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ただよう希望 |コラボ小説 歩行者bさん&藤家 秋 まとめ 創作大賞2024応募作品

こちらは、先日公開したコラボ小説をひとつの記事にまとめたものです
共作小説を創作大賞に応募する場合、代表して公開する必要があるそうです

歩行者bさんがプロットを提供してくださり、第1話&第3話を担当
わたし藤家 秋が第2話&最終話を担当しました

ただよう希望 第1話  (歩行者bさん)

夏の海にやってきた。夏ったって梅雨なんだけどね。でも今年の梅雨はちょっと違う。いつものムッとした感じがなくて、カラッとしている。どうしてなのかなんて僕にはわからない。
あ、僕?僕はジョン。ジョン・F・ケネディのジョン。いや、それはマズいか。ジョン・マクレーンのジョンだ。知らない人はググってみてよ。
僕の主人は拓海たくみ君。僕の一番たいせつな人。そして彼女ののぞみ。僕の部下みたいなもの。この3人で能登の海にやってきた。拓海君が言うんだ。ここは特に気持ちのいい風が吹くって。

僕はいつも通り砂浜を走って走って走り回った!気持ちいい!

希が駆け寄ってきた。
『なにごと?』と僕は吠えたけど、希には言葉がわからない。
希は僕を連れて浜に停まってたボートに乗り込んだ。意外と大きなボートで中にはいろんなものが転がってる。みなゴミみたいなもんだろうけどね。
希はしばらくはボートの縁から目を出して外の様子を窺ってたけど、そのうち飽きてスマホをいじりだした。そしてとうとう眠ってしまった。僕も希の横にくっついて寝た。波打ち際のゆりかごは気持ちいいんだ。

空は相変わらずのグレーだけど、前より少し明るかった。雨の心配はなさそう。
ふとボートの縁から外を見るとそこは海の真っ只中!陸地なんてあんなに小さくなって・・・マズい、かも。
『起きろ、希。たいへんだ!』僕は吠えた。
「うるさい。もうちょっと静かにできないの」
『外を見てみろよ』
希はようやく顔を上げた。そしてすぐに硬直した。
「たぁいへん」そう言って立ち上がった。
『危ないよ。落ちたらどうするんだよ』
希になにかスイッチが入ったようだった。
「おーい!助けてー!」
僕たちがいた砂浜はもう見えなかった。
それでも希は何度も手を振って叫んだ。僕の声だって届かないのに。
希は諦めなかった。そして気づいてスマホを開いた。
「なに?圏外ってなによ。役立たず」
希はジーンズのポケットにスマホを押し込むと、また叫んだ。希はほとんど野生の動物のようにボートの中を行ったり来たり、僕は踏んづけられそうでヒヤヒヤしながら逃げ回った。希には僕の声は届いていないようだった。
「あ!オールがある」
希はそれを掴むとガムシャラに海を引っ掻き回した。それは空しく空を切る。
『ダメだよ。船が回ってるだけ』でも希にはわからない。僕はオールに噛みついた。
「何すんの!」
希は僕を引きはがして、なおも漕いだ。なんとも言えないくすんだ緑の海が見渡す限り広がっている。それを希は空しく掻きまわした。
「あ、そうね。片方だけで漕いでもダメだ」
希は息を弾ませて、そう言った。
「拓海、何してんだろ」
『拓海君はここにいるの知らないでしょ。探しようがない。たぶん陸地を探してる』
希に伝わるかな?伝えたところでどうにもならないけど。
僕たちはとうとう乗り込んだ時のようにべったり腰を下ろした。でもあの時とは違う。今はこの船底の下にあるのは地獄。
空はますます明るくなってきた。もうすぐ日が照りそうだ。

予想通り、太陽が見え始めた。海の色が一変した。碧と言いたくなるほどの青が眩しく照り輝いている。
でも感傷に浸ってなんかいられなかった。周りがどこもかしこも熱を持ってきて、とうとう逃げ場がなくなった。
暑い!苦しい!もうこれは熱いだよ。僕もとうとう音を上げた。
希もぐったりしている。そりゃそうだろう。あれだけ叫んだし、オールも漕いだし・・・
僕たちは黙り込んだまま。希は片手を海に突っ込んで、冷やしている。いいアイディアかもしれないけど、それほどの効果は期待できないよ・・・

