特に理由もなく人は死にたくなるし、特に理由もなく人は死にたくなくなる、という話

突然だけれど、自宅待機ばかりで特にやることもないので、少し昔の話をしたいと思う。

こういう話の前置きをどうすればいいのかわからないので、物凄くいきなりなのだけれど、僕は過去に何度か自殺未遂を試みたことがある。

・・・という話なので、もしここでいきなりなんやねん!と思った方はこれから先を読んでも仕方がないと思うので、そっとウインドウを閉じてほしい。笑

いわゆる鬱というやつで、まあ毎年何万人も自殺する時代に特に珍しくもないとは思うけれど、ただ、自分の場合は特に思い当たる原因のようなものがなかったので正直閉塞感がすごかった。

中学生くらいのころから、『人は生きていて何か意味があるのだろうか』みたいな、割と多くの人が考えるようなことを考え始め、その時は別にそれによって落ちこんだり、ということはなかったのだけど、高校卒業したくらいから本格的に鬱っぽくなってしまった。

そして、最終的には大学に行くのも精いっぱい、人生楽しむなんてとんでもない、という状態になった。

とはいっても、この期間中に何か心にダメージを与えるようなイベントがあったわけではなく(告白して振られたりだとか、大学生活が思ったほど楽しくない、みたいな細々としたネガティブな出来事がなかったわけではないが)、なんとなく漫然と落ち込んでいただけで、そのまま気づけばどうにもならないところまで来てしまった、という感じだった。

その後、自殺を考える気持ちが非常に強くなってしまって、結局いったん大学を中退して実家に帰ったのだけど、特に事態が良くなることはなく、さらに悪化するばかりだった。

もちろん病院にも行ったし、薬も服用していた。カウンセリングも受けてみた。

うつ病は自分が鬱だと気付いて病院などの専門家に助けを求めるまでが一番大変、という話を時々聞くが、僕のケースは全くそうではなく、病院にかかったからと言って特に何かが変わるわけではなかった。

というか当時は、正直自分が鬱病であるということを少し疑っていたりした。なぜなら、漠然と死にたい、というか死んでもいいや、という気持ちは子供のころから抱いていたものであったから。

病というよりも、単純に自分は生まれつき生きていくのが嫌な人間なのではないか、見たいに考えていた。

(ある意味、それは今でも劇的に変わったわけではないし、同じようなことを思い続けてはいるのだけれど。)

いじめや仕事のストレス、親しい人との別れなど、具体的な原因があれば何か対処もできるのに、と思いながら単に生きていくことそのものに嫌気がさしていた(と思っていたが、今となっても何がそんなに嫌だったのかはよくわからない)ので手詰まり感を強く感じていた。

死にたくなる原因は外部の要因ではなく自分の性格的なものなので、一生これと戦っていかなくてはならないのか、とうんざりしてしまい、それならなおさら早く終わらせてしまった方がいいのでは、なんて風に考え始めた。

そうして最終的に自殺未遂に至り、手近にあったネクタイで僕は首を吊ったのだけれど、なぜか意識がなくなった後に再び覚醒して、その際には苦しいということしか考えられなかったのでとりあえず首からネクタイを外して気づけば息も絶え絶えにベッドに倒れこんでいた。

そこを父親に発見されて、まあ晴れて自殺は未遂に終わったというわけだ。

正直、その時はたまたま死ねなかっただけで、それからもずっと、22歳まで生きていることはないだろう、とか23まで生きることはないだろう、とか1,2年くらいは死の予感みたいなのはずっとつきまとっていた。

だがある日、転機が訪れた・・・なんてことは全くなかった。

これが(僕が思うに)面白い点で、別に何かがきっかけとなって鬱を脱した、なんていう瞬間は一度も訪れなかったのだ。

ただ、とりあえずアルバイトを始めたり、実家の庭でガーデニングを始めたりなんやかんやしているうちに、漠然と強まってきた希死念慮は少しずつ薄まっていった。

別に生きるのも悪くないなー、とか、そういう風に思ったわけではないし、特に何か意識して頑張ったわけでもなければ、別に生活習慣を変えたわけでもない。

そんなに意識の高い人間ではないし、これは同じような境遇にある人ならわかってもらえると思うのだけど、そもそも、今の時点で生きていきたくないと思っているのに、生きていきたいと思えるようになるように、何かしよう!と思い立つわけがない。

ただ、日々を漠然と過ごしているうちになんとなく死ぬのも面倒くさくなってしまい、だらだらと生きているうちに何故か自殺が少し縁遠いものに感じられてきた、というだけの話だ。

今でも正直例えば明日死ぬとしても別に悲しくはない、と思ってはいるし、いろいろと面倒くさいし将来なんてなくてもいいな、と漠然とした忌避感のようなものは感じるけれど、かといって別に積極的に死にたいと思う気持ちはなくなってしまった。

いや、まあなくなってしまったことは良いことなのだろうけど。笑

それから結局もう一度、大学に行くことにして、その後大学在学中に父親が死んだのでまた若干鬱気味になったりといろいろあった。

ただ、1年以内には絶対に死ぬに違いないという予感めいたものがあり、実際に何度か自殺未遂を繰り返していた20?21?22?のころから(もうあれがいつだったのかすらあまり覚えていないけれど笑)気づけばもう6,7年が経っていて、少なくとも今は普通に働きながらひとり暮らしができている。

正直昔から考えれば今のような生活は全く想像もできなかった。

それに感謝をしたいとか、皆諦めるな、とかそういう押しつけがましいことが言いたいわけではないのだけれど、単に一つの例として、もし今誰か憂鬱さや死にたいという気持ちと戦っている人が居たら、特に何もしなくても意外と治るというか、死にたくなくなることもあるよ、ということを伝えたかった。

もちろん明確に原因がある場合はそれの解決を目指すべきなのだろうし、皆が放っておけば勝手に良くなる、というわけではないのだろうけど、少なくとも自分の中では『もう生まれつきずっとこういう気持ちで、絶対によくなることはないし、かつ数年以内に絶対に死ぬことになる』と信じ込んでいて、毎夜このまま目が覚めなければいいのに、と思いながら眠りに落ちて、朝起きるたびに、また一日が始まってしまった、と落胆しながら起きる、という生活を繰り返していた僕が、特に何もしないままなんか気づいたら死にたい気持ちが薄れていた、ということもあるよ、ということをお知らせしたかったのだ。

助かりたいと思って何かを必死にした記憶もなくて、ただじっと待っていたら嵐が通り過ぎるように何故か身を刺すような憂鬱さは去ってしまっていたのだ。

もしこれを読んでいて、同じような気持ちでいる人が居たら、僕もその気持ちは大いにわかるので、軽々しく諦めないで、とか、もう少し頑張ってみて、とかは言えないが(経験談として、そういった言葉は全く心に響かないことが多いものだし)、ただまあ、今思い返してみると、僕としてはあの時死ななずにいて本当に良かった!とは別に思えないけれど、まあ悪くもないかな、と何年かたって思っている、ということは心の片隅に置いておいてみてほしい。


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