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【映画日記】『青いカフタンの仕立て屋』『怪物』『インスペクション』

2023年7月26日(水)

なぜか,たまたま今回観た3本の映画はいずれも男性同士の同性愛を描く映画であり,いずれもネタバレ的な解説・感想を書いていますので,ご注意ください。

吉祥寺アップリンク 『青いカフタンの仕立て屋』
モロッコ映画。夫婦で営む一軒の仕立て屋で,若い見習い男性が働いている。実は妻が乳がんを患い,体調が安定していない。見習いにも早く一人前になってほしいのだが,次々と辞めては新しい人を雇うの繰り返し。ただ,今回の人は熱心に学びながら働いていて希望が持てる。しかし,妻はこの若者が気に入らない。実は,妻もうすうす気づいているが,夫は同性愛者である。見習いが次々辞めることとそのこととの関係は分からないが,ともかく一日中仕事場で近くで過ごしている男2人に妻は嫉妬というか疑いの念を持っているのだ。実はこの見習いもゲイで,主人に仕事の師匠としての尊敬の念以上の感情を持ち始めて,ある日接近するが,主人が拒むことで,若者はその場を離れることを決心する。その後妻の体調が悪化し,お店を休むことになるが,若者はお店が開かれていないことを心配し,夫婦の自宅を訪ねる。そこから,妻が亡くなるまでの奇妙な3人の生活が始まる。
ちょっと長くなってしまったが,こんな展開。モロッコといえばフランスとの関係が深いですが,『仕立て屋の恋』や『髪結いの亭主』を彷彿とさせるようなタイトルと雰囲気を持ちます。イスラームの影響が強い国ではありますが,ユダヤ教徒も少なくなのか?女性も髪の毛を覆っている人が多いわけでもない。なかなか独特の社会の雰囲気があります。公衆浴場のシーンも印象的。ちなみに,カフタンとはどの程度の拡がりを持つ文化か分かりませんが,女性が結婚式などの晴れの場で着る衣装で,刺繍を贅沢に施したもの。

 
2023年8月1日(火)

