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預言者にけんか腰。


それは、今日やることをとりあえず終えて、気まぐれに情報の波に乗っかっているときだった。ふと、今後、それより未来のことを想像した。想像してしまった。
わあ、来るぞ来るぞ。あれが。

このままいくと自分はどうなるのか。
今の選択は間違えているのではないか。
直近でうまくいったとしてもその先はどうなる。どん詰まりにならないか。
やはり長い目で未来を見据えた方がいいのか。
いい方向だと思っていたのにうまくいかなくて、やりたいことができなくなるんじゃないか。
今の自分は何もかも足りないから、もっともっと死に物狂いでやったほうがいいのではないか。でもそれが報われるのか。
焦る。焦って間違えたくない。でもどうやってもうまくいかない気がする。

どうしようもない真っ暗な未来を延々と想像して臓器が冷えた。息がつまる。身体がいやにかるくなる。足取りが重いのに地に足のついた感覚がしない。
いつからか検討がつかないが、不定期にこんな状態になる。それはいつもやたら遠い、考えてもどうしようもない未来を意識してしまったときだ。
基本的にうっすら刹那的に生きている。やりたいこと、やらなくてはならないこと、たまにやりたくないことをやって、基本的に7割くらい満足してから眠る。満足しないと眠れないのでそこそこに夜更かしもする。そして明るくなった空を見てああ今日も無事に来たなあと思う。
そうして生きているのに、私の脳みそはたまに未来に思いを馳せさせてくる。明日明後日ならいざ知らず、半年後、数年後について考えるように命令してくる。数週間後さえどうなっているか分からないのにだ。今を生きているスタンスであるのに、預言者にでもなりたいのか私は。本当に全く意味のない行為だ。だが、それでも私はどうしようもなく、今の先の先を見てしまう。7割は今日に満足しておいて、私はまだ満足したりないのだろうか。それについては、脳みそは考えさせてくれない。考えるまでもないということか。じゃあ、図星か。我ながら強欲極まりない。そして、ああそうかと実際に満足させようとしても、また真っ暗な未来を想像させてくる。既に実験済みだ。というか、今日も別に今日に満足している方だった。
 生まれてこの方、やりたいこと、やりたいことに関連することしかできない。これまで辛うじて、幸運なことに、自分のやりたいことを周囲が受け入れ支えてくれる。特に今はそうだ。なので少しでも自身で自身を支えられるような目標を立てて動いてみている。私のせいで負担をかけたくないし、もっと自由になりたいというのもある。
これが果たして報われるのかは分からないが、動かないと落ち着かないのでどんな結果であろうとも受け入れなければならない。やりたいように動いたなりの最低限の責任の取り方だ。だが、勝手なことにそれがどうしようもなく嫌だと感じているらしい。嫌な結果では嫌だ。それが、この意味なし預言者思考として現れているのだと思う。自分で生んでしまった、自分で制御しきれない感情に支配されるのはこうも気持ち悪い。だが、これで生き方を変えるのは今はなんとなく違う気がする。なので、多分この謎の現象は治らない。また襲ってくるだろう。これに付き合わねばならないほうが現状しんどいのだが、ええどうだ!私の脳みそはよ。
その時はまた、noteにでも書くか、このnoteを見直して、落ち着けたらいいんじゃないかな。またくるけど。脳みその奥の真っ暗な未来はせせら笑いながら挑発してくる。
ああもうくそ。しんどい。上等だ。

本日のスクリーンタイム:3時間15分

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