第3回報告「自閉症の増加及びミツバチ大量死と農薬の関係」(廣瀬丈久)

 第3回目の報告は、廣瀬より「自閉症の増加及びミツバチの大量死と農薬の関係」をテーマに報告をいたしました。(2019年6月)この報告からすでに2年が経過してしまいました。若干の新しい情報を加え、要旨を紹介させていただきます。なお、報告本文は当時のままです。

 このテーマを選んだのは、2018年に刊行された堤未果著『日本が売られる』(幻冬舎新書)の中の“自閉症等の有病率と農地単位面積当たりの農薬使用量”の相関図(p1)を見たのがきっかけです。上位4位までの国別順位が双方一致していることを知り、とてもショックを受けました。ただ、本書にはこの図の説明が一切なかったので、断片的に書かれていた“自閉症” “ミツバチ”“農薬”のキーワードを頼りに調べた結果をとりまとめたのが今回の報告です。
<自閉症>
自閉症は「中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定」されるとあるものの、その発生要因や増加要因についての定説はありません。過去には、親のしつけが悪い、愛情不足が要因などという極端な議論もありましたが、現在では、多くの遺伝的な要因が複雑に絡み合って発症するという説が有力なものとなっています。アメリカ及び日本の発達障害児者は今なお増加傾向にあります。(p2の図)
 近年の急増は、それまでの遺伝要因説では説明できず、何らかの環境要因が影響を及ぼしている可能性を指摘する研究が発表されるようになりました。その代表的なものが、日本の黒田洋一郎氏らによる仔ラットの研究です。農薬(ネオニコチノイド)の長期曝露により、仔ラットの遺伝子発現に異常を示したことから、神経毒性を持つ「農薬」が注目されるようになりました。(p4)
 神経毒性を持つ農薬には、有機リン系及びネオニコチノイド系のものがあり、そのいずれもが、昆虫の神経伝達に重要な役割を持つ中枢神経に打撃を与える殺虫剤です。昆虫も人間も基本的な神経系の構造はほぼ同じであることから、人間の神経伝達にも何らかの異変を与えるおそれがあります。
 人体に影響を与える農薬としては、殺虫剤の他に除草剤があります。除草剤の主成分のグリホサートにより腸内細菌が死滅し、神経伝達物質に異変を起こす可能性があると指摘されています。
 報告後に知り得た情報ですが、カリフォルニア大学の研究者による「神経毒性農薬の使用と使用耕地近くに居住する7歳の子供たちのIQの低下との間に有意な相関」(Int. J. Environ. Res. Public Health 2017, 14, 506)が明らかになりました。
 農薬業界からは人体には影響がないとの反論がなされていますが、こうして発達障害と農薬との因果関係を裏付ける具体的な研究報告が公表されるようになってくると、発達段階にある子供たちに及ぼす悪影響への不安が現実味を増してきます。

<ミツバチ>
 次に、欧州やアメリカでは、ミツバチの大量失踪現象が発生し、ネオニコチノイド系農薬との関係を証拠づける報告が相次いで公表されてきました。(p6上の図)
 その結果、EUでは2013年にネオニコチノイド系3農薬の屋外全面使用が暫定禁止され、2021年5月には、メーカー側の規制撤回の訴えが棄却され、禁止措置に法的根拠が与えられました。一方、日本では大量死の被害は出ているものの、巣箱の退避を求める以外の散布方法等に制約は今のところありません。
 ミツバチは、日本においても受粉を助ける意味で農作物生産に欠かせない生物です。しかし、野生を含むハチの実態についてもほとんど分かっていないのが実情のようです。気が付いた時には遅いということがならないよう、ミツバチの異変を人間を含む生態系への深刻な影響を与える警鐘とみるべきだと思います。

