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【人生最期の食事を求めて】福井名物の焼鳥の名門に胸打つ一夜。

2023年9月22日(金)
秋吉福井駅前店(福井県福井市)

【人生最期の食事を求めて】焼鳥の名門に胸打つ一夜。

“涙が出るほどの感動体験をすること”
私が人生の後半戦に据えたテーマのひとつである。
その具体的目標として、神奈川県横浜市の總持寺、そして福井県の永平寺という曹洞宗の二大本山を訪れることは、2023年にどうしても達成すべき関門であった。

小松空港から小松駅にバスで移動し、特急しらさぎに乗り継いで福井駅に降り立つと、恐竜の壁画や巨大オブジェが私を出迎えた。

個人的には全く興味はないのだが、福井県は恐竜王国をPRしている。
それよりも私にとって最大の関心事は、前述した永平寺なのだ。
永平寺の歴史をここで記すのは避けよう。
とはいえ、日本的禅の思想の端緒は道元であり、現代においてもその思想は哲学はもちろんのこと、建築や美術、さらにはテクノロジーにまで及ぶ。
私にとって禅とは宗教というよりも美学としての、哲学としての禅の空気感や肌感といった感覚的なものをこの身でどうしても感じたいと願っていた。

ともあれ18時近くともなると、永平寺への実際の道程はこの日においては不可能だった。

私の意思は、駅前にある「秋吉」という北陸発祥の焼鳥チェーン店に向いていた。
「やきとりの名門」というショルダーコピーが焼鳥店としての自尊心を誇示しているのが妙に気になったのだ。
ひと気のない駅前で火焔のような赤い看板が際立つ店の前に立つと、駅前の閑散とは対照的に店内は想像を超えた人気と熱気を発していた。

秋吉福井駅前店

一歩踏み出すと、店内のざわめきと煙のくすぶりが出迎えた。
「いらっしゃいませ! おひとりさまですか?」
うなずくと、目前のカウンター席を案内された。
入口から間近な席だけに背後の客の動きの忙しなさがやけに気になるのだが、この混雑した店内で席を替えてもらうのはそれ相応の勇気と決断が必要だ。
ラミネート加工を施した大きなメニュー表を俯瞰しながら、まずは落ち着きを取り戻すべく、生ビールを体内に程よく流し込んだ。
驚くべきは、1メニューが複数本のセットになっていて、焼鳥のみならず串揚げも存在することであった。
其処彼処から響く注文が耳に入る限り、どの客も注文に慣れており、串のボリュームなど気にせず次々と注文が飛び交う。
後で調べてわかったことだが、福井県は焼鳥の消費量が全国屈指だという。
このメニューはそれを裏付けているのだろうと納得した。

賑やかさと煙に包まれる店内
焼鳥だけでなく揚げ物も

「はい、純けい、お待たせしました!」
元気よく持ち運ばれた5本の串が目前の鉄板に載せられる。
このスタイルも初めてであった。
保温をしっかりと保つ配慮が焼鳥への愛情の表出なのだろう。
5本といっても、その分量は圧巻のボリュームというわけではなく、
むしろ食べやすいように配慮されており、店としての配慮が感じされた。
「純けい」(396円)とは、雌鳥を指すらしくその芳醇な脂身と弾力のある肉感が特徴である。
が、それといって癖はなく、くどさもない。
左隣の鉄板を一瞥すると、左隣のひとり客も同様のメニューを食している。
文字通り、純けいは文字通り鉄板メニューなのであろう。
「ねぎま」(391円)が純けいの隣に置かれた。
もも肉の弾力は純けいほどでないものの、タレの風味がもも肉の淡白さを包み込み、どことなく純けいに劣らぬ存在感を誇示している。
「漬物」(286円)で焼鳥の存在をリセットし、生ビールをおかわりした。

純けい(396円)
ねぎま(391円)

「社長、ご注文は?」と奥のカウンター席で男性スタッフが客に尋ねていた。
何やらこの店は客を社長と呼ぶようだ。
ともあれ、「タン」(446円)が訪れると同時にハイボールに切り替えてタンに挑んだ。
薄く切られたタンの肉汁を弄ぶように自らの舌に載せ、ゆっくりと噛み締める。
タン自体はさほど癖もなく、しつこさもない。
が、すべて5本以上の焼鳥はやはり分量としては手強い。
鉄板に残る焼鳥をすべて食べると焼鳥への欲動は消失しようとしていた。
しろ、牛カルビ、はらみ、みの……福井県を代表する店が誇る焼鳥ラインナップをまだまだ楽しみたいと思う反面、私は自らの胃袋に余力を残すように言い聞かせた。

タン(446円)

もう1杯ハイボールを頼み、「しいたけ」(308円)、そして誰もが頼んでいて、おそらく名物のひとつである「キューリ」(70円)で締めることにした。
意想外にも薫りの鋭敏なしいたけに舌を巻きながら、何の変哲もないキューリをかじった。
特段、強烈なわけでもなく独特というわけもない。
バランスの良い塩加減と朴訥とした味わいだからこそ、この店の存在意義を垣間見ると言えよう。

「やきとりの名門」というショルダーコピーは、焼鳥をこよなく愛する福井県民にとって素朴な郷土料理なのだと解釈して、心地よい夜気とひと気のない福井駅界隈に誘われて、不慣れな街を彷徨うことにするのだった。……

しいたけ(308円)
キューリ(70円)

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