ギラギラのオーブンの中で長い時間が過ぎた。

希が海に浸していた手で海水を掬った。
『バカ!やめろ!やめろったら!自殺行為だぞ!』
僕は吠えた。そして希の手に突進してそれを食い止めた。
「なによ!もうどーなってもいいよ!ムリだよ。誰も探しになんてこない」
『諦めるな。まだ僕たちはさっき遭難・・・』
そうだ。僕たちは遭難してしまったんだ。

ただよう希望 第2話  (藤家 秋)

遭難した…?この私が?
希という名をつけた両親を恨みたくなってきた。
午前中は雲が多くて、梅雨とはいえ過ごしやすい気温だったのに。
太陽がてっぺんでギラギラと睨みをきかせ、もう夏至が過ぎたと主張している。逃げ場のない私を、集中的にジリジリ攻めてくる。

こんなことなら、女優みたいなバカでかい帽子をかぶってくるんだった。
荷物になるからって、選択肢からさっさと消去しちゃった。
こういうささいな選択ミスで、人生って摘むのかもな。ん?詰むか。これって、将棋かなんかの用語かなあ…
人ってもうろうとしてくると、どーでもいいことを考えたがる生き物らしい。

生き物といえば、このボートのなかにもう1種いる。
ゴールデンレトリーバーみたいな華やかで活発な大型犬が、私の好み。その真逆のコイツ。元気いっぱいなのはいいとして、とにかく私の言うことを聞かない。
犬は群れのリーダーに従うっていうから、ジョンにとって私は新参者。超・下っ端なのだ。
リードを持たせてくれたり相手をしてくれたりするのは、拓海を立てるため。飼い主が視界から消えると、ツーンとあらぬ方向を凝視するハチ公へ変貌する。

小さいから暑苦しくはないけども、なんというか圧を感じる。
「なんで拓海君からはなれたの?バカなんですか?」と言いたげなつぶらな瞳。
「しかたないじゃん。人間にはいろいろあんの」

それにしても暑い。水筒とか持ち歩くタイプじゃないから、飲み水もない。以前、新聞で読んだことがある。瓦礫の下敷きになって動けなくなった人が、靴に用を足してそれを飲むってやつ。
当時は「へえ~」ぐらいにしか思わなかったけど、命をつなぐためにはなりふり構ってられない。

船底を波が叩く。私が逡巡しようがしまいが、一定のリズムを刻んで。
「っもう!この暑さどーにかしてっ」
キレたら体力を消耗するのは、わかっているのに。
「成人式の写真が遺影って、ちょっとよくない?きれいに撮ってもらったんだよね~」
犬に無視される。

ダラダラと汗が流れ、目に入る。
Tシャツが張りつき、気持ち悪い。なんでジーンズなんかはいてきた、私?だれも見ていないから脱ごうかとも思ったけど、例によってジョンがキャンキャンわめく。
直射日光ってよくないのかも。しかたがないので、ウエストをゆるめデニムの裾をまくり上げた。羽織っていたシャツを頭にかぶせ、日よけにする。

舌を出し、はあはあと苦しそうなので、ちっさな頭にタオルハンカチをのせてみる。サイズはぴったり。ジョンも異議はないらしく、されるがままだ。
これって平安のお姫さまwith従者っぽくない?
自業自得で地獄をみる、こんな間抜けな姫君はいないか。

体じゅうの水分を失い、からりとした空気にさらされる。
漁港で見た干物を思い出す。ピンと四方に引っ張られ、うすく伸ばされた海の幸。
「ねえ。このままじゃ、イカの干物になっちゃうね」
おかしくなってきて、私はふふふっと笑いながらジョンをなでた。ヤツは「一緒にすんな」というカオをした。

拓海とは付き合って半年になる。大学の同級生で、受講している授業も重なっていた。たまたま食堂で一緒に食べたのが、はじまり。
不思議なほどしゃべりやすくて、なんとなく彼氏になって。
なんなら親戚じゃないかと思うくらいに、居心地がいい。いや、親戚にも水の合わない連中はいるから、ちょっと違うか。
自分を出せる反面、ついつい遠慮がなくなってしまう。

海のように広い、の形容がぴったりの彼。そこに惹かれたはずなのに、はっきりしないところが、ときどきしゃくに障る。
「希の食べたいものでいいよ」がいつものセリフ。
あなたには、自己主張ってものがないんですか?

