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ただよう希望 2/4 第2話|コラボ小説 with 歩行者bさん

*第1話(by 歩行者bさん)

ただよう希望 第2話

遭難した…?この私が?
のぞみという名をつけた両親を恨みたくなってきた。
午前中は雲が多くて、梅雨とはいえ過ごしやすい気温だったのに。
太陽がてっぺんでギラギラと睨みをきかせ、もう夏至が過ぎたと主張している。逃げ場のない私を、集中的にジリジリ攻めてくる。

こんなことなら、女優みたいなバカでかい帽子をかぶってくるんだった。
荷物になるからって、選択肢からさっさと消去しちゃった。
こういうささいな選択ミスで、人生って摘むのかもな。ん?詰むか。これって、将棋かなんかの用語かなあ…
人ってもうろうとしてくると、どーでもいいことを考えたがる生き物らしい。

生き物といえば、このボートのなかにもう1種いる。
ゴールデンレトリーバーみたいな華やかで活発な大型犬が、私の好み。その真逆のコイツ。元気いっぱいなのはいいとして、とにかく私の言うことを聞かない。
犬は群れのリーダーに従うっていうから、ジョンにとって私は新参者。超・下っ端なのだ。
リードを持たせてくれたり相手をしてくれたりするのは、拓海たくみを立てるため。飼い主が視界から消えると、ツーンとあらぬ方向を凝視するハチ公へ変貌する。

小さいから暑苦しくはないけども、なんというか圧を感じる。
「なんで拓海君からはなれたの?バカなんですか?」と言いたげなつぶらな瞳。
「しかたないじゃん。人間にはいろいろあんの」

それにしても暑い。水筒とか持ち歩くタイプじゃないから、飲み水もない。以前、新聞で読んだことがある。瓦礫の下敷きになって動けなくなった人が、靴に用を足してそれを飲むってやつ。
当時は「へえ~」ぐらいにしか思わなかったけど、命をつなぐためにはなりふり構ってられない。

船底を波が叩く。私が逡巡しようがしまいが、一定のリズムを刻んで。
「っもう!この暑さどーにかしてっ」
キレたら体力を消耗するのは、わかっているのに。
「成人式の写真が遺影って、ちょっとよくない?きれいに撮ってもらったんだよね~」
犬に無視される。

ダラダラと汗が流れ、目に入る。
Tシャツが張りつき、気持ち悪い。なんでジーンズなんかはいてきた、私?だれも見ていないから脱ごうかとも思ったけど、例によってジョンがキャンキャンわめく。
直射日光ってよくないのかも。しかたがないので、ウエストをゆるめデニムの裾をまくり上げた。羽織っていたシャツを頭にかぶせ、日よけにする。

舌を出し、はあはあと苦しそうなので、ちっさな頭にタオルハンカチをのせてみる。サイズはぴったり。ジョンも異議はないらしく、されるがままだ。
これって平安のお姫さまwith従者っぽくない?
自業自得で地獄をみる、こんな間抜けな姫君はいないか。

体じゅうの水分を失い、からりとした空気にさらされる。
漁港で見た干物を思い出す。ピンと四方に引っ張られ、うすく伸ばされた海の幸。
「ねえ。このままじゃ、イカの干物になっちゃうね」
おかしくなってきて、私はふふふっと笑いながらジョンをなでた。ヤツは「一緒にすんな」というカオをした。

拓海とは付き合って半年になる。大学の同級生で、受講している授業も重なっていた。たまたま食堂で一緒に食べたのが、はじまり。
不思議なほどしゃべりやすくて、なんとなく彼氏になって。
なんなら親戚じゃないかと思うくらいに、居心地がいい。いや、親戚にも水の合わない連中はいるから、ちょっと違うか。
自分を出せる反面、ついつい遠慮がなくなってしまう。

海のように広い、の形容がぴったりの彼。そこに惹かれたはずなのに、はっきりしないところが、ときどきしゃくに障る。
「希の食べたいものでいいよ」がいつものセリフ。
あなたには、自己主張ってものがないんですか?

今日だって、お昼をどこで食べるか全然決まらなくて私はブチギレた。
「トイレさがしてきて!」と拓海に命じたあと、すぐさまジョンを誘拐しボートに隠れた。
そのあと揺れが気持ちよくて昼寝しちゃったのが、まずかったんだよなあ。

圏外だからメッセージは送れないけど、入力はできるかも。
人生ではじめて、私はラブレターを書こうと決めた。
まぶしくて画面がよく見えない。角度を変えていたら、視界の端でなにかが動くのが見えた。

船だ!
港に停泊していた漁船のサイズ。
…いや、幻覚かな。もう本気でヤバイ状態なのかも。
せめて「会えてよかった」くらい残しとかなきゃ……

(つづく)

*次回 第3話(by 歩行者bさん)7/6(土)公開


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