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転生してみませんか?:case01

「テンセイしてみませんか?」
わたしの頭の中にこんな声が聞こえた。
振り返るとそこにはとても大きくて白くてまんまるとしたものが私を見つめていた。

♻️

ともだちはみんないなくなってしまった。
きっと深い深いところにいるのだろう、と、探しに行ってみたことがあった。でも、深い深い底にあったのはともだちのなきがらだった。
わたしは少しさみしくなったりもした。
昔はあんなにたくさんいたともだち。
どこに行ってしまったんだろう。

また別の深い深いところに、とてもとても昔から生きているおさかなのおじいさんがいる。「しーらかんす」というおさかなで、とてもとても長い間生きているので、いろんなことを知っていた。
わたしがまだ小さい頃から、わたしはこのおじいさんとは仲良しだった。おじいさんはその頃からおじいさんだった。あのおじいさんはずっとおじいさん。いろんなことを教えてくれる物知りおじいさん。
たとえば、この世界は「うみ」と呼ばれるところであること。「うみ」の外には「だいち」の世界があること。「うみ」の生き物は「だいち」の世界では生きてはいけないこと。

「くじら子よ。実はな。お前はだいちでも生きていける種類の生き物なんじゃよ。」
「そうなの?」
「ただ、お前は大きい。カラダが大きすぎる者はだいちの世界ではその重みで押し潰されてしまうのじゃ。」
「じゃあ、くじが大きくなかったら、だいちの世界でも生きていけるのかな?」
「それでもまだダメじゃ。あそこで生活するには、それに合ったカラダのつくりが必要なんじゃ。じゃから、逆にだいちの世界の者はうみの世界では生きられない。カラダのつくりが合わないからのぅ。ただまぁその境目で生きる変わったやつらもおるが…」
「そうなんだ。」
「くじら子よ。おぬしはだいちでも生きられるカラダの中身なのに、うみの世界に適したカラダのつくりをしているという、非常に珍しい子なんじゃよ。」
わたしはおじいさんのお話がとても面白かったのでたくさんたくさん問いかけた。
「だいちの世界にもしいけたら、くじに新しいおともだちできるかな?」
「そうじゃな。あそこに生きる者もたくさんおるぞ。大きな牙を持つ者、柔らかい毛で覆われた者、首の長い者、素早く走る者…」
「なんだ、くじたちのいるところと変わらないね。鋭い牙のサメさんとか、たくさんもじゃもじゃしてるケガニさんとか、長い首のウツボさんとか…」
「んー、ちょーっと違うんじゃが…だいちの彼らの牙はサメほどあんなたくさん生えておらんし、あんな小さくもない。そのかわりとてもとても大きいんじゃ。」
「なんか、ゴハン食べるの大変そうだね。」
「それに、毛はな、もじゃもじゃじゃないんじゃよ。もふもふなんじゃ。もふもふ。」
「もふもふ?なにそれ、へんなの!」
「だいちの世界はそれだけワシらの世界と違うんじゃよ。くじら子は『ジメン』をしらんじゃろ。彼らは『ジメン』を『あるく』んじゃ。我々はうみを『およぐ』。しかし彼らは『ジメン』を『あるく』、そして『はしる』んじゃ。」
おじいさんなんだかわたしのわからない言葉を次々口にした。しかしわたしはその話が楽しくて仕方がなかった。わからないことは面白い。いつからかわたしはそう考えるようになっていた。

「おじいさんのお話を聞いてると行きたくなってくるね。くじはいろんなところにいってみたいよ。だいちの世界はどんな所なんだろう。」

わたしがそういうとおじいさんは何かに気づいたようにハッとして、急に黙ってしまった。
「どうしたの?くじ、変なこと言っちゃった?」
「いやな…お前も知っておるじゃろうが…いや…忘れてしもうたかのう…ワシにはな…孫がおったんじゃがな…今はおらんくなってしもた。」
「お孫さんがいたんだっけ?」
「ワシがこんなの話をしたばっかりに、あの子はいなくなってしもうた。」
「どこに行っちゃったんだろう?」
「違う世界に、じゃよ。」
「あれ?おじいさんたちはだいちの世界じゃ生きていけないんだよね?お孫さんはそれでもだいちの世界に行っちゃったの?大丈夫?心配だね…。」
「連れて行かれたんじゃ」
「連れて行かれた?誰に?だいちの世界のいきものに?」
「だいちの世界ではない。『でじたるの世界』の者にじゃ。」

🐳

おじいさんに聞いた「でじたるの世界」。おじいさんのお孫さんが行ってしまった世界。「うみ」とも「だいち」とも違うところ。おじいさんはその世界の話はしてくれなかった。というより、もしかしたら知らなかったのかもしれない。どんなところだろう。深い深い底よりも暗い世界かな。それともおじいさんが言ってただいちの世界のような眩くて明るい世界かな。

