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【読書日記】反五輪の会編『OLYMPICS KILL THE POOR』

反五輪の会編(2021):『OLYMPICS KILL THE POOR――オリンピック・パラリンピックはどこにもいらない』インパクト出版,303p.,2,020円.
 
2020年の夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の開催地が決定されるのは2013年9月。反五輪の会はそれに先立って,2013年の1月に結成されている。本書の冒頭は15ページを割いて,小さい字で活動の記録が年表として記されている。15ページの最後には【2021/6/25現在 オリンピック・パラリンピック反対継続中】とある。本書は1年延期されたオリンピック大会開催中の7月30日に発行されている。私は反五輪の会のTwitterをフォローしているが,かれら(実際のメンバーは女性が多いようだが,彼女/彼という表記も面倒なので,私の場合はひらがな表記で性別を問わないものとしています)の活動は現在も続いている。2030年の冬季大会の招致を札幌市が進めているが,それに反対する札幌の市民団体をサポートしているのだ。
本書は本書のために誰かが執筆したものではない。反五輪の会の活動はこちらのウェブサイトで告知され,活動が記録されているが,そうした諸々の文章を収録したものだといえる。適宜写真が掲載され,またビラの画像も数多く収録されている。

ということで,読み物というよりかれらの活動を振り返る際に参照すべきアーカイブとして所有していたが,とある事情によりまずはかれらの活動を通しで理解しておく必要が生じ,読むことにした。発行から1年が経過してしまったが,もっと早くに読むべきだったと後悔。それくらい重要な本である。2008年に夏季大会に大阪市が立候補していた。その際もオリンピック反対運動は起こっていて,弁護士を中心とする組織「大阪オリンピックいらない連」が活動をしていた。こちらのウェブサイトもまだ残されていて,重要な情報は参照することができる。私は当時の当事者に連絡を取り,かれらが発行していたニュースをお借りして閲覧したことがある。それは非常に貴重な資料で,こういうものは書籍化すべきだと強く思ったが,反五輪の会はそれが本書として実ったので,とても重要だと思う。

反五輪の会の主要メンバーの一人,いちむらみさこさんについては,このblogでも何度か書いたが,自ら望んで野宿生活を送っているアーティストである。彼女が執筆した文章の多くも本書に掲載されている。また,小笠原博毅・山本敦久編(2018)『反東京オリンピック宣言』(航思社)にも執筆している小川てつオさんが書かれた文章も多く掲載されている。小川さんも野宿者でありながら,雑誌『現代思想』などにも執筆している。そうした文章を読むと,研究者並みに文献調査をして,研究者以上に現場と当事者をよく知っている。それはともかく,反五輪の会は野宿者の方々を含むメンバーで構成されていることもあり,数年前から話題になっていた,渋谷区の宮下公園をめぐる問題で活動されていた方々ともつながりは深いようである。つい先日も,宮下公園に続いて,再開発が計画されている同じ渋谷区の美竹公園が工事の準備という口実で閉鎖され,立ち退きに応じなかった野宿者一人が公園内に幽閉されるということがあり,反五輪の会の方々も抗議に参加し,Twitterで情報発信をしていた。この際に中心となったのは「ねる会議」という団体で,いずれにせよ野宿者同士のネットワークとかれらを支援する団体・個人とのネットワークを感じさせる事件だった。
2020東京オリンピックでまず問題化されたのは,もちろん招致活動における政治的汚職の問題や,元安倍首相のプレゼンテーションでの発言などもあったが,本来は2019年ラグビー・ワールドカップに間に合わせるように建て替え計画が進んでいた新国立競技場の建設に伴う問題である。近隣の都営霞ヶ丘アパートの取り壊しが検討されたのは2012年7月。2013年3月にはIOCの現地視察があり,国立競技場周辺の野宿者の一次立ち退きが行われた。その時にはすでに反五輪の会の活動は始まっているが,何が言いたいかというと,反五輪の会という団体は当初から野宿者支援や居住権の侵害という問題に深く関わっていると思われる,ということである。
反五輪の会は,多くの抗議活動を,2017年1月に発足した「「オリンピック災害」おことわり連絡会」(通称:おことわりんく)とともに行っている。下記のウェブサイトを見てもどのような人が関わっているのかは分からないが,発足集会の映像が残っていて,そこでは『で,オリンピックやめませんか?』(亜紀書房,2019年)の編者の一人である思想家の鵜飼 哲さんが挨拶をしている。もう一人の編者である天野恵一さんは1998年の長野オリンピックに対する反対運動から生まれた『君はオリンピックを見たか』(社会評論社,1998年)の編者でもあり,その辺りの人的ネットワークから生まれた団体かもしれない。

