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3.conference

「オレは12の星命の中で最も気高く、最も雄々しく、最も強い獅子だ。12星は、いや全ての星命はこのオレに従うべきなんだよ。なぁ。わかるだろタルフ。」
「その通りだよレギュラス。キミよりも強い星命などありはしない。ボクはキミが最も近くにいる星命で良かったって、心から思ってるんだ。こんな気高く強いキミとなら、運命を共にしていいって、ずっと思ってるよ。キミのためなら死ねる。それくらいボクが心酔していることは、もうキミはわかっているだろう。僕のこの鋏は、キミがこの世界の王になる道を切り開くためにあるんだ。」
蟹は潤んだ漆黒の瞳で獅子を見つめながらそういうと、自らの鋏を舐めあげた。
「オレは王になる。この世界を統べる王に。だが。」
レギュラスは喉を唸らせながら続けた。
「12星が定めた『不可侵の掟』がある。」
「羊が決めた例の掟だね…。」
タルフは低い声で恨めしそうに呟いた。
「全ては弱い羊が中心になって決めた掟だ。弱いものは群れたがる。群れなきゃなんもできねぇヤツらの言うことを、なんでこのオレ様が守らなきゃならねぇんだ。おかしいだろ、なぁ。」
「知ってるかいレギュラス。もともと12星なんて括りはなかったんだよ。所詮は弱いあの羊が自衛のために決めた掟。そんな掟をなぜ守る必要があるんだろうね…いや、そんな必要はない…ないんだよレギュラス。」
タルフはレギュラスに寄り添うと耳元で続けた。
「あぁ…キミの言うことは正しい。ボクだってそんな掟にいつまでも縛られているのはごめんなんだ。そうだ…ボクを縛ることができるのは獅子座の君、レギュラスしかいないんだよ。」
蟹は声を上げた。
「あぁ。愛してるよ、レギュラス。キミの星命の王になった姿を早くボクに見せておくれ。」
タルフはそういうと、抑えていた衝動に身を任せるように、レギュラスに口づけをした。
「そうなりゃ決まりだ。牡羊のハマルを殺すことから俺の覇道は始まる。邪魔する奴は食い殺す。オレは王だ。タルフ、着いてこい。見せてやるよ、オレが統べる世界を。一番眺めのいいところでな。」
レギュラスはそういってタルフの鋏を舐め上げた。
タルフは恍惚の表情で果てた。

♌ ♋

「獅子座のレギュラスと蟹座のタルフが、12星の掟を破ろうとしていることは知っておる。」
黄金色の毛を全身に纏った牡羊ハマルは静かに語り始めた。
「渾沌たるこの星の世界に於いて、星命の秩序を守るため、私は大いなる昔に12の星命を中心にした同盟を作り、そこに掟を定めることを提案した。最も古い星命である我々が秩序を作ることで、その他の星命が危ぶまることのない、平和な世界ができると考えたからだ。永劫とも言える星命を持つ我々にとって滅び・死とは何よりも耐え難いこと。争いは争いを生み、最後には全てが無に帰すことになる。それだけは避けねばならない。この世界の始まりから存在する我々は、この世界を守り続ける義務があるのだ。」
「しかしハマルよ。なぜあの2星が今になって掟を破らんとしているのだ。何か心当たりはないのか?」
「ハッ!何をいまさら言ってんだい。アタシはそもそもあいつらがおとなしく言うことをずっと聞くだなんて思ってなかったさ!」
ハマルの説明を遮るように2匹の雌魚が口をはさんだ。
「『本能』と『知恵』のひずみなのだ。私は誕生してすぐに、『本能』のようなもので12星の和(輪)を作ろうとした。なによりもまず最初にだ。和を保つことで自らの身を守ろうとする本能がそれを優先させたのだと思う。しかしこの掟を定めたのは遥か昔、我々が誕生したばかりの頃の話だ。しかし皆は徐々に学ぶ。本能を超えた知恵をつける。すると気付く者が現れる。また、掟を結んだ理由、和を保つことこそが永劫の平和になるということを忘れているものすらいるだろう。特に力の強い者ほど過信する。自分は強い。だからこの和にいる必要はないと。」
こういうと、牡羊のハマルは眉間に皺を寄せた。
牡羊に向かって宙を泳ぐように佇んでいる、羽衣のような薄い不思議な素材で織られた布でお互いの尾を結んだ2匹の雌魚は、その名をアルファーグとシンマと言った。
薄紅色の体を持つ雌魚シンマは呆れたような顔でため息をつくと言った。
「獅子の牙と肉食獣としてのプライドが、余計な知恵を糧にぶくぶくと太りだしたということか。」
深くため息をついた。
「なるほどな。より攻撃性の高いその獅子の本能が知恵をつけ、支配欲に飲まれてしまったと。」
赤褐色の雌魚アルファーグはこう続ける。
「じゃあ蟹は?いくら頑強な体を持ち大鋏を持つ大蟹だとしても、そもそもアイツはそんな交戦的な輩じゃなっただろう?」
「わからぬ…。どちらにしても12星の和が半ば崩壊に向かっているこの事実に対処しなければ、やがて大きな災となって再びこの世界は混沌へと向かってしまう。魚座の者たちよ。どうか私に力を貸してはくれまいか。」
シンマはハマルの目を見た。
「我々にできることなどあまりないが、死と無と隣り合わせな混沌に身を置くことになる未来はごめん被りたいのは確かだ。ハマル。我々はあなたに協力しよう。」
アルファーグは続ける。
「そもそも、この掟を破ろうとしているのはあの2人だけなのか?他にもいるんじゃないのか?だいたいここ数千年…いやもっとか…しばらく他の12星に会ったりすることなんかなかったろ?その辺どうなんだよ。」
アルファーグが言い終わるか否かのタイミングで、どこからともなくコツコツと足音が聞こえてきた。
「レギュラス達のことは彼に聞いたのだ。よく来てくれた。」
1人の男が彼らの前に静かに現れた。

♈️ ♓️

ここまでに登場した者達の名は、この地球で定められた星々の名前である。ルーツやその出典は様々である。
ここに記した彼らの話や彼らの言葉は、『この言語』に置き換えたとしたらこのようになるだけである。実際彼らがこのような口頭会話のような手段をとってコミュニケーションをとっていたのか、そもそも名前に関しても『この発音』が正しいかどうか、正直定かではない。
ただ一方で、これらの呼称がこの星・地球にあるのも事実である。故に筆者は彼らが地球に刻んだ形、文字や言葉として残したことを尊重し、このような書き方で書き進めることにする。
そもそも、この一連の話はすべてこの「ぽむ・めると」と名乗る頭に角の生えた少年から聞いた話を脚色したものである。彼の口から語られた様子は、間違いなく「会話」であり、名前もそのように彼が発音したものである。

さて、その少年はというと、私に色々と話し疲れて眠ってしまったようだ。彼の話をメモるのに必死だった筆者は、その語りが途端にやんでしまったことに気付かなかった。ふと見るとすやすやと眠ってしまっていた。
よく、眠れない時には羊を数えるなんて風習がある。しかし彼はそんなことをしなくてもすぐに眠りにつくことができるのだろう。羊を数えるというのはもしかしたら羊が眠りを司る生き物だったりするからなのだろうか。
とにかく、どう起こしても起きなさそうなくらい安らかに眠っている。本当によく眠っている。もう2度と起きないんじゃないかと思えるような安らかな寝顔である。
彼らの寿命は計り知れないほどの年月である。もしかしたら一度眠りについたらそれこそ何世紀も目が覚めないんじゃなかろうかとすら、私は思った。

<つづく>

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