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【読書日記】神田孝治・森本 泉・山本理佳編『現代観光地理学への誘い』

神田孝治・森本 泉・山本理佳編(2021):『現代観光地理学への誘い――観光地を読み解く視座と実践』ナカニシヤ出版,222p,2,400円.

私にも執筆依頼があって1章分(8ページ)書かせてもらった論文集。何となく読まずにここまできてしまったが,講義ネタに困って読むこととなった。こちらも読み終わってから大分経ってしまったので,個々の章についてコメントすることはしないが,読まずにいたという消極的な想像とは違って,初学者が観光地理学の全体像を把握するにはよくできている本だという印象を受けた。
なお,第一編者の神田氏は,同じナカニシヤ出版から2009年に編著『観光の空間――視点とアプローチ』を,2012年に博士論文をベースとする単著『観光空間の生産と地理的想像力』を出版していて,観光地理学関係で3冊目の本となる。本書においても序文を含めて42の文章のうち,7つを執筆していて,他の2人の編者は森本が2つ,山本が1つしか執筆していない。なお,31人の執筆陣のうち,名前から判断した女性が11人で,執筆陣が1/3,編者が2/3ということでジェンダーバランスを考慮し,執筆陣の多さからも連絡を3人で分担したのかもしれない。いずれにせよ,内容的には神田氏の意向の強い本といえるかもしれない。
序 『現代観光地理学への誘い』とは――「観光地を読み解く視座と実践」の理解へ向けて:神田孝治
第Ⅰ部 観光地化された空間を読み解く
1 リゾート――余暇空間の特徴について考える:神田孝治
【コラム】絵はがきからみた温泉地の変化:関戸明子
2 自然――観光と創られる風景:神田孝治
【コラム】現代の国立公園・自然公園:畠中昌教
3 聖地――聖と俗の関係から読み解く:森 正人
【コラム】アニメの聖地化と地域:神田孝治
4 ヘリテージ――イデオロギーとオーセンティシティをめぐる現代的諸相:山本理佳
【コラム】軍事景観の遺産化:橘 セツ
5 都市――都市景観の特性を活かした地誌学的まち歩き観光のススメ:松村嘉久
【コラム】メガ・イベントと都市:大城直樹
第Ⅱ部 観光地を人から読み解く
6 ツーリスト――地域がツーリストに与える経験と、その経験が地域に及ぼす効果:滝波章弘
【コラム】観光客と旅行案内書:荒山正彦
7 ホスピタリティ――観光客の歓待をめぐる多様なあり方:神田孝治
【コラム】演じられるホスピタリティ:李 小妹
8 エスニシティ――エスニック・ツーリズムの現状と課題:藤巻正己
【コラム】観光と展示される少数民族:李 小妹
9 ジェンダー――観光と性差の関係性:森本 泉
【コラム】観光地と同性愛:吉田道代
10 ジェネレーション――メディア、世代市場、親子関係:成瀬 厚
【コラム】若者とナイトライフツーリズム:池田真利子
第Ⅲ部 観光地の新しい潮流を読み解く
11 エシックス――倫理的で持続可能な観光実践の重要性と限界:薬師寺浩之
【コラム】SDGs と観光:森 正人
12 ダークツーリズム――死と結びついた観光地の創造と変容:神田孝治
【コラム】ダークな記憶装置:藤巻正己
13 アート――ツールとしてのアート/アートとしての表象:濱田琢司
【コラム】ヘブンアーティスト事業とツーリズム:山口 晋
14 デジタルメディア――融解する境界と新たなる観光地:神田孝治
【コラム】SNS と観光地への意味づけ:澁谷和樹
15 オーバーツーリズム――グローバルな移動を再考する:森本 泉
【コラム】訪日観光客とテーマ化する温泉旅館:安江枝里子
第Ⅳ部 隣接領域の視座から観光地を読み解く
16 観光社会学――社会的なものの相貌を映し出すディズニーリゾート:遠藤英樹
【コラム】観光の再帰性:高岡文章
17 観光人類学――観光と文化をめぐる動態への多様なアプローチ:鈴木涼太郎
【コラム】モラル・エコノミーとしての観光:須永和博
18 観光心理学――観光地を訪れる人の心理と行動を考える:中村 哲
【コラム】観光モチベーション・観光経験・観光地の開かれた関係:髙井典子
19 観光歴史学――帝国日本と空間を越える観光:千住 一
【コラム】台湾における「近代建築物」の活用と歴史認識:曽山 毅
20 観光計画学――人の住む地域に対する観光開発とその矛盾:藤木庸介
【コラム】観光地づくりにおける「協働」:堀田祐三子
それはともかく,本書は4部構成で,各章のタイトルは事典のように簡潔になっている。私はジェネレーション(世代)の執筆を担当したが,タイトルが編者によって与えられたもので,副題を自分なりに考えるということだった。大抵はテーマを与えられてタイトルは自由なのだが,本書はそうした明確な編集方針が貫かれている。ちなみに,この執筆依頼から学ぶことは多かった。なんだかんだで,観光研究を主とする文章はこれまで書いてこなかったし,世代という観点から観光を考えたこともなかった。しかし,一方で本文でも言及したが,翻訳で参加した『アルコールと酔っぱらいの地理学』で私が担当した世代に関する章で多くを学んでいたので,それを参考に文章を組み立てた。とはいえ,インタビュー調査から組み立てられたこのアルコール研究と同じレベルで書けるわけではないし,本書に「デジタルメディア」の章はあるが,古いメディアの章はないので,「観光研究におけるメディア分析」も意識して書かせてもらった。
そんな感じで,第I部は旧来の観光地理学を意識して観光地の側からの研究を類型的な切り口から論じ,第II部は観光客の属性という観点から整理されている。観光研究の人類学の古典として『ホストとゲスト』という本があるが,地理学が土地の側面から観光を考えるのに対して,人類学は人間の側面から,特に第IV部にも章が立てられているが,観光人類学という分野が登場した背景にはそもそも人類学という学問の成立の背景となっていたヨーロッパの植民地支配への反省から,観光地におけるホストとゲストの関係を人類学者=調査者とインフォーマント=被調査者との関係,非対称的な関係として論じてきた。そういう側面を地理学者に論じさせている。第III部は旧来の日本の観光地理学にはなかった(観光地理学でも論じるべき)新しい観光研究のテーマを提示している。そして,第IV部は地理学以外の観光研究の諸分野を地理学との接点を意識して解説してもらっている。最後の「観光計画学」ってのは初めて聞いたけど,なかなか重要な視点。


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