今日だって、お昼をどこで食べるか全然決まらなくて私はブチギレた。
「トイレさがしてきて!」と拓海に命じたあと、すぐさまジョンを誘拐しボートに隠れた。
そのあと揺れが気持ちよくて昼寝しちゃったのが、まずかったんだよなあ。

圏外だからメッセージは送れないけど、入力はできるかも。
人生ではじめて、私はラブレターを書こうと決めた。
まぶしくて画面がよく見えない。角度を変えていたら、視界の端でなにかが動くのが見えた。

船だ!
港に停泊していた漁船のサイズ。
…いや、幻覚かな。もう本気でヤバイ状態なのかも。
せめて「会えてよかった」くらい残しとかなきゃ……

ただよう希望 第3話   (歩行者bさん)

船だ!
僕が吠えると、二人して飛ぶように立ち上がった。
希は飛び跳ねて船を揺らして叫んだ。
僕も吠えた!

でも、小型の船は何事もないようにゆうゆうと通り過ぎていった。

もっと近かったら気づいてくれたかもしれないのに。もっと大きな音が出せたら振り向いてくれたかもしれなかった。
この千載一遇を僕は悔やんだ。
命の糸が切れたような気がした。

日は傾いて、海は真っ赤になった。僕たちの血のように真っ赤だった。
明かりのない僕たちには夜の間にできることなんてない。
僕たちはまた腰を下ろした。船底を叩く波が心なしか寂しげなのは気のせい?4ビート、これはブルースに違いない。拓海君の大好きなマイルス・デイビスのラッパの音が聴こえるような気がした。
満天の星。これが僕たちの見る最後の景色なの?
悪くない。悪くはないよ。
僕は希のそばで横になった。僕の振る尻尾がホールトマトの大きな空き缶を叩いて、空元気のような侘しい音を立てた。



拓海が浜に戻っても2人はいなかった。
「どこに行ったんだ、あいつら」
そう呟いたけど埒は明かない。
ふらふらと砂浜を歩くしかすることがない。

犬を連れて散歩に来たおじさんに訊いてみた。知るわけないか、と思いつつ。
「すみません。この辺で白い犬を連れた女性を見かけませんでしたか?」
「いや、知らねえな。幾つくらいの子だ?」
「二十歳くらいです」
「そんな子がいりゃ覚えてないわけがねぇ。この辺はばあさんばっかだからな。ははは」
柴犬が珍しいものでも見るような顔で、おとなしく座っている。
「いなくなっちゃったんですよ」
「そうか、心配だな。宿は?」
「まだ決めてないんです」
「そうか、良かったら電話しろ」
おじさんは体を歪めて、ポケットからスマホを取り出して見せた。
「ここ、俺ん家の民宿だ。犬も大歓迎だから」
「あ、ありがとうございます。おとなしい柴ですね」
「ああ、女の子だからな。お宅は?」
「うちは雄のスピッツなんですよ」
拓海は電話番号を書き留めた。
「民宿 なほとか」
口に出してみた。なんなんだ?
おじさんは「スピッツか、最近とんと見ねぇな」と呟きながら歩いて行った。
砂浜を四方八方見渡しても人影はおろか、海鳥さえいやしない。

