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【人生最期の食事を求めて】スープカレーに抗する老舗の矜持。

2023年6月11日(日)
「カリーハウスコロンボ」(北海道札幌市中央区)

札幌は、スープカレー発祥の地であることは言うまでもないが、
ルーカレーにおいてはその名を轟かす店は少ない。
その中でも「カリーハウスコロンボ」は、今やルーカレーの老舗として札幌市民のみならず観光客も訪れる有名店である。

その場所は、北海道新幹線や駅前再開発で忙しない工事が続く地上とJR駅と地下鉄駅を繋ぐ、人の激しい往来が止まない地下2階の狭間の古びたビルの地下1階に位置している。
その店の目印としては、昼時のカレーを待ち侘びる行列と言って良いだろう。
この場所で開業して50年。
椅子の固定された席は10席しかないL型のカウンターは、営業開始とともにすぐに埋まったしまう。
秋から冬にかけて寒さと雪に悩まされるこの地の市民にとって、地下通路を通じればコートなしで並ぶことができるという利点も見逃せない。

カリーハウスコロンボ

日曜日の15時頃。
もちろん並ぶことなどない時間だった。
閑散としたカウンター席に余裕を持って固定席に腰を忍ばせた。
朝から何も食べていないことは、私にとってこの店を想起する理由のひとつであることは否定できない。
女性しかいないスタッフのはずなのに、珍しく若い男性スタッフの姿があった。
女性スタッフの指導を受けながら、その男性スタッフは朗らかな笑みと辿々しい手付きを無意識の裡に披瀝していた。
その男性スタッフに「スタミナカツカレー」(1,200円)と告げると、傍らにいた女性スタッフがそそくさと調理に取り掛かった。
その手際の良さに男性スタッフはどことなくたじろいでいる様子で、何をすべきもわからぬままに指示を待っているようだった。
すると、次々と客が来店し、気がつけば席は埋め尽くされていた。
「カツカレー」、「ハンバーグカレー」、「やさいカレー」と次々の定番のメニューが連呼されてゆく。

定番のメニュー

さらに左隣の空席に3人の客が席に座った。
男性2人と女性1人のその組み合わせは、メニュー選びに困惑しているようだった。
「もう15時を過ぎているのに、この店でまともに食べると今夜のジンギスカンはあまり食べることができないぞ」
と男性が他の2人に注意喚起していた。
「そんなにボリュームがあるんですか」
「うん、やばいよ」
「じゃあ、私はライス少なめにしようかな」
大食漢ではないかぎり、男性の注意喚起は的確である。
そこにスタミナカツカレーが目の前から現れた。
「はい、スタミナカツカレーです」
女性スタッフの明るい声音が狭い店内に谺するかのようだった。
左隣の3人は、私が注文したスタミナカレーを一瞥し、あらためて注意喚起を受け入れてライス少なめで、と女性スタッフに注文した。

白い大皿から溢れんばかりの黄金のルー、そこに浮かぶゆで玉子の断片、半円を描くような350gのライス、その上を支配するとんかつの存在感。
独特の酸味を携えたルーの香りが鼻をかすめる。
ライスを覆い隠すとんかつをじっくりと観察した直後に、ルーをひとくち飲み込んだ。
口内を酸味が駆け抜け、それの酸味を打ち消すようにスライスされたゆで玉子をまぶしてライスとともに運んだ。
そこに、一片のとんかつを追随させる。
庶民的なそれとは一線を画するスパイシーで癖の強いカレーのはずなのに、否、癖があるからこそ誰しも記憶に刻まれるのだろうか?

スタミナカツカレー
お好みで福神漬けと生姜をトッピング

食べ進むうちに、大きな皿の余白に福神漬け、生姜漬けによって味の変化を愉しんでいると、徐ろにルーが干上がっていくと同時にライスの比率が高まってゆく。
「ルーを追加しましょうか?」
その様子を見ていた女性スタッフが尋ねてきた。
それを待ちわびていたのだ。
ルーが追加されると、ルーとライスの比率は俄かに逆転した。
さらさらとしたルーをスープカレーのように吸い上げる。
残りのとんかつをルーに漬けて食していくと完食は近い。
やがてバニラアイスが訪れる。

時計を見ると、針は15時30分を目指そうとしていた。
スープカレーが隆盛を極めようとするこの街で、
圧倒的なボリュームと独自の味わいによって、長年に渡って愛される続けるこの店のカレーに敬意を払いながら、口内に残る酸味を携えて日曜日の夕刻を迎えるのだった……

食後のサービスであるバニラアイス



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