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【人生最期の食事を求めて】深みのあるたまり醤油が織り成す中華そばの妙。

2024年4月14日(日)
末廣ラーメン本舗仙台駅前分店(宮城県仙台市青葉区)

急な会食を終え解放されたのは21時を過ぎた頃だった。
日曜日の深い夜に包まれつつある仙台駅前は、それでも多くの人々が交錯していた。
このまま帰るのも気が引ける。
と言って、もう少しだけアルコールに身を浸すのにも気が引ける。
名掛丁のアーケードから仙台駅に向かって押し寄せる人の波を避けるように、駅前通から広瀬通に抜けた。
このまま直進して愛宕上杉通を抜ければ国分町なのだが、もう少しだけアルコールに身を浸すのにも気が引けた。

自らに左折を促して再びアーケード内に忍び込もうすると、黄色と赤色のカラートーンが映えるラーメン店を逢会した。
それこそが「末廣ラーメン」である。

末廣ラーメン本舗仙台駅前分店

振り返ると仙台に出張しては国分町で飲んだ帰りに立ち寄り、仙台転勤中にもお世話になった老舗店である。
2024年1月、念願叶って食することのできた京都の名店「新福菜館」で修行を積み、東北向けに味を改良したこの店は、今では仙台屈指の人気を誇る。

この夜も若い男性を中心に客が押し寄せ、22時に近づいても列を成して待つほかなかった。

入口付近にある券売機で「中華そば(並)」(880円)のボタンを押した。
すると、その右隅に「ヤキメシ」(690円)や「ヤキメシ(1/2)」(380円)のボタンが踊るように私を挑発していた。
ところが、会食で満腹となっている身としては中華そばで充分であった。

「お待ちのお客様、空いている席へどうぞ」
若く溌剌とした男性スタッフの声が入口に響いた。
朱色に輝くテーブルの上の台には、昔と変わらず入れ放題のネギの入った丼が置かれている。
私の隣では、大学生と思われる男性客が無我夢中という形相で食べている空気感が伝わってくる。
一瞥すると、彼が食べているのはヤキメシだったのだ。
それは私に新たな欲望を刺激しつつも、否応もなく後悔の念を抱かせた。
薄暗い店内の中で黒褐色の光沢を放つヤキメシと黙々と食べ進める客の形相。
さらに、彼の眼の前に中華そばが置かれた。
どうやら先に届いたヤキメシを掻きむしるようにして食べているのだ。

中華そば(並)(880円)

「お待たせしました」
ネギの入った丼の傍らに中華そばが置かれ、私はつつがなく手を伸ばした。
黒々としたスープと麺を覆う細切れの切り落としチャーシューを掻き分ける。
以前と変わらず中太のストレート麺が顔を覗かせた。
さらにそれを閉ざすかのようにネギを想いのままにぶちまける。
外貌ほどの濃さのないスープを、そして麺をひと啜りする。
それはまさしく新福菜館の味を彷彿とさせる味で、ネギの苦みがそれをさらに独自の変化へと誘い込む。
なんと潔く、なんと清らかな中華そばとしての全貌なのだろう。
しかも、現在でも24時間営業という気概とともに、味の維持の見えざる苦心への想像も容易い。
すべての食べ終わるのも容易い。

すぐさま店を出て外気に身を浸した。
向かいにあるドン・キホーテのけたたましく暑苦しい店内放送と照明、さらには仙台駅への向かう人波を避けるように駅前通に向かった。

申し分なく満足なのに、隣で黙々とヤキメシを食べる客の幻影が不用意に私の脳裡を埋め尽くす。
するとヤキメシへの想いが沸々と高まりつづけた。
この報復は次回の訪問時に果たす、と静かに誓うのだった。……

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