立川立飛TOHOシネマズ 『怪物』
今回もさまざまな話題をふりまいている是枝裕和監督の最新作。観ようか観まいか迷っていましたが,映画サービスデーに休みを取り,夏休み中の息子と一緒に何か観ようと思い,上映時間と本人の希望との兼ね合いで観ることにした。物語もある程度知られているようだが,冒頭は夫を亡くした安藤サクラ演じるシングルマザーの視点から,小学5年生の息子が担任の教師に暴力を振るわれたということで,学校に抗議に行くシーンから始まる。永山瑛太演じる担任教師は挙動不審で,周りの教師たちに制御されながら対応していることに不信感を募らせる。しかし,ある時,この担任教師は息子さんが星川君という同級生をいじめているんです。と発言し,母親は混乱する。次に担任教師の視点で描かれる。この教師はこの学校に転任して来たばかり。母屋の視点から受ける印象とは違い,正義感が強く一生懸命生徒に向き合おうとしている。自分のクラスの星川君がいじめられていることに気づくがこの時点では,犯人を特定しようという努力はしていない。ただ,一度いじめられている場面で主人公の一人であり,安藤サクラ演じる母親の息子である,麦野君の姿を見かけたこともあり,上記のような発言をしている。麦野君の母親から訴えられたことから,この教師はこの学校の職員の中からも徐々に排斥されるようになり,最終的には母親が訴えていた暴力事件が週刊誌に掲載され,保護者会が開催され,辞職へと追い込まれる。最後は黒川想矢演じる麦野君の視点で,柊木陽太演じる星川君との関係を中心に描かれる。星川君は背が低く中性的な雰囲気があり,男子とつるむよりも女子たちといる時間が長いこともあり,クラスのリーダー的な男子を中心としたグループのいじめの対象となる。一方で,麦野は登下校で星川と会うことが多く,仲良くなるが,クラス内ではそのことを隠している。少しでも二人の関係を男子グループに見られてしまうと「お前らホモかよ」的なからかわれの対象となり,渋々麦野はいじめに加担する。そんな具合で,学校という場は,親は子どもの姿を見られない,教師は授業中以外の児童の様子は見られない,という場であって,クラス内で児童は放課後の他の児童の様子を見ることはない,ということで実態の全てをお互いに知ることなく,知ることのできる断片からお互いの人物像を想像するという,学校に限らない社会全般の他者理解の本質を明るみに出す作品である。
とはいえ,そのことをお互いの誤解として過度に強調するこの作品には,それゆえの欠陥と矛盾が多いようにも思う。ダースレイダーさんのYouTubeチャンネルに北丸雄二さんがゲストでこの作品について論じる動画があった。北丸さんは冒頭でいい映画ですから是非見てくださいと言いながら,特に星川君の父親を演じる中村獅童や,周りの教師たちのステレオタイプ的な演出についてかなり批判をしている。私がさらに感じたのは,主人公たちは小学5年生で,舞台は長野県諏訪市である。現代の小学5年生がこういうあからさまに男らしさ女らしさを原因とした,クラスメイトの目の前でのいじめをするだろうか?なんか,一昔前のいじめの姿のような気がする。もちろん,今でも小学5年生といえば異性愛を意識する時期で,異性愛に違和感を抱く児童に対する嫌がらせ的なものは想像できるが,少なくとも私の子どもたちに聞くようなクラスの状態とは乖離しているように感じた。また,担任の先生に対する周りの先生や保護者,児童たちによる排斥行為もなんか非現実的な印象を受けた。エンタテイメントとしてのドラマや映画ではそういう表現もありえるが,あくまでもドキュメンタリー的リアリズムを追及する是枝作品らしくないようにも感じた。さらに,子どもたち二人と担任の先生にはある程度感情移入できるが,安藤サクラ演じる母親も結局どういう人間だったのか分からない。
かなり批判的な論調で感想を述べてきたが,映画を観ている時はストーリーにも引き込まれ,全く無駄のない作品だと感じた。それに二人の子どもたちの演技というか存在感は素晴らしく,映像的にも洗練された作品であることは間違いない。

 
2023年8月5日(土)

立川キノシネマ 『インスペクション ここで生きる』
こちらは時間的制約の中で決めた作品だが,予告編を観た時に,戦争映画は基本的に好きではないが,どれ以上の何かを得ることができるような期待を抱いた。時は2005年のアメリカ合衆国。2001年の同時多発テロの報復として,テロへの戦争と称して2003年からイラクに対して行われた軍事攻撃が予想以上に長引き,米軍にも無視できない程度の犠牲が出てきている。本国では入隊者を募り,訓練を経たうえで戦地に送り込むということをしている。主人公の男性は黒人のゲイ。ゲイであることが母親に知られてから疎遠になり,彼自身の居場所がなくなり,海兵隊にその場所を求めて入隊を希望する。映画では,その訓練の様子が詳しく描かれる。冒頭で,入隊希望者は教官に「薬物はやっていなか,共産主義者ではないか」などの問いとともに,「同性愛者ではないか」という質問を受けるが,主人公は「ノー,サー」と返答する。しかし,皆でのシャワーの場でちょっとした妄想をしてしまい勃起してしまう。そのことで,その場ではゲイであることを知られてしまうのだが,後に教官の言葉にあるように,このご時世においてそういう理由で除隊させるほど米軍に余裕はない。日本でも自衛隊員のなり手不足が叫ばれているように,米軍においても事情は同じである。なかにはイスラーム教徒もいて,米軍はイスラームのテロ組織を敵としているわけで,そういう複雑な事情で入隊を希望する男性も描かれる。そして,さすがに男女一緒に訓練や生活をするわけではないが,一定数の女性の入隊希望者の姿も描かれる。そういう意味では,私が知るべき知識の多くを提供してくれる作品ではあったが,何か物足りなさを感じた。作品は結局母親と息子の確執の問題へと回収されてしまうような印象で,もっと大きな対テロ戦争の問題や米軍の状況,それをめぐる米国社会のあり方など,そういう側面について知ることはできなかった。


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