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凍える夜、厚岸の灯火に惹き込まれて。

「貝鮮立ち呑み 大厚岸 創成川イースト」2020年12月14日(月)

確かにランチのラーメンとチャーハンによって、幾ばくかの温もりを得た。
だがどうであろう、外と室内の寒暖の差は底知れぬ気怠さを宿した。
室内では火照った体が怠く、外に出ると手厳しい寒さが仁王立つ。
その拮抗に流石に狼狽せざるを得なかった。
どこかで道半ばの業務を断ち落とし、帰路に着こうと意を決した。

夜ともなると、その寒さは殺気だっていた。
帰宅したとて家に食材を持たぬ者にとって、この殺気だった寒さを理由に温もり溢れる物を誘発するのは、いつものご都合主義なのだが…

もちろん戒厳令を経験したことはないが、緊急事態宣言による営業自粛にも似た暗い空気感が街の其方此方に漂う。
辿り着いた店も臨時休業や時短営業という魔の手によって、暖簾を下げようとする店ばかりだった。
寒いのは体だけにして欲しい、と思わずマスク越しに口走った。
すると、古錆びた路地の一角に灯りを見つけた。
それは、まるで海峡の闇に浮かぶ小さな漁り火のように見えた。
求めていたものはおでんのような熱量であったが、もはや緊急避難のように中に入った。
スタンディング・スタイルの牡蠣専門店は極めて珍しい。
取りも直さず、「ほろ酔いセット」で様子を伺う。
寒いと言いながらもビールは欠かせないのは、どこか断ち切り難い紐帯なのであろう。
にしんの松前漬、牡蠣の酢漬、塩辛のおつまみセットは、次なる酒として日本酒を誘発した。
北の勝という日本酒の切れ味が凍えた体を解して、「ほろ酔いセット」以外のメニューを惹きこんでゆく。
日本3大牡蠣の中でも、厚岸のそれと言えば大振りで名高い。それを生で2個もいただく贅沢は、すでに外の尋常ではない寒さとは無関係である。
一気に飲み込むように口の中に流し込み、豊満な身を噛み砕く。
少し苦味のある牡蠣の香りが膨れ上がり、日本酒で流し込むことを2回繰り返した。
その余韻が消えぬうちに「塩ザンギ」と「ツブフライ串」を追加で頼んだ。
「塩ザンギ」の揺るぎない弾力、「ツブフライ串」の独特の歯応えは、新たな日本酒を迎合させた。
仮に、と自分に問うた。
この寒さであれ何であれ、何かにかこつけて飲むのが世の常でもある。
ダウンコートをしっかり着込み、外に出た。
マスクの隙間から立ち登る息が白煙のように漂っては、冷淡な夜空の中に消えていった…

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