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交渉に表れる法務の視点と経営者の視点

当社の営業担当者が大きなミスをしてしまい、すでに販売したサービスの解約の要望に加え、損害賠償の請求を受けることになりました。具体的には、顧客が要望する機能がついていないのにサービスの機能を誤解させる説明をして、顧客に誤った期待値を与えてしまったのです。これによって、顧客はまた別のサービスを探す負担が生じることになりました。

もっとも、営業担当者のミスによって顧客には大きな迷惑をかけてしまったものの、実際の金額としては大きな損失は幸いにも生じませんでした。

法務の視点

当社の法務担当者として営業担当者の上長である営業部長からこの件の相談を受けました。

法務担当者として、損害賠償の対象となる実損は発生しておらず、本件によって得られるべきだった逸失利益もないため、解約にさえ応じれば、法的な損害賠償の議論としては大きな賠償をする義務はない、と結論付けました。ただし、迷惑を掛けたのは事実なので、和解のため解決金名義で30万円を支払うのはどうか、というアドバイスをしました。

これは、ゼロ回答は不誠実であるため顧客との和解のためを優先したことと、顧客からさらなる賠償の請求があった場合を見越して、交渉によって妥当な金額に着地することを見越した提案でもありました。

営業部長を通じて30万円を提示したところ、顧客からは今回の件で自社従業員の残業を余儀なくされたとの理由で、当社の提案に加えて残業代40万円の追加請求がありました。
しかし、実際に従業員が残業したのか、本当に顧客が40万円の人件費増加を強いられたか、という証拠の提出はありませんでした。

この経緯を受けて営業部長から再び相談を受けた私は、40万円に証拠上の根拠はないため、法的観点からは応じなければならない理由はない。

もっとも、それだと解決から遠くなること、40万円は当社の売上規模からすれば大きな金額ではないため、今回の取引で営業担当者に大きな落ち度があることから応じる方向性もありうる。
そのうえで、一案として相手の要求(70万円)と当社の提示額(30万円)のあいだを取って50万円で再打診するのはどうか、とアドバイスしました。

経営者の視点

今回の営業担当者のミスは軽微なものではなく、経営陣の中でも問題とされたことから、本件の解決策を社長にも決裁を仰ぐこととしました。

営業部長とともに上記の経緯を話し社長の方針を聞いたところ、「逆に30万円上乗せして100万円を支払おうよ。今回ミスしたけど、そうしたらウチの誠意ももっと伝わるでしょ。うまく解決すればもしかしたら新しいサービスを買ってくれるかもしれないし、お客さんを紹介してくれるかもしれない。これだけ迷惑を掛けてるんだから細かい交渉をするより、早く解決しちゃってお互いウィンウィンになろう。」と発言されたのです。

こちらが払う側の交渉で、相手の最初の提示額よりもさらに高い金額の支払いを自分から打診する、というのは弁護士のキャリアを含めても見たことがありません。

交渉においては、お互いの提示額を出し合ってお互いに譲歩しながら落としどころを見つける、というのが最も基礎的な正攻法だからです。今回の事例で言えば、相手の請求額の70万円をラインとして、どこまで支払金額を下げることができるかが法務の視点の交渉術となります。

しかし、社長は、逆に相手の請求額よりも高い金額を提示してで解決することを決めました。

これを見てさすが経営者の考えることは違うな、という印象を持ちました。
社長は経営者として、単発の交渉事案で「いかに支払金額を下げるか」という短期的な視野ではなく、自社のミスをいかにリカバリーして今後の自社の成長につなげるか、という長期的な視野で今回の解決策を判断したのです。

経営者、営業、法務のそれぞれの役割

先日、マクロの視点とミクロの視点、という記事を書きましたが、今回の社長の判断を見て自分もまだまだだな、と感じました。
もっとも、今回のような意思決定は社長の立場でなければできないのも事実です。
やはり法務は法務の役割・責任があり、法的視点に基づき仕事をするのが基本だからです。
今回の事案で営業担当者へ「もっと払おうよ」、と法務が言うのは正しいとは思えません。

それぞれの役割・責任をもって仕事に取り組む、その中で視野を広く持って様々な視点でモノゴトを見ることができれば、より良い仕事ができると感じた出来事でした。

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