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オランダ語の数詞 ~不規則性の源泉を探る~

はじめに

今週はオランダ語 (Nederlands) の数詞 (telwoord) の興味深い点についてお話しします。

オランダ語は英語 (Engels) やドイツ語 (Duits) と同じく、西ゲルマン語群 (West-Germaanse talen) に分類される言語です。ドイツ語と良く似た見た目でありながら、ドイツ語の顕著な特徴の一つである高地ドイツ語子音推移 (tweede Germaanse klankverschuiving) を(英語と同じく)経ていないためか、よく『英語とドイツ語の中間的言語』として紹介されます。

オランダ語は、英語やドイツ語と同じ西ゲルマン語群に属し、英語とドイツ語の中間に位置する言語と言えます。そのため、英語とドイツ語のできる人にとっては、比較的習得しやすい言語のようです。

翻訳会社ジェスコーポレーション HP (https://www.jescorp.co.jp/ja/euro_dut.html)

これを否定するわけではありませんが、オランダ語にはオランダ語特有の魅力がありますので、その魅力のごく一部分だけでも今回の記事を通して感じていただけると幸いです。なお、今回の記事に一部の用語に付した訳は全てオランダ語です。

オランダ語の数詞

オランダ語の音論に関して注意しておきたいことは色々ありますが、一つだけ述べておきます。

それはゲルマン(祖)語の *s, *f が有声化して z, v になっているということです。

オランダ語の語頭の v, z は英語の f, s にそれぞれ対応する

無声子音が後続する場合など例外は多々ありますが、この対応は今回大切になってきますから、意識の片隅に置いておいてください。

オランダ語の数詞とその規則性

さて、今回扱いたいのは数詞の中でも特に90以下の基数詞 (hoofdtelwoord) です。基数詞とは、数量を表す数詞を指す単語で、順番を表す序数詞 (rangtelwoord) に対する用語です。

それではオランダ語の基数詞の一部とその発音を以下に示します。

オランダ語の基数詞

9×3 の表の形で作ってみました。n (< 10) 行目の左の列を n, 真ん中の列を n+10, 右の列を n×10 としています。

※語学的にはこれ以外に、① 0, 100, 1000, 1000000, 1000000000 をどういうか、また、②(例えば) 2023 などの中途半端な数をどういうか、などを把握しておきたいですが、今回は割愛します。

さて、この表に規則性が見出せないか観察してみましょう。

オランダ語の基数詞に見られる規則性(青字部分

n+10 の列 (13 ~ 19) は -tien, n×10の列 (20 ~ 90) は -tig で終わっていますね。英語の -teen, -ty, ドイツ語の -zehn, -zig (-ßig) と似ています。
※ちなみにドイツ語で『なぜ 30 だけ dreißig で dreizig ではないのか』というのはよくネタにされる話です。興味がある方は調べてみてください。

オランダ語の基数詞に見られる謎

それでは次は、上記を踏まえて不規則な部分を探しましょう。

オランダ語の基数詞に見られる不規則性(赤字部分

一桁の数を基礎に考えた場合に不規則な部分を赤字で示しました。 40 ~ 70 の語頭の子音字が無声子音として発音されるという、綴りに現れない部分に特に注意してください。

以下では発見した不規則性を4つの謎に分割して理由を探っていきます。

オランダ語の数詞に見られる謎

謎① 40 ~ 70 の語頭が無声音 & 80 = tachtig (✗ achtig)

この謎が今回の記事のメインです。

まずはこの5個の不規則性を一纏めに考えらえるかということが大切です。

80 tachtig は想定される語形 *achtig の語頭に t- が付いた形ですが、同じように 40 ~ 70 や 90 の想定される語形 *-tig に t- を付けるとどうなるでしょうか。それぞれ *tveertig, *tvijftig, * tzestig, *tzeventig, * tnegentig となりますね。 40~70 ではこれが順行同化によって無声化し、*tfeetig, * tfijftig, * tsestig, * tseventig となります。さらに語頭の子音クラスターとして許される /f-/, /s-/, /n-/ の形に簡易化されて現在の形で現れているという仮説をひとまず立てることができます。

これだけでは想像に頼りすぎですから、より推測を補強できるデータがないか探してみましょう。この際に、(現代の規範的語形だけでなく)方言に現れる形、文献に残る古語、近縁の言語、接触のあった言語などが大切になってくると思います。

以下にデータを示します。

40, 50, 60, 70, 80, 90 の各言語での形

まず、方言 (dialect) には、それぞれの数に t- で始まる語形が観察されます。語頭の阻害音は有声のものと無声のものとありますが、これは必ずしも上の推測によるものとは限らず、本来 *f, *s であった音が地域によっては有声化を被らずにそのまま残っているだけかもしれません。実際オランダ北部では v, z, g の摩擦が弱めで無声音に近く聞こえるとされます。しかし、4, 5, 6, 7 に関しては f-, s- で始まる形は辞書に記されていませんから、やはり 40, 50, 60, 70 について記録される無声の語頭音は特別なものだと分かります。

次は中期オランダ語 (Middelnederlands) です。60 ~ 90 に t- で始まる形が記録されています。6 や 7 では s-, z- で始まる両方の形が記録されておりゲルマン語の *s の語頭における有声化が中途であったと考えられますが、 60, 70 には z- で始まる形は記録されていないので、本来的には ts- であったものが語頭クラスターの簡略化によって s- となったのだと推測できます。