真っ赤な夕日が海に降りていく。ゆっくりと。希の顔がちらつく。夕焼けに見惚れる横顔を思うと、とっても愛しく思う。どうして今、傍にいないんだ。

「青年!」と呼ぶ声がして、背中がひっくり返りそうになった。青年?
さっきのおじさんだ。
「ちょっと来てくれ」
そう言われて素直についていく。知らない人について行ったらダメ!そんなことをさんざん言われてたな。と、顔が歪む。
「どうしました?」
「あんたは知らんだろうが。ここに跡があるだろ?」
波打ち際、そこには砂浜を引っ掻いたような跡がある。
「昨日までここにボートがあった。この辺の貸しボート屋のものだが、そいつに乗って沖に出たってことはないか?」
「いやー、そんなことないと思いますが」
「この砂の跡はかなり新しいぞ。そんなに時間は経ってない」
「そう言われると・・・イタズラ心でってことはあるかも・・・」
「そうなんじゃねえか?船ってのはな、人が乗ると沈み込むだろ?そんだけ波の影響を受けやすくなる」
「はい」何が言いたいんだ?
「船に乗って休んでる間に動き出すってことは十分あるんだよ」
「そう言われてみると最初にここに来た時、ボートがあったような」
「そうか、やっぱり。そんな事故がたまにあるんだ。無線で知り合いの漁師に頼んどいてやる」
そう言われて電話番号を教えて、宿泊予約までさせられた。
「今日の昼ごろだったら、どこまで行ってんだろうな。対馬海流に乗ってたら佐渡くらいまでは行ってるかもしんねぇな」
「えー!佐渡ですか」
「海流の速さがわかんねぇから何とも言えねぇ」
おじさんと一緒に民宿なほとかまで歩きながら、名前の由来を聞いた。なんでもナホトカ号という名前のロシアのタンカーが沖合で座礁して、大量の重油が流れ出す事故があったのだとか。真冬にも関わらず、たくさんのボランティアが能登にやってきた。その時からここに住み着いてる。とおじさんは言った。

おじさんは帰り着くと、すぐに無線で漁師たちに知らせてくれた。
「見つかりますか?」
「藁の山から針ってやつだな」
「えー!」
「今日の昼だったら、まだ捜索してもらえねぇだろう。ヘリじゃ」
「どれくらい経ったら」
「明日の朝。明日の朝に要請すりゃいい。どうせ夜の間、捜索はできねぇ」
このおじさん、何者?
拓海は心配で夜の浜にもう一度行ってみたが、怖くなってすぐに舞い戻った。


空が白んできた。一晩、なんとなく眠ったが、希は死人のような顔をしている。
「酔ったみたい」そう言って船べりから何かを吐いた。
『ホント、弱っちいんだから』僕はそう言ったけど、どうせわかりゃしない。

遠くから船の音が聞こえてきて、僕は吠えた。でも希にはまだ聞こえていないようだった。
僕はオールを咥えて、缶の上に何度も落とした。
「うるさいっちゅうの、おまえは。頭痛いんだから」
『そんなことわかってる。叩け!最後のチャンスだ』僕は何度もやった。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!雑種のくせに」
僕は誇り高き拓海君の犬だぞ。
そんな希にもようやく船のエンジンの音が聞こえたらしく、急に立ち上がった。
「おーい!」
『だから聞こえないって!叩けよ』
希もようやく気がついて、オールを手にした。
「おまえ、見かけによらず、賢いんだ」
『余計なお世話だ。叩け、叩け、叩け。明日のジョーがひっくり返るまで叩け』
耳が裂けるかと思うほどの希望の音だ。
希は立ち上がって、オールの柄に缶を被せて、高く掲げて振り始めた。
ガランガランとがさつな鐘の音がした。

船が方向を変えた。こっちに向かってくる。
僕たちはついにやった。
希と抱き合った。
僕は生まれて初めて狼みたいに吠えた。
    

ただよう希望 最終話 (藤家 秋)

深い霧があたりを包む。
しばらくなにも見えなかったが、晴れてくると小さな影が見えた。
現れたのは彼氏ではなく、わんこ。がっかりしていると、ヤツは口を開く。
『希さん、お掃除が行き届いていないようですね?』
そう言って肉球についた埃を示す。あんたは、ヨメのやることなすことにケチをつける小姑か?

イラッときて言い返そうとし、なにかに気づく。
左手がとってもあったかい。よく覚えている、あの大きな手の感触。
それだけで私は泣きたいくらいに安心して、もう二度と目が覚めなくてもいいと思った。

「希……?」
ふっと夢の膜がはずれた。
「ほんとに希だよな?」
拓海は放心したように、私のほおや髪にふれた。
「うん…たぶん」
おばあちゃんみたいな声が出た。
二度めに遭遇した漁船に無事保護された、私とジョン。やっとのことでありつけた水分を、船酔いでまた逆流させたものの、なんとか死なずに病院へ搬送されたようだ。

もっといっぱい飲みたいのに、飲み込む力が半日で弱ったのか、思うようにゴクゴクできない。それでも涸れた喉にしみわたる水の甘いこと。ペットボトルの水って、こんなに安くていいんだろうか。

