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【人生最期の食事を求めて】ハンバーグとカットステーキが呼び覚ます青春とは?

2024年4月7日(日)
クラーク亭北12条店(北海道札幌市北区)

いわゆる“ポストモダン”に彩られた1980年代。
その代表は思想家浅田彰を筆頭に、高橋源一郎や小林恭二、そしてもうひとり忘れてはならない人物が島田雅彦である。

芥川賞最多6回の候補に選ばれた末に受賞できなかったという逸話は有名だが、そんな作家の近著「散歩哲学:よく歩き、よく考える」が実に面白く拝読した。
当時、私にとってスターのような存在だった島田雅彦は、自動車免許を取得しておらず、しかも痛風という点において共感と同類に喜びを見出しつつ一気に読み終えると、私も散歩の誘惑に駆られるのだった。

札幌駅北口に広がる北海道大学の広大なキャンパスは、日本のそれとはひと味異なるどこか西欧的風情を漂わせ、しかもレンガ造りの校舎には長い歴史の堆積を滲ませている。
整然と連なる並木には2026年で創立150周年を迎えるフラッグが掲げられていた。

クラーク像

日曜日ということもあって学生の姿は著しく少ないが、きらめく日差しは人々の顔を輝かせ、走る人を踊らせた。

いちょう並木を抜けて車の往来が激しい西8丁目通に出ると、時刻は13時30分を過ぎようとしていた。
学生街ゆえに飲食店は多いのだが、日曜日ということを考慮しなければならない。
すると、歩道に電光掲示板に置かれていた。
澄んだ明るい午後の日差しのせいで電光掲示板の文字を判読するのは難しい。
頭上には淡い青色と鮮烈な赤色の帯の中に店名を見出したが、営業中という雰囲気を匂わせていなかった。
中に入っていくと店内はふたつの空間に分かれていて、右手の空間には学生らしき客の一群が見え、左手には店の入口が見えた。
ちょうど入口の目の前の席が空いたばかりのようで、すぐさま案内された。
どこか疲れた様子の女性スタッフが水を持ってくるや否や、
「ご注文はお決まりですか?」
と気だるげに尋ねてきた。
入店したばかりでまだメニュー表すら手にしていないゆえに、少し待って欲しいと伝えると忙しなく目の前から消えた。

クラーク亭北12条店

とまれかくまれ店内は、学生や家族連れ、昼からビールを飲む男女客、食べ終わったにも関わらず漫画本を読み耽っている男性客といった具合で殷賑を極めていた。
気だるげながらにも忙しない女性スタッフが通りかかった時に呼び止め、
「ハンバーグ&カットステーキ」(1,330円)をお願いした。

店内の彼方此方に漫画本で埋め尽くされた本棚が置かれている。
単独の客のほとんどは注文を終えるか、食べ終えた後に漫画本に没入している。
奥の広いスペースでは、どうやらサーカルか体育会の活動らしき北大生が集い、盛り上がる声が私の席にまで反響した。
この店の客の回転の悪さはまさにその2つが要因なのだろう。
だがそれを一向に改善しないということも、この学生街で長く営業を続けるための流儀なのだろう。

どこか疲れた様子の女性スタッフは、注文を受けたメニューを載せたワゴンを次から次へと押しながら店内を巡っている。
そこにハンバーグ&カットステーキが巡ってきた。
ハンバーグ、カットステーキ、そしてライスから溢れ出る湯気が私の食欲を静かに刺激した。
その時、ふと私はある時代格差という問題を突きつけられる想いに戸惑ったのだ。
私の学生時代、ランチとはいえば学食で300~500円がストライクゾーンであり、1,000円を超えるとなるともはやブルジョアジーという別階級であったのに、私の目の前にいる学生の一群は1,000円前後のメニューを楽しそうに食している。
『無駄で不毛な時代格差の比較はやめよう』
私は自分に言い聞かせながら、ハンバーグから食を始めた。
学生向けのせいか濃い味つけはライスを催促するのは当然である。
しかも、ハンバーグの肉汁が醸す余韻はカットステーキを挑発するようだ。
カットステーキはと言えば、その挑発に踊らされまいとしてかハンバーグにも劣らない柔和さを誇示していた。
きっとメニューのラインアップからしても、ハンバーグとカットステーキという2大メニューなのだろう。
その2大メニューの挑発と誇示は、どちらも甲乙つけ難いほどだ。

ハンバーグ&カットステーキ(1,330円)

ポテトフライで小休止していると、私の耳は店内のどこからともなく懐かしいサウンドと野太い歌声を捕らえた。
それは浜田省吾の懐かしいヒットナンバーだった。
2023年10月、40年ぶりとなるコンサートツアーに行った時の震えるような興奮が蘇ってきた。
今、目の前にいる学生の一群のように、私も浜田省吾のBGMに聴き惚れ、脳裡に蘇るあの頃の光景を思い浮かべようとした。
果たして、私に青春などあったのだろうか?
サークルやゼミに入らず、大学にもほとんど行かず、アルバイトと読書と酒にまみれたあの頃、青春はあったのかと逆に青春に問われているようだ。
否、否、そんな問いさえ打ち消そう。
私はハンバーグとカットステーキを遮二無二に食べ進めながら、自分に言い聞かせた。
今こそ青春を謳歌しているのだ、と。……


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