最後にオランダ語の外のデータですが、古ザクセン語 (Oudsaksisch) の ant- (and-, at-), 古フリジア語 (Oudfries) の t-, 古英語 (Oudengels) の hund- に関連を見出せます。hund- が最も本来的な形に近く、これが簡易化を経て、ant-, t- となったと推測するのが妥当でしょう。これらの言語のデータに共通しているのが、この接頭辞が 70 以降の 10 の倍数にのみ見られるということです。

以上が共通の源を持っていると考えると、オランダ語では早い時期に 70 ~ 90 からの類推 (analogie) で 60にも t- を付けるようになり、さらに後の時代にその類推(もしくは無声化のアナロジー)を 40, 50 に広げたと考えることができます。これと先述の順行同化による無声化と語頭クラスターの簡略化の仮説を併せて、この謎①の説明としたいと思います。

謎② 14 = veertien, 40 = veertig (✗ viertien, viertig)

音変化 (klankverschuiving) は無条件である音 X が別の音 Y になるという場合だけではなく、特定の環境下でのみ起こることがあります(むしろそれが普通かもしれません)。 さて、不規則性②は ie が r + 歯音の前で ee となったという音法則によるものです。 vier はこの条件を満たしませんが、 veertien や veertig はこれを満たしていることが分かりますね。起こった時期や場所についての詳細は省略します。

謎③ 13 = dertien, 30 = dertig (✗ drietien, drietig)

謎②と同様に特定の環境下での音変化で説明されます。具体的には歯音の前で rV が Vr となるというものです。このように音が入れ替わる変化を音位転換 (metathesis) といいます。謎②と同様に接尾辞 -tien, -tig が接尾したために条件を満たしていることが分かります。

ちなみに英語でも three に対して thirteen, thirty と音位転換が起こっていますね。英語やオランダ語(やフリジア語)は r を巻き込んだ音位転換が起きやすい印象があります。

謎④ 20 = twintig (✗ tweetig)

実はこれは、英語では twenty, ドイツ語では zwanzig, 西フリジア語 tweintig と、西ゲルマン語に共通してみられる現象です。現代のオランダ語内で twee に接尾辞 -tig を付けたと考えると不規則ですが、2の系列は元々 3 ~ 9 とは異なり特例的だと考えるほうが自然なのです。実際、古い印欧語(や一部の現代語)には単数と複数以外に双数 (tweehoud) という文法範疇があり、印欧語において2 は本来特別な数だったといえます。

詳しく説明すると、この 西ゲルマン語の 20 に見られる -n- は 2 の古い男性主格の形の名残だと考えることができます。古語には n を含む形(古高ドイツ語 zwēne, 古英語 twēgen, 古ザクセン語 twēne など)が残っており、これを確認することができます。ちなみにルクセンブルク語では 2 の性による曲用を保存しており、男性形 zwéin が観察されます

ちなみに『トム・ソーヤーの冒険』でお馴染みのマーク・トウェインの名前の元となった "by the mark, twain" の twain も同じく古い男性主格に由来するものです。
※ Mark Twain はペンネームです。

まとめ

今回はオランダ語の数詞の規則性の観察、さらにその規則性に則った場合に見出される不規則性を抽出しました。

その不規則性に対して仮説を立て、オランダ語の現代の標準語以外のデータを援用することで仮説の修正・より包括的な解釈を試みました。

この解釈によるとオランダ語の tachtig (80) に見られる t- や 40~70 の語頭の子音の無声化 (verstemlozing) は古英語の hund- や古ザクセン語の ant- と同根の10の倍数を表わす接頭辞の(類推を含めた)痕跡といえます。

これを現代に留めているのはオランダ語の 40 ~ 80 と西フリジア語の tachtich (80) しかありません(これらの変種はカウントに入れません)。オランダ語でこの痕跡が良く見える(40 ~ 80 と5つデータがあるわけです)理由の一つにゲルマン語の *s, *z がオランダ語で有声化したことがあります。これがなければ、綴りと発音の不一致は起きなかったわけですから。

以下にオランダ語の数詞の謎の説明を加えたスライドを載せておきます。

今回のまとめ

オランダ語にはとても面白い部分があるんだと分かっていただけたのではないかと希望的観測を抱きつつ筆を擱きたいと思います。

Laten we Nederlands leren en studeren!

参考文献

Woordenboek der Nederlandsche Taal (WNT)

Philippa, M., et al. (2003-2009) Etymologisch Woordenboek van het Nederlands

de Vries, J. (1971). Nederlands Etymologisch Woordenboek

Middelnederlandsch Woordenboek (MNW)

elektronische Woordenbank van de Nederlandse dialecten (eWND)

van Bree, C. (2016). Leerboek voor de historische grammatica van het Nederlands

Engelsman, J., et al. (2005) Taal als levenswerk. Aspecten van de Nederlandse taalkunde

あとがき

今回は私なりに力作となりました!このペースで更新を続けて行くのは難しいですが、細く長く続けたいものです。

※有料部分では私の好きなアイスを紹介しているだけで言語は関係ありません。また、ご支援が今後の記事に使われることはなく、私の胃に入るだけです(笑)

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