朝の童話「ファンの花」
ちっちゃい少女ファンは、ふしぎな力をもっている。たとえば、花に水やりをしたとき。まだ、つぼみどころか、茎さえ太く成長していなかったそれが、ファンによってジョーロの水を注がれたとたん、ぐんぐん大きくなって家の屋根を追いこし雲を突きぬけ、しまいには星の彼方まで見えなくなってしまった。
ところでファンが人々に忌み嫌われているのは、性格が悪いせいでも口べたなせいでもなく、ただ「ツン」として見える美しい容姿で淡々と力を披露してみせるとき、きまっていつも「なんてばかばかしいのかしら」と呟くからだ。
おかしいのは、ファンにはその自覚がないことだった。そもそも力といったって、いつ現れるかも分からない空の虹とおなじくらい、ファンにとってはひどく不確かなものであったし、たとえば「もっと素敵な洋服がほしいわ」と思ったところで目の前にぽんと出てきたためしはなく、それはいつだってどうでもいいことに反応した。ともかく貧乏なファンにはすべてが不満だった。
「こんな力、あったって役にたちゃしないわ」
けれど本人の知らないところで、しばしば大きくなりすぎたあの花の茎は、大雨で町が洪水に洗われた日、土砂をせき止めるという偉大な役目を果たしたのだった。
そのころファンは神に祈りをささげていた―――お願いです、どうか私をちっちゃい雨つぶにしてください、そうしたら天から降ってくるときにこの町を見おろして、心ゆくまで笑ってみたいのです。
ちっちゃい少女ファンの願いは聞き届けられた。ほどなく雨粒になったファンが天から降ってくるそのとき、町の向こうの果ての果てまで、あの花の根っこが、世界をびっしり覆いつくしているのを見た。
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