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人材紹介契約書レビューのポイント

昨今の人材不足からか、職業紹介事業者との間の人材紹介契約書(「職業紹介サービス契約」、「人材紹介コンサルティング契約」等と名称は様々ですが、職業紹介サービスの提供に関する契約を意味します)のレビュー依頼が増えています。

そこで、この記事では、人材紹介契約書のレビューに関してまとめたいと思います。

人材紹介契約の基礎知識

適用業法:職業安定法

人材紹介契約の適用業法は職業安定法です。
職業安定法は、人材紹介業者や求人企業の職業紹介事業や求人行為を規制しています。
具体的には、労働条件等の明示(職安法5条の3)、求人情報の的確な表示(同法5条の4)をはじめとして、採用活動にあたって企業が守らなければならない義務が定められています。

注意点は、職業安定法は人材紹介事業者だけに適用される法律ではなく、人材を採用することになる求人企業にも適用される、という点です。

そのため、人材紹介契約を締結する場合、自社もきちんと職業安定法を遵守して人材の募集活動を進めなければなりません。

契約の性質:準委任契約

人材紹介契約は民法上の非典型契約となりますが、性質としては「準委任契約」に分類されます(民法656条)。

そのため、民法の委任に関する規定が適用されることになるため、人材紹介サービスの利用企業としては、自社に不利な規定(民法649条の事務処理費用の前払請求)の適用を排除しておくのが安全でしょう。

【条項例】
本契約の履行により受託者が負担した諸経費(交通費、宿泊費、資料費用等を含むがこれらに限られない。)については、受託者の負担とする。

また、損害賠償に関しては、求人企業の責任は報酬支払義務に限られ、損害の範囲に関して予見可能性はあるので、損害賠償の制限条項は設けないほうが良いでしょう。

人材紹介契約における重要ポイント

人材紹介契約における成功報酬の発生要件

人材紹介契約では、「⑴人材の紹介」「⑵紹介された人材の採用」を起点として成功報酬の発生がコントロールされることになります。

ここで、求人企業としては2つの場面に注意しなければなりません。

具体的には、②人材紹介業者から候補者の紹介があり、その紹介時点では採用とならなかったものの、その「後」にその人材を採用することになった場合と、①人材紹介業者からの紹介「前」に自社がその人材を知っていた場合です。

①人材紹介業者からの紹介時には採用されなかったが、その後に候補者を採用することになった場合

人材紹介による紹介がなされた後に、紹介時点採用は実現しなかったものの、その後、別のルートで照会があったり、状況の変化によって改めて連絡が再開し、同じ企業に採用されることがあります。
このような場合には、採用について最初の紹介の寄与があったと考えることが合理的な期間内であれば手数料が発生すると定められることがあります。

【条項例】
紹介者が候補者を求人企業に最初に紹介した日から12ヶ月以内に、 求人企業が紹介者の同意なく又は紹介者を介さずに候補者の採用を決定した場合にも、紹介者は求人企業に対して紹介手数料等を請求することができるものとする。

これを人材紹介業界では「オーナーシップ」と呼ばれており、半年間から1年間程度とするのが実務上一般的です。

求人企業としては、一度紹介による採用活動が中断した場合には、その後の採用活動の自由を制限されないように、オーナーシップ条項の適用場面を明確化したり、手数料発生の期間を短くするよう交渉することが重要です。

【条項例】
紹介者が候補者を求人企業に最初に紹介した日から6ヶ月以内に、 求人企業が紹介者の同意なく又は紹介者を介さずに候補者の採用を決定した場合にも、紹介者は求人企業に対して紹介手数料等を請求することができるものとする。ただし、紹介者による当該候補者の紹介以前に、求人企業が第三者から当該候補者の紹介を受けていた場合、又は当該候補者から応募の意思表示を受けていた場合にはこの限りではない。

②人材紹介業者からの紹介「前」に自社がその人材を知っていた場合

人材紹介業者からの紹介「前」にその人材を知っていることも実務上ありうるケースです。
例えば、別の人材紹介業者から既に紹介を受けていた場合や、自主応募があった場合がこれに該当します。

このような場合には、前の人材紹介のオーナーシップ条項が生きている可能性もあるため、依頼企業としては、新たな人材紹介業者の紹介によっては成功報酬は発生しないことを、契約書で明記することが重要となります。

【条項例】
第〇条 求人企業は、紹介者が求人企業に紹介した候補者を採用したときは、紹介者が実施した人材の紹介に対する対価(以下、「紹介手数料」とする)として、別途合意したのとおり紹介手数料を支払うものとする。ただし、紹介前に、求人企業が第三者から当該候補者の紹介を受け、又は候補者から求人企業への応募がなされており、直ちにこれを求人企業に通知した場合にはこの限りではない。

直接取引の禁止

紹介事業者からすると、一度候補者を紹介したのに求人企業が紹介事業者を通さずに採用してしまうと、手数料を受け取ることができません。
そのため、求人企業の求職者に対する直接連絡を禁止する条項が設定されている場合があります。

このような「直接取引の禁止」条項は有効であるとしても、求人企業としては、直接連絡の禁止を合理的な範囲にとどめることが重要です。

【条項例】
第〇条 甲は、正式に候補者の採用が決定するまで、乙を介さずに候補者と直接選考内容について、協議せず、また直接候補者と連絡をとらないこととする。ただし、最初の紹介から6か月が経過し、または、本契約が終了した場合にはこの限りではない。