いつの間にかともだちがみんないなくなってしまってから、わたしはいろんなことを考えるようになった。おじいさんのところに行くことも増えた。おじいさんはたくさんいろんな話をしてくれるので、いろんなことを考えるための材料を、頭の中にたくさん入れることができた。そしていろいろ考えるには十分な時間があった。今日聞いた話はとっても大きな材料として頭の真ん中にどんと居座ることになった。

ある日、わたしはまたおじいさんの元を訪ねた。おじいさんはいなかった。ただ書き置きがあった。

「タコ山には近づいてはならぬ」

うみの世界のそう深くないところに「タコ山」はあった。私はその場所を知っていた。山の麓には8個の穴があって、それがタコさんの足の数と同じだから「大きなタコが棲んでいそうな山」という意味でおじいさんがそう呼ぶようになった。その8個の洞穴の中にひとつ、一際大きな穴がある。わたしはおじいさんの書き置きーーー「タコ山」に、わたしの知りたい秘密が隠されてるんじゃないかって、なんとなく思った。
行っちゃいけないって言われたらそれは行くべきだ。わくわくとどきどきが入り混じった気持ちで「タコ山」と呼ばれる海底山に向かった。

ぐるりと山を囲むように点々と洞窟があった。わたしは山の周囲を回って一際大きい穴を探した。一番深いところにその穴は空いていた。わたしの体でも悠々と入ることができる大きな大きな穴がぽっかり口を開けている。中は真っ暗だ。何も見えない。
ちょっと怖くなったけど、きっとこの先にわたしの知りたいものがあるはずだと言う確信めいたものがあった。怖さよりも好奇心の方が遥かに上回っていたこともあり、わたしはゆっくりと洞穴に入っていった。

「来てはならぬと書いても意味がないことは分かっていたが…」
おじいさんの声が聞こえた。真っ暗だと思っていたそこに入ると、少しづつ目が慣れてきた。
「おじいさん、ここには何があるの?なんでわたしは来ちゃいけなかったの?」
「ワシの孫はここで消えたんじゃよ」
「この穴はどこかに繋がってるの?」
「どこにも繋がってなんかおらんが、どこにでも繋がっておる。そう言う場所なんじゃ。」
「難しくてくじにはよくわからないや…」
「くじら子よ。ワシは長く生きすぎた。そろそろこの生を終わりにしてもええと思っとる。」
おじいさんは妙なことを言い出した。
「そんなかなしいこといわないでよ。」
「それとな…お前はなぜ皆がいなくなったのか、知らないんじゃない。忘れておるのじゃ。」
「どういうこと?」
「テンタクルズ…」
おじいさんは私の目を見ながらこう言った。
「この言葉も覚えておらぬか…。」
この言葉を聞いた瞬間、わたしの頭の中でずっと蓋をされていた何かが開かれたような気がした。じんわりとした何かが頭の中に漏れ出したような感覚を覚えた。
「魔物じゃよ。8本の足を持った、それはそれは、くじら子なんかよりも遥かに大きな魔物じゃ。テンタクルズの襲来で、ワシらのほとんどが死に絶えてしまった。深い底に横たわっている多くの屍を見たことはあろう。あれは全てテンタクルズの被害にあったもの達の骸じゃ。生き残ったのはワシとワシの孫、そしておぬし、くじら子だけじゃった。」
「……。」
「このタコ山はテンタクルズが眠りについた場所なのじゃ。この8つの穴はその脚がかつてあった名残。しかしある時、この山と穴だけを残してテンタクルズは忽然と消えた。ただ何処に消えても構わぬ。もうあの脅威が近くにないだけでワシらには平穏が訪れた。そう思ったんじゃ。真相なんかどうでもいい…あんなものが現れないこと…あんなことがもう起きないことの方が大事なんじゃ…じゃがな…」
おじいさんは続けた。
「しばらくすると、なぜか孫はこのタコ山によく来るようになった。ワシはいつまたテンタクルズが戻ってくるかわからないからと、ここに来てはならぬと叱った。しばらくはおとなしくしていたが、ある日ハッと何かが聞こえたような、何かに気付いたようなそぶりを見せると、見たこともない勢いで飛び出していった。ワシがかける声も聞こえないようじゃった。ワシは嫌な予感がして孫を追いかけた。そしてこの大洞穴に辿り着いたのじゃ。」
おじいさんの話を聞きながら、わたしはじわじわと、そしてぼんやりとではあるが思い出した。

わたしは忘れていた。あの恐ろしい生き物のことを。
みんながころされてしまったことを。
そして私だけ生き残ったことを。
そうだ。あの時私は忘れることにしたんだ。
ゆっくりゆっくり忘れることにした。
ゆっくりゆっくり忘れてたくさんたくさん眠ることにした。
目が覚めたら怖い夢だったんだって思うようにした。
そしてそうなった。
私は忘れていた。
忘れようとしていた。
そして思い出してしまった。