http://www.2020okotowa.link/

本書にはオリンピックの弊害がほぼ網羅されているように思う。私がオリンピック研究に関わるようになって,学術文献の調査から始めた。学術研究はしっかりとした根拠のある情報をもとにしないと議論ができないので,学術文献ばかり読んでいても実はオリンピックの弊害や問題点はなかなか見えてこない。そういう意味では,先述した『君はオリンピックを見たか』や,1988年の名古屋が夏季オリンピックに立候補していた時の反対運動から生まれた『反オリンピック宣言』(風媒社,1981年)の方が学ぶことは多い。もちろん,反対運動の方々もいい加減な情報に基づいた無責任な発言をするわけではないし,特に書籍化されるような文章ではその辺はしっかりしている。しかし,学術研究とは目的が異なり,事実の蓄積よりも反対運動につなげる動機や理由,根拠づけがメインなので,情報源を特定できるような記載をしなくてもよい。また,かれらは実際に研究者も巻き込んだ活動をしているため,そうした研究者から口頭や講演で聴いたこと,また実際に立ち退きなどの当事者の話を聴いていることもあり,研究者よりも生の声を知っているという側面もある。
本書は活動の記録であり,理路整然と何かを説明するものではないので,反復は多い。しかし,同じことでも何度も角度を変えて論じられたり,対談のような形で議論が展開されたり,資料によっては問題を整理して提示したりしている。ここで,かれらがまとめた「オリンピックに反対する11の理由」を転載しておきたい(pp.210-211)。
1 野宿者排除/団地の取り壊し
2 五輪再開発・ジェントリフィケーション
3 「テロ」をあおり過剰なセキュリティ対策
4 原発被害者を切り捨てる「放射能安全宣言」
5 ジェンダーを巡る問題
6 優生思想とパラリンピックを巡る問題
7 ボランティア動員とオリ・パラ教育
8 街路樹の伐採とアジアの熱帯林破壊
9 膨大な公費と不正招致疑惑
10 過労労働
11 アートで五輪プロパガンダ
7つ目にあげられているオリ・パラ教育については,実際に教鞭に立っているますだらなという人による文章がいくつか本書に掲載されている。オリンピック・パラリンピック教育についてはアカデミーでも断片的にしか情報が得られておらず,今のところは本格的な調査・研究はない。そういう意味では,教育現場からのこの声は貴重である。その他には,首藤久美子さんによる文章が多い。確か,YouTubeで視聴したどこかの座談会にも登場していて,反五輪の会の代表的な存在といえる人かもしれない。本書には首藤さんや小川さんが他の媒体に執筆した文章も収録されている。
反五輪の会の2013年から2021年にかけて9年間に及ぶ運動の軌跡を地理的な側面から確認しておきたい。東京都内において,かれらの活動の拠点の一つは新宿にある。新宿はもちろん都庁のある西口もあるが,デモのやりやすからいったら東口がある。最初の立ち退きの現場であった国立競技場周辺ももちろん重要。そして,本書ではあまり語られていなかったが,毎月(毎週?)金曜日の夜に東京駅前で抗議行動をしていたはずだ。オリンピック選手村など,ベイゾーンの競技施設にも何度か視察に行っている。その他にも宮下公園の運動にも参加し,川崎でイスラエルの軍事見本市が開催される際にも訴えている。年表から地名を拾おうとも思ったが,あまりに多くてちょっと断念。それだけ,数多くいろんな場所でかれらは抗議行動を行っていた。
五輪会場は東京だけでなく,「復興五輪」を謳う必要上福島にもあり,かれらはそちらにも複数回訪れている。マラソン会場は札幌に移ったので,そちらにも出向いているようだ。かれらの活動は当初,2020年のオリンピック大会が東京で開催されることを阻止すれば終了だったこともあったが,後に東京とともに立候補していたマドリードやイスタンブールでも反対運動が起こっていたことを知り,「オリンピックはどこにもいらない」ということで,世界中の五輪反対運動と連帯することとなった。東京大会の前の大会である2016年リオ大会の際には,リオデジャネイロまで出向いている。もちろん,夏季大会だけではないので,2018年平昌大会にも行っている。
それだけの行動をしても,オリンピック反対の声は大きくならず,新型コロナウイルスのパンデミックが日本にも訪れ,五輪大会は1年延期された。かれらの抗議行動も1年継続されたといえる。さすがにこの状況で開催すべきではないという声が大きくなり,医療機関や女性活動家などからも抗議が起こるようになり,日本共産党も最終的には中止を訴えるようになる。本書の最後に掲載された2021年6月23日の抗議行動で,都庁前で声を上げたのは以下の団体・個人である。
・反五輪の会
・オリンピック災害おことわり連絡会
・都教委包囲・首都圏ネット
・長野:オリンピックいらない人たちネットワーク(復刻)
・アジア女性資料センター
・フランス・オーベルヴィリエ市:JAD(Jardins a defendre)
・福島・虹とみどりの会
・松本:オリンピックの中止を求める松本の会
・「女性たちの抗議リレー」
・ふぇみん・婦人民主クラブ
・グレゴリー・加藤
・都庁職病院支部
その他,同時期に行われた抗議集会としては,静岡や浜松,多摩地域,横浜,九州の久留米,大阪・釜ヶ崎という日本各地だけでなく,韓国,パリ,ロサンゼルス,ウィーン,シドニー,ニュージーランド・ウェリントン,ワシントンDCなどを確認している。都内各地で行われた集会の様子はYouTubeで配信もされ,そのいくつかを私も視聴した。コロナのおかげでオリンピック中止が現実のものになるという希望も少し抱くような盛り上がりだったが,一度決めたものは簡単に取り消せない,この国の政府の在り方を強く反映するように,結局は実施されてしまった。昨今のオリンピック大会は軍隊も出動するほどのテロ対策,セキュリティが増大しているが,東京も例外ではなかったように思う。しかし,かれらの矛先はもっぱら五輪反対運動の人々を制するだけに終始していて,本当の意味でのテロ行為が行われなかったことは一つの救いではあるが,逆にいうと,国際テロ組織が東京を標的することの意義はないということかもしれない。ともかく,オリンピックに反対する人の正当な意見を封じ込めるというところに税金などを投じた警察などが動員されることの無意味さをも感じ取った大会であった。
もう一つの希望は,現在2030年冬季大会に対して札幌市が招致活動をしているのに対し,招致に反対する複数の団体が札幌の地元で結成された活動をしていることだ。もちろん,そこには反五輪の会を含む東京大会に抗議してきた人たちも支援していて,連帯が高まっている。招致段階でこれほどの運動がおこること,そしてかつての大阪や名古屋とは違い,多くの反対者が「オリンピックはどこにもいらない」という意識を持っていると思われていること,これは大きな希望である。是非とも招致中止を実現させたい。

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