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「百物語」手塚治虫(1971 集英社ジャンプコミックス)

カバーのない初版本、姫路の素晴らしい角打ち/古本屋 鍛治六さんにて4/30/2024, 50円で購入。

時は江戸時代。しがない勘定係、一塁半里はお家騒動に巻き込まれ公金横流しの罪で切腹を命じられる。いよいよ南無三、というところで魔女・スダマが登場。助ける代わりにタマシイを買い、その代償として三つ願いを叶えるという。契約に同意する一塁。三つの願いが叶うことで一塁が満足したとき、彼のタマシイはスダマのものとなるのである。こうして切腹の危機をのがれた一塁は良い男風の風貌に変わり、不破臼人へ改名。不破の新しい人生の旅が始まる。

不破の三つの願いは下記の通り。
1) もう一度たっぷりと人生を過ごす
2) 天下一の美女を手に入れる
3) 一国一城のアルジになる

モテ、権力(金)、そして人生への充足感という、極めて人間らしい欲を満たす旅。しかし決して魔力だけに頼るわけはなく、自ら森で剣術の特訓をしたり、二国間のいざこざを知恵で解決したり、少しづつ本当の「男らしさ」を培っていく不破にワクワクした。そんな不和に魔女らしからぬ恋心を抱き青春にもえるスダマも、現代の女性像に比べると古臭いものの、いじらしく愛おしい。トップ画像に選んだシーンなど、悔しくも、ほ・・と共感してしまうロマンス展開はベタだからこそ身を委ねて楽しめた。

二人の恋が実り、小さくても一国のアルジになった不破、再び切腹を迫られる場面に直面。人生に満ち足りた不破、今回は逃げずに己の運命を受け入れる。そしてそのタマシイを受け取ったスダマ、愛ゆえに不破を手放し成仏させる。齢三九〇歳のスダマ、魔女は年齢を逆に重ね最後には赤ん坊になって消えちまうらしい。次こそは死なない良い男を見つけられることを願う。主人公の願いが諸々叶った後の悲劇的なエンディングはほろ苦い後味を残し、満足して本を閉じた。

「人生をたっぷりと過ごす」という、単純だが根本的な人の願い。「天下一の美女」と「一国一城」という物質的な付加価値に加え、自己価値も手に入れた不破が、純粋に羨ましい。私にとって「人生をたっぷりと過ごす」とはどういうことだろう。天下一かはどうかわからないが、私にとって素晴らしいパートナーがいて、またその実体は見えずらいがミュージシャンとして自分の音楽をリスナーに、そして音楽仲間に認め支えてもらっている。あとは自己価値を自分に認めてあげ、自分が描く人生をたっぷりと過ごすだけだ。

ポパイやアダムス・ファミリー、アトム、作家自らの出演などパロディも多く少年誌らしさが楽しかった。またスダマがムカデと戦うシーンでは妙なエロティシズムも感じさせ、手塚治虫のサービス精神と性的嗜好がうかがえる。1冊4章の短編作品だが冒険あり、恋愛あり、コメディも悲劇もあり、さすがのストーリーテリングであった。

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