船に乗っていたふたりの漁師は親子らしい。オヤジさんがあれこれ世話を焼いてくれた。
「腹減ってるだろ?いきなり固形物はまずいか。オイ、あの腹にたまらん吸い込むヤツ持ってこい」
なんのことかと思ったら、ゼリー飲料だった。舌にふれる、やわらかなリンゴ味。これも高級スイーツみたいにおいしい。
あとは塩分補給にと、梅干しを飴がわりに口にふくんだ。これに塩おむすびとか最高かも。食欲を思い出し、私は救助された実感がわくのを感じた。

おかしかったのがジョンの態度。引き上げてもらう前からギャン鳴き。
息子に抱えられたときにはガブリと腕にかみつき、恩を仇で返す始末。
「人さらいだと思って威嚇してるんじゃ」と息子。
「おお。ちんまいのにいっちょ前だなあ。忠犬くん」とオヤジさん。
息子はとくに怒ったようすもなく、謝る私に手をヒラヒラさせた。

そのあとも、牙をむき出し唸っている。そんなジョンを見るのは、はじめてだった。
「大丈夫だよ、ジョン。この人たちは、いい人。助けてくれたんだよ?」
言い含めていると、やっと鼻を水に近づけてくれた。まだ納得していないらしく、ちらちらと親子をうかがっている。
ビチャビチャと水をこぼしながらガブ飲みする姿に、泣けてきた。
私の身の安全を最優先にしてくれた…?まさかね。

船が岸につくかつかないかのうちにジョンは飛びうつった。そのまま猛ダッシュし、あっという間に見えなくなる。
「え…?どこ行ったの、アイツ。せっかく助かったのに…」
ジョンのことだから、なにか考えがあるのだろう。やたらと鼻をヒクヒクさせていたから、拓海をさがしに行ったのかも。
小型犬っておつむが足りない印象だったけど、彼は違うってわかったから。干からびているはずなのに、どこにそんな馬力が…?敵ながら見上げた根性だ。

あとから聞いたところ、ジョンは浜辺の交番で愛しの飼い主と再会。
気配を察するなりおまわりさんを振り切り、彼の胸に飛び込んだとか。
私より女子力が高いんですけど…

拓海は左手の指を私の指としっかり絡めたまま、右手でスマホ画面を見ている。

いつもわがままばっか言って ごめんね
今度生まれ変わったら ジョンになります
いや ジョン二世? 
せめて文鳥とかカメとか金魚とか 
そしたら 命尽きるまで一緒にいられるっしょ? 
私って意外と乙女? ドジだしね 
めんどくさい彼女だよね 
あ~ 頭まわんないから 脈絡おかしいかも 
アイドル×サバイバルでサバイドル 知ってる?
なにそれって感じだよね ニッチなとこ攻めてんなあって 
バカにしてたけど バカにできない 
動画1本でも見とくんだった 
人生なにが起こるかわかんない 
しょうもないことでケンカして ごめんなさい 
さがしてくれるか試したかったのかな
ホントかまってちゃん 
私のことは忘れて しあわせになってください
大好きです
拓海と出会えてしあわせでした 
ありがとう さようなら

「あのさあ、音読するってドS?」
「だって自分で読むの、しんどいだろ?」
「そーだけどさあ」
送信ボタンを押していたらしく、回線が復帰したときに届いたようだ。

「なんにも、ほんっとーになんもできなくて、どうにかなりそうだった。頼りなくてごめん」
「悪いのは私だし。だいたい、それはヒマつぶしで書いたお遊びみたいなもんで…」
モゴモゴ言い訳する私を、彼はなんともいえないやさしい表情で黙らせる。
「めっちゃうれしいから家宝にする」
「せんでよろしい」
拓海はニヤニヤしている。もはやSなのかMなのかわからないし、どっちでもいい。

「『僕のたいせつな人を守ってくれて、ありがとう。よくやった』ってほめといた。『当然ですが、なにか?』ってジョンは言ってた気がする」
うるさい=愛情なのかと、私は哲学的思考に陥る。死にかけて変になったのだろうか。

遭難救助にかかった費用は「なほとか」という民宿の主人が立て替えてくれたらしい。「しばらく通って、こき使ってもらうつもり」と拓海の声も晴れやか。

「宿の飯うまいから、希にも食べさせたい」
「イカの一夜干しだけは、勘弁して」
「なんで?」
「ジョンに訊いて」

(おわり)

歩行者bさん ありがとうございました

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