ただよう希望 4/4 最終話|コラボ小説 with 歩行者bさん
*第1話(by 歩行者bさん)
*第2話(by 藤家秋)
*第3話(by 歩行者bさん)
ただよう希望 最終話
深い霧があたりを包む。
しばらくなにも見えなかったが、晴れてくると小さな影が見えた。
現れたのは彼氏ではなく、わんこ。がっかりしていると、ヤツは口を開く。
『希さん、お掃除が行き届いていないようですね?』
そう言って肉球についた埃を示す。あんたは、ヨメのやることなすことにケチをつける小姑か?
イラッときて言い返そうとし、なにかに気づく。
左手がとってもあったかい。よく覚えている、あの大きな手の感触。
それだけで私は泣きたいくらいに安心して、もう二度と目が覚めなくてもいいと思った。
「希……?」
ふっと夢の膜がはずれた。
「ほんとに希だよな?」
拓海は放心したように、私のほおや髪にふれた。
「うん…たぶん」
おばあちゃんみたいな声が出た。
二度めに遭遇した漁船に無事保護された、私とジョン。やっとのことでありつけた水分を、船酔いでまた逆流させたものの、なんとか死なずに病院へ搬送されたようだ。
もっといっぱい飲みたいのに、飲み込む力が半日で弱ったのか、思うようにゴクゴクできない。それでも涸れた喉にしみわたる水の甘いこと。ペットボトルの水って、こんなに安くていいんだろうか。
船に乗っていたふたりの漁師は親子らしい。オヤジさんがあれこれ世話を焼いてくれた。
「腹減ってるだろ?いきなり固形物はまずいか。オイ、あの腹にたまらん吸い込むヤツ持ってこい」
なんのことかと思ったら、ゼリー飲料だった。舌にふれる、やわらかなリンゴ味。これも高級スイーツみたいにおいしい。
あとは塩分補給にと、梅干しを飴がわりに口にふくんだ。これに塩おむすびとか最高かも。食欲を思い出し、私は救助された実感がわくのを感じた。
おかしかったのがジョンの態度。引き上げてもらう前からギャン鳴き。
息子に抱えられたときにはガブリと腕にかみつき、恩を仇で返す始末。
「人さらいだと思って威嚇してるんじゃ」と息子。
「おお。ちんまいのにいっちょ前だなあ。忠犬くん」とオヤジさん。
息子はとくに怒ったようすもなく、謝る私に手をヒラヒラさせた。
そのあとも、牙をむき出し唸っている。そんなジョンを見るのは、はじめてだった。
「大丈夫だよ、ジョン。この人たちは、いい人。助けてくれたんだよ?」
言い含めていると、やっと鼻を水に近づけてくれた。まだ納得していないらしく、ちらちらと親子をうかがっている。
ビチャビチャと水をこぼしながらガブ飲みする姿に、泣けてきた。
私の身の安全を最優先にしてくれた…?まさかね。
船が岸につくかつかないかのうちにジョンは飛びうつった。そのまま猛ダッシュし、あっという間に見えなくなる。
「え…?どこ行ったの、アイツ。せっかく助かったのに…」
ジョンのことだから、なにか考えがあるのだろう。やたらと鼻をヒクヒクさせていたから、拓海をさがしに行ったのかも。
小型犬っておつむが足りない印象だったけど、彼は違うってわかったから。干からびているはずなのに、どこにそんな馬力が…?敵ながら見上げた根性だ。
あとから聞いたところ、ジョンは浜辺の交番で愛しの飼い主と再会。
気配を察するなりおまわりさんを振り切り、彼の胸に飛び込んだとか。
私より女子力が高いんですけど…
拓海は左手の指を私の指としっかり絡めたまま、右手でスマホ画面を見ている。
「あのさあ、音読するってドS?」
「だって自分で読むの、しんどいだろ?」
「そーだけどさあ」
送信ボタンを押していたらしく、回線が復帰したときに届いたようだ。
「なんにも、ほんっとーになんもできなくて、どうにかなりそうだった。頼りなくてごめん」
「悪いのは私だし。だいたい、それはヒマつぶしで書いたお遊びみたいなもんで…」
モゴモゴ言い訳する私を、彼はなんともいえないやさしい表情で黙らせる。
「めっちゃうれしいから家宝にする」
「せんでよろしい」
拓海はニヤニヤしている。もはやSなのかMなのかわからないし、どっちでもいい。
「『僕のたいせつな人を守ってくれて、ありがとう。よくやった』ってほめといた。『当然ですが、なにか?』ってジョンは言ってた気がする」
うるさい=愛情なのかと、私は哲学的思考に陥る。死にかけて変になったのだろうか。
遭難救助にかかった費用は「なほとか」という民宿の主人が立て替えてくれたらしい。「しばらく通って、こき使ってもらうつもり」と拓海の声も晴れやか。
「宿の飯うまいから、希にも食べさせたい」
「イカの一夜干しだけは、勘弁して」
「なんで?」
「ジョンに訊いて」
(おわり)
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