返金規定

候補者が早期に退社した場合、職業紹介事業者は返金規定を設けなければなりません。

求人企業としては早期退社が発生しないような職場環境を構築することが重要です。

一方で、契約上の手当てとしては、早期退社の場合は、ある意味で人材紹介サービスの失敗でもあることから、職業紹介事業者に対して、返金規定の設定が義務付けられています。

相場では、1か月~6か月の返金で、早期退社のタイミングに応じて返金率が変動することが一般的です。

1か月未満:80~100%
1か月~3か月未満:50%前後
3か月~6か月:10~30%

依頼する求人企業としては、返金率を高く設定し、人材紹介会社にも一定の責任を負わせる契約内容とすることが考えられます。
とはいえ、人材の紹介ではきちんと面接等でスクリーニングを徹底し、採用のアンマッチングが起きないようにすることが重要ですが…。

複数の人材紹介が重なった場合の注意点

人材紹介サービスの利用において重要な点は、人材紹介契約においては、「その」職業紹介事業者との間の成功報酬の発生要件しかコントロールできない、ということです。

そのため、いくら特定の職業紹介事業者との間で成功報酬について自社に有利な取り決めをしたからと言って、別の職業紹介事業者との間で不利な取り決めをしてしまった場合には、成功報酬の二重払いのリスクが生じることに注意しなければなりません。

例えば、職業紹介事業者B社との間でオーナーシップが6か月間とした人材紹介契約を締結したとします。
しかし、B社との間で前に紹介があった場合の手数料除外の合意をしていなかったり、A社との間でオーナーシップが12か月とする人材紹介契約を締結していた場合には、A社にもB社にも成功報酬支払義務が生じてしまうリスクがあるのです。

2023年7月:当社はA社から候補者であるXさんの紹介を受ける。A社との人材紹介契約のオーナーシップ条項は最初の紹介から1年間を設定されていた。その時点では、別の有力な候補者がいたためXさんは選考落ちの判断をした。
2024年4月:当社は新たな部門を新設することになり部門長を募集した。B社からXさんを改めて紹介を受けたが、人事部門の担当者が別の者であったため、昨年、A社からXさんの紹介を受けていたことを見落とし、Xさんの選考を進め、内定となった。
2024年6月:Xさんが当社に入社した。当社はB社に対して紹介手数料を支払った。しかし、A社からもオーナーシップ期間内の採用であると主張され、Xさんの紹介手数料の支払いの請求を受けた。

契約上は、A社とのオーナーシップ期間内の採用であるため、当社にはXさんの採用について紹介手数料を支払う義務が生じます。B社に対して紹介手数料を支払った事実は、あくまで当社とB社の契約の問題であるため、A社との契約における紹介手数料支払義務の成否について影響を与えないのが原則です。

このような事態を避けるために、人材紹介契約のオーナーシップ条項については法務部として統一的な指針を定め、成功報酬の二重払いが発生しないように運用することが重要です。

そのためにも、人材紹介契約においては、オーナーシップの要件を明確にした「自社のひな形」をあらかじめ用意しておくことがベストです。

私自身、これまでは人材紹介会社から提示される異なった契約書のひな形を審査してきましたが、人材紹介という典型的な契約に関しては、自社でひな形を整備し、オーナーシップについて統一的に管理していくのがベストだという結論に至り、今では人材紹介契約書の自社ひな形を準備しています。

また、実務上は、採用管理システムを利用するなどして、同一の候補者について別々の採用サービスから紹介が重複しないようにする仕組みを構築することも、併せて重要となります。

募集情報等提供事業にも注意

これまでは、人材紹介契約を例にとって説明しましたが、もっと厄介なことが、人材紹介業以外の求人サービスにも注意しなければならないという点です。
具体的には、求職者と求人企業のマッチングをプラットフォーム上で実現する特定募集情報等提供事業(職業安定法4条7項)においては、成功報酬モデルをとっているビジネスがあります(Green、BIZREACH等)。

このようなビジネスにおいては、オーナーシップが広くとられている場合があることや、どの時点をもってオーナーシップの起点となる接点を意味するのかに注意しなければなりません(スカウト時点なのか、候補者からの返信時点なのか等)。

このように、従来の伝統的な人材紹介サービスに加えて、採用媒体は多様化していますが、法務としては、二重払いの危険が生じないように、特定の人材紹介サービスの契約だけに着目するのではなく、自社が契約している人材紹介サービスの手数料の発生要件を統一的に管理することが求められます。

まとめ

本記事を通じて、人材紹介契約における法務のチェックポイントについて詳細に解説しました。重要なのは、職業安定法の遵守、契約の性質理解、成功報酬の条件、直接取引の禁止規定、返金規定、そして複数の人材紹介が重なった場合の対処法です。これらの要素は、人材紹介契約を慎重に進める上で不可欠な知識となります。

法務担当者として、自社独自の人材紹介契約書のひな形整備は、契約プロセスの効率化とリスク管理の両面で非常に重要です。また、採用管理システムを活用することで、人材紹介サービスの重複や矛盾を避けることができます。

最後に、人材紹介契約は、単に契約書の内容を理解し、適用するだけでなく、常に変化するビジネス環境や法的要件に対応するための柔軟性を持つことが重要だと考えています。

質問やご意見があれば、コメント等をいただければと思います。


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