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ビジネス法務・2024年8月号

2024年8月号が発刊されたので、興味深かった記事をいくつか紹介します。

特集1 法務実務が「動いた」判例

判例は法律やガイドラインと並んで、法務の仕事を進めるうえで拠って立つべき重要な規範の一つです。

今回の特集では、実務家として押さえておくべき重要な判例が幅広く紹介されていましたが、特に着目したのが「ダスキン株主代表訴訟事件」です。

これは、ダスキン(ミスタードーナツ)が販売していった肉まんに無認可添加物の混入がなされていたところ、担当取締役2名がこの事実を知りながら隠蔽して販売継続を決定し、指摘した取引業者にも口止め料を支払っていたという事案において、同社の株主が取締役および監査役に対して、ダスキンが被った損害賠償の株主代表訴訟を起こした事案です。この事案では、関与していた取締役2名に巨額の損害賠償が認められたことに加えて、販売完了後に事実を知りながら、「積極的に公表しない」という決定をした他の取締役・監査役に対しても責任が認められたことが特徴的でした。

判例とは個別の紛争に対する裁判所の判断ですが、裁判所へ紛争が持ち込まれるということはある意味で「失敗」事例と言えます。つまり、判例を知ることは「過去の失敗」を知ることでもあり、我々は失敗から教訓を得ることができるのです。
ダスキン株主代表訴訟事件では、無認可添加物が混入した食品の取扱いに対する経営陣の判断の「誤り(=失敗)」が裁判所によって裁かれた事案です。注目すべきは損害賠償額の大きさであり、関与した取締役には約53億円の賠償責任が、その役員に対しては約2億1000万円の賠償責任が認められています。

経営陣は様々な状況で難しい判断を迫られることが多くありますが、例えば、このダスキン株主代表訴訟事件を知っておけば、実際に不祥事に直面した際に、このような判例と巨額の損害賠償リスクがあることを経営陣に共有することで、正しい経営判断を促すことができるのではないでしょうか。

そのような意味でも、判例の事案の詳細や背景、そして、実際に当事者に対してどのような判決が認められたか、という点まで含め、判例を学習しておくことはより実践的なアウトプットをするために非常に重要なことだと思います。
企業法務では法律やガイドラインのインプットが中心になって判例学習はおざなりになりがちですが、今回の特集は非常に役立つものだと感じました。

座談会 景表法の動向をふまえた実務対応ーNo.1表示・ステマ規制・AIと広告

消費者マーケティングにおいて最も重要な法律である景表法に関する専門家の座談会です。
景表法は昨今のデジタルマーケティングに対応する必要から、昨年10月、ステマ規制が導入されたところです。
この座談会では、ステマ規制に加えて、執行事例の増えている「No1表示」からダークパターンに対する対応策まで、景表法についての幅広いトピックが議論されています。

景表法の難しいところは、コンプライアンス体制を構築して広告規制を守ろうとする善良な事業者がいる一方で、法律の裏をかいて不当な広告で利益を得る悪質な業者がいるため、規制の幅や制裁がどんどん厳しくなっているところにあります。企業の成長のために法律を遵守した質の良い広告が中長期的な自社のレピュテーションを高める一方で、短期的な利益だけを目的に法規制を意に介さない業者が一定数いるため、あるべき規制とは何か、が問われているのです。さらに、テクノロジーの発展によってもたらされるマーケティング手法の多様化について法務担当者としてどのように臨むべきか、という点も重要な論点です。

今回の座談会では現在の景表法に関する論点について議論と各論点への対応策が紹介されている点や、今後の規制の方向性が議論されていた点が有益です。

新連載 事業展開×知財×法務

知的財産権を使いこなすことはIT企業の成長にとって今や必要不可欠となっています。

例えば、2017年、freeeがマネーフォワードを特許権侵害で訴えた訴訟で敗訴したり、2023年、ドワンゴとFC2の間で動画上にコメントを表示する機能を備えた動画配信システムに関する特許権侵害が主張された訴訟で重要な知財高裁の控訴審判決が出るなどしています。

今回の新連載(事業展開×知財×法務)では、「自社単独で新規事業を展開する際の盲点」というタイトルで、新規事業を開発する場合における知的財産権の取扱いの注意点が述べられています。

特にITベンチャー企業においては、自社に知的財産担当部を持たず、法務部が兼務している会社も多くあるのではないでしょうか。

知的財産権はうまく使うことで自社の成長にとって武器にも防具にもなるため、事業に伴走する法務パーソンとなるためには、法規制に対する適法性審査だけでなく、知的財産の観点での権利保護を意識しなければなりません。
今回の新連載は、事業展開に関わる法務担当者として実務上気を付けるべきポイントについて解説されており、特に知的財産分野を兼務している法務パーソンにとって役に立つものとなっています。

まとめ

2024年8月号のビジネス法務では、やはり『特集1 法務実務が「動いた」判例』がとても役立つものでした。

私自身のキャリアを考えると、法律事務所での弁護士業務と比べて、企業法務においては、法律やガイドラインを参照することが多い一方で、判例まで遡って考えることは少なくなっているように感じています。
しかし、判例は法律・ガイドラインと同様に重要な法源の一つであり、実際に起きた事件に対する裁判所の判断であるため、アドバイスをする際にも判例を持ち出すことで相談部門や経営陣のより深い納得を得るために有用であると感じることは多くあります。

日々の仕事をこなしながら最新の法律知識を身に着けるのは大変ですが、ビジネス法務では判例から知財まで幅広いトピックがカバーされています。

忙しい法務パーソンこそ、毎月のビジネス法務で最新の法律論点をアップデート習慣化することをお勧めします。


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