「おじいさん、教えて。お孫さんはどこにいってしまったの?」

それでも、昔起こった大変なできごとよりも、新しく知りたくなったことを知ることの方が、これからのことの方が、なぜだか私にとっては遥かに大切なことだった。

「こいつじゃ。」

おじいさんは小さな何かを指さした。大きな丸と小さな丸が積み重なったような、白いものがそこにはあった。小さな丸にはさらに小さな三角がふたつくっついていた。
「これが…?なに?」
わたしがそう言い終わるか終わらないかのところで、この小さな丸いものは突然眩い光を放った。

わたしとおじいさんはその光に飲み込まれていった。

🐳

気づくとそこにはなにもない、ただ一面真っ白い世界が広がっており、おじいさんはいなくなっていた。
目がまだ慣れない。
眩しい世界に目が慣れず、上も下もわからず、どうしたらいいかわからなかった。すると、私の耳に声が聞こえてきた。

「テンセイしてみませんか?」

声のする方に振り向いた。
なんとも言えない不思議な声だった。
まぶしさにだんだんと目が慣れてきた。
そこには、とても大きくて白くてまんまるとしたものが私を見つめていた。
さっきのだ。さっきの小さいアレがとてもとてもおおきくなって、そして私を見つめている。
「テンセイってなんですか?おじいさんのお孫さんもテンセイしたんですか?いなくなったみんなに会えますか?」
わたしは慌てたりすることなく冷静にたずねた。不思議と落ち着いていたようだった。むしろ興奮していたのかもしれない。知らなかったこと、考えていたことの謎が解けるかもしれないと感じていたからだ。

「テンセイしてみませんか?」

白い大きなそれは再びそう語りかけてきた。わたしの疑問には答えてはくれなかった。
おじいさん以外はいなくなってしまった「うみ」の世界。
「だいち」の世界への憧れ。
そしてまだ見ぬ「でじたる」の世界への興味。
今のわたしには何もなかった。だったらいいんじゃないか。「テンセイ」してみてもいいんじゃないか。なんだかわからないけど、このまま過ごしていてもわからないものはわからないし、ずっとまたたくさん1人で考えて眠る毎日が続くばかりだ。

「します。くじは、テンセイします。」

わたしの言葉が辺りにひびくと、大きくて白い丸いものは小さく震え、こういった。

「くじら子。あなたは転生することになりました。生まれ変わったあなたにはヒトガタが与えられます。彼方の新たな名前は『宙藍くじら子』です。宇宙の海からこの世界に舞い降りた女の子。それでは転生データを作成します。では、新たな素晴らしい人生を。またお会いしましょう。」

🐳

「うわぁでけぇな!オイ!どこからきたんだー?おーい、起きてるかー!うほほーい!」
どこからか小さな声が聞こえてくる。ゆっくりと目を開けるとそこには真っ赤な服を着た、黄金色の髪の、蒼い瞳のとてもかわいい小さないきものがいた。
「寝てんのかな…こんな砂浜で…おーい(ぺちぺち)」
わたしになにか話しかけてくる。
「オレの声が聞こえるか?おーい…起きてるか―(ぺちぺち)」
頬を叩いてくる。私はその声にこたえてみた。
「…あなたは…だれ?」
「お、起きてんじゃん。喋れるんだな。」
「ええそうよ。」
「オレの名はマキ。お前は?」
「くじはくじだよ。くじら子っていうの。」
「それにしてもデケェなおまえ!んで、どこからきたんだ?」
「どこから…」
「もしかして、海を泳いできたのか?なーんてな!んなわけ…」
「ええそうよ。」
「マジかよ…」

🌹 🐳

そして今わたしはここにいる。
ここにきて色々なお友達ができた。
最初にできたお友達はマキちゃん。私よりもちっちゃいけど、とっても元気なお友達。みんなここにいる人は私よりもちっちゃくてかわいい。他にもあの時おじいさんが言っていたもじゃもじゃ…じゃなくて、もふもふしたお友達もできた。大きな牙をもったひともどこかにいるかな。首の長いひともいるかな。すごく早く走るひともいるかな。そういえばおじいさんはどうしているだろう。お孫さんもここにいるのかな。「しーらかんす」の子と出会ったら聞いてみようと思っている。

わたしの「あたらしい運命」はまだ始まったばかりだ。
あれがなんだったのか、そのうちわかる日が来るかもしれない。
わたしはこうなっても考えることがたくさんあって、おしゃべりしてくれる人がたくさんいて、とても楽しくて、「テンセイ」して良かったと思った。「うみ」の世界でいなくなっちゃったお友達、しんでしまったお友達もどこかにいるかもしれないと思うと、わたしはまたちょっとワクワクしてくる。

<case01/完>

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