードウェアが無くなるのに伴って、データセンターではサーバーやストレージの増設が相次ぎ、設置作業の収入の増加に対して、人員が不足してきているのです。
 Aさんは、保守料収入の減少からの人員削減はやむをえない事だと思っていました。現在、パソコンで保守契約を締結するのは大変困難な状況です。(もう20年以上も前の話ですが、かつてオフコンを保守していた隣のチームが、機器リプレースの際にパソコンに置き換わり、保守収入がゼロになったことがありました。これまで積み上げたオフコンのスキルを捨て、泣く泣く営業への職種転換やゼロから別の機種の保守スキルを習得しなおす同僚達の顔を今でも鮮明に覚えています。)
 しかし、現場では障害コールが入ってきます。すべて緊急の案件です。データセンターのサーバーは冗長構成が取れますが、ATMやPOSは1台がダウンすればシステムダウンと同じ影響があります。お金をおろす、商品を販売することができなくなるからです。現場では、「お客様」と「お客様のお客様」が困っています。後回しにしていい対応はありません。
 Aさんを苦しめる要因がもう一つあります。働き方改革により、残業ができなくなった影響から、休日対応メンバーのシフトを組むのが大変になった事です。ATMの作業は窓口業務が終わる夕方以降の作業が多く、POSでは24時間対応のコンビニのお客様が多く、人員が限られている状況では残業ができないと現場が回りません。
 金融端末の夜間作業があった場合、翌日朝の立ち合いは業界の常識であり、顧客も当然それを求めます。また、それが顧客とのコミュニケーションにつながり、長期的な信頼関係を構築でき、機器リプレースの際には採用を左右するのです。データセンター勤務が長い上司は「そんなことは必要ない。夜のうちに動作確認してもらえ。」と効率を優先し、Aさんは立ち合いの必要を説明するのですが、残業削減を達成する事しか頭になく、聞き入れてくれません。

■部下のBさんの悩み
 部下のBさんは、36歳で優秀な人材です。Aさんもかわいがっています。
 30歳で結婚し、今3歳の子供を幼稚園に入れたいとおもっていましたが、残業が減ったため、子供と遊ぶ時間が増えたのはいいのですが収入がかなり下がってしまいました。率先して休日勤務をこなしても、代休を取らされ、残業はゼロになりました。幼稚園に入れるには妻とも相談しなければなりません。一見高収入に見えますが、残業手当ありきの生活設計になっているため、近頃の働き方改革の流れには戸惑いを感じています。
 管理職に昇格すれば基本給が大幅に上がるため、収入の見通しも立つのですが、昇格できるのは一握り。データセンターなどの花形部署であればチャンスも大きそうですが、地方の縮小傾向の部門では不利です。声がかかっているデータセンターに移動したとしても今度は新参者扱いで、ゼロからの積み上げになってしまいます。昇格に期待をかけるのは現実的ではないようです。
 
■Aさんの心配
 業務を回すことと、Bさんの収入、昇格の可能性を考えると、AさんはBさんに残業をしてほしいし、させてあげたいものの、上司から代休を取らせるよう指示され、残業抑制せざるを得ない状況です。
 Bさんはこう考えています。
 「自分はいい。子供はもう独立したし、妻と二人だけだから。豪遊はできないが最低限の金に困ることはない。Bは子供を大学に入れることができるのだろうか。
 それよりも、もはや業務が回らない。保守料収入が減る中で人員抑制され、データセンターが忙しいからと更に人員を抜かれ・・・。
 上司は適正配置を完了すれば評価されるが、保守の品質が下がり、点検後にトラブルが発生したり、トラブル対応の現地到着時間が遅くなっている。お客様からは、自分との長い付き合いから何とか我慢すると言ってくれているが・・・。近頃はリーダーの役割を管理職に昇格する予定の人間にあてる傾向がある。管理職になるまでの腰掛けでリーダーをやられても取り組みがパフォーマンスになり、社内にはウケるが、お客様の目は冷ややかになる。今の上司がまさにそうだ。そうなったら、お客様はリプレースの時どのメーカーを採用するのだろう・・・。まてよ、Bの心配よりも、うちの機器が採用されなかったら、俺たちの仕事が減るどころか、仕事そのものがなくなる。俺は定年まで働けるのだろうか。年金は厳しそうだな。Bも定年までは無理だろうな・・・。」

<解説>
 いかがでしたか。Aさん、Bさん、上司(課長)に登場してもらいましたが、これはフィクションです。一応。しかし、様々な人脈からの話にアレンジを加えただけなので、現実にこれに近いことが起こっているのではないでしょうか。
 Aさんは、出世こそできませんでしたが妻と二人何とか逃げ切れそうです。※年金はどうなるか心配ですが・・・。
 Bさんは、まだ小さな子供を抱えて現在の収入をどう増やすか、将来の貯えをどう増やすかを真剣に考えなければなりません。
 この話に共感できる人は非常に限られているかと思います。あえて「CE」という呼称を解説無しで書きましたので、記事を読むのはこの業界に詳しい方で、そうでない方は多分読まないでしょうから。しかし、違う業界でも似たような話は実際にたくさんあるのではないでしょうか。
 こういう問題は、企業として考えなければならないことですが、会社をあてにし過ぎず自分でも真剣に考える事は、もはや必須です。
 これを読んだCEの方や、ほかの業界の方も、この記事が少しでも考えるきっかけになればと願っています。

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