<農薬>
 さて、その問題となる農薬ですが、高温多湿の日本では、農業における病虫害被害は甚大で、農薬の果たしている役割は極めて大きいものがあります。農業の現場で実際にどのような農薬が使われているのかを示したのが、p6下の資料です。
 鹿児島県の種子島にあるJA種子屋久が発行する防除暦(一部)です。種子島は、離島には珍しく稲作が盛んな地域ですが、有機リン系、ネオニコチノイド系など農薬がリスト化されているのが分かります。農薬には適正使用のために、事前に農薬登録申請制度があり、使用時には、詳細な使用方法が記載されている製品ラベルに基づいた適正使用が求められています。
 安定した農業経営を行っていくためには、農薬の使用を前提とした地元の農協や農政行政機関による指導に従い、防除暦を参考にした栽培計画を立てているというのが日本の多くの農家の現状です。
 全国における農薬出荷量の推移を見たのがp9のグラフです。出荷量は減少する中で、除草剤であるグリホサートが伸び、殺虫剤のネオニコチノイド系が有機リン系を上回り、占める割合は多くなっていることが特徴的です。これらの農薬の伸びと発達障害児者の増加との間には、やはり何らかの相関を考えてしまいます。

<今後の動向>
 最後に、“農薬”“ミツバチ”“自閉症”のキーワードを取り巻く今後の動向について触れておきたいと思います。
 一つ目は、環境白書でも取り上げている「予防原則」の考え方です。取返しのつかない影響を与える行為などに対して、たとえ科学的根拠が不完全でも、事前に危機を回避する対策を講ずるというものです。農薬の人への影響について科学的な因果関係が十分証明されきれていない現状では、大変有効ではないかと思います。
 二つ目は、農薬の安全性評価が厳格になったことです。2019年4月から農薬の登録にあたって、子供の神経発達に与える影響試験の提出を求める条項が加わり、さらに2020年4月の法改正では、薬の動植物に対する影響評価の対象にミツバチの追加が決まりました。安全性が高いとされ広く普及してきたネオニコチノイド系農薬についても再評価がされるようになったことは、画期的なことかもしれません。
 三つ目は、環境省が行っているエコチル調査です。化学物質の曝露など環境要因が子供たちの成長や発達にどのような影響があるかを調べるものです。分析結果やその成果が出てくるのはもう少し先になるかと思われますが、適正な評価が与えられることを期待するところです。

<最近の話題>
 丁度この要旨をまとめている最中、ナショナル・ジオグラフィックメール版で届いた、東大の山室真澄氏の「ウナギとワカサギが激減した宍道湖」の記事を見て驚きました。宍道湖のワカサギやウナギの激減の原因は、ネオニコチノイド系殺虫剤により餌となる動物プランクトンやゴカイなどの底生動物に悪影響を及ぼした可能性が高いというものです。この研究は米サイエンス誌にも公表され、島根県の水田でネオニコチノイド系殺虫剤を使用開始した1993年以降、宍道湖の動物プランクトン等の減少とワカサギやウナギの漁獲量の減少との一致を丹念なデータ解析から明らかにされました。

<おわりに>
 ミツバチの行動や湖などの生態系を狂わし、人への影響も不安視される農薬ですが、今後も農業維持のために必要不可欠なものとして使い続けるのか。より環境リスクの少ない農薬の開発や農薬に代わる農法がありうるのか。今年5月に農水省から「みどりの食料システム戦略」が唐突に発表されました。化学農薬・肥料の大幅低減や有機農業への移行など、目指す方向については評価できるものの、今後のイノベーション依存が目立ち具体的方策は書き込まれていません。国内には、脱農薬や有機農業の様々な取組が始められています。(p10)こうした先行事例を踏まえ、絵に描いた餅にならないよう、注視していきたいと思います。

 昨年から、私は種子島や地元小平で農作業の手伝いを微力ながらも始めました。今後とも、子供たちの健康はもちろんのこと生き物が安全に暮らせる環境というものを、現場の視点に重きを置いて、見守っていきたいと思っています。

報告資料は下記「第3回地誌東京研究会報告」を👆クリックしてください。

👉「第3回地誌東京研究会報告」


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