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異形者達の備忘録−9

バイト先の蕎麦屋は、雨が降ると客足が減る。夜中には台風が来るらしくて、外は、まだ5時だと言うのに薄暗い、時折ザーッと降る雨が店の窓に当たり、風もすこーし出てきた。奥さんが、台風のため本日は閉店します。との張り紙を持って来て、暖簾をたたみ、10人ほどいた客に説明をした。客達は「おう!そうだよね、分かった」と急いで食事を済ませ、また明日ねと、帰って行った。片付けを済ませた頃、奥さんに、お風呂どうする?と聞かれ、「今日はパス!で」と言った。すると暖かい包みを渡された。「ハイこれ、お弁当!」エッ、中身なに?なにぃ!と言うと、店主は笑って、「カツ丼大盛り!水筒は豚汁だ」と言うので、私はジャンプして、ワーオ嬉しいー!お先にしつれいしまーす!と、2人の「ちゃんとカッパの前を閉めろよ!気をつけてな」と言う声を後ろに聞きながら、すっ飛んで帰った。

カツ丼の余韻に浸りながら、ノートパソコンを開く、画面はいつもの地図で、赤いポイントは長野県の某所だ。そして、いつも通りビューンと拡大されていくのだった。

場面は、真夜中だろうか、3人の青年が、ライト、スマホ、カメラなどを装備して、一件の廃屋に入ろうとしている。周辺には家屋は全く無くて、暗い里山に、ポツンと一件廃屋がある。寂しい風景だ。雨戸が斜めに外れた部分から、「失礼しまーす」彼らは小声で挨拶すると中へ踏み込んだ。「荷物が全て残されています」「台所にはびっしり苔が生えているようです」音声レポートをしながら進む、1人が「あれッ、なんか遠くでわらべ歌みたいなの聞こえない?」後の2人もうなづく、「押し入れが半分開いていますね」の声に、3人は押入れの前に屈み込むが、忽ち悲鳴を上げた。ヒッ!人だあー! ミイラだ−! つッ!潰れてるー! 救急車だ!イヤ警察呼べ!

騒ぎの中で、小さなブルーシートが運び出され、黄色いテープと静かに降り出した雨以外 誰も居なくなった。暗い部屋で、押し入れで沢山の布団にくるまって、震えて泣いているお婆さんが居る。

あの時は、長雨の後の山崩れで、子供達が3人犠牲になってしまった。私と夫は作業小屋にいて、命拾いしてしまった。

子供達の葬式の後、私は泣いて泣いて、上の淵へ身投げしてしまったのよ、でも夫はすぐに飛び込んで私を助けてしまったの、夫は村で一番体が大きくて、すぐに助け出されてしまった。私が泣いて、子共達のところへ行くんだと騒ぐ、びしょ濡れの私に、夫が言ったの

人は7度産まれ変わると言うけれど、その、長〜い人としての旅で、お前と出会えたことは、俺の宝だ! 子供達は可哀想だったが、俺はお前が居れば、他の事は何だって我慢できる。1日でも1時間でも俺と居てくれ、決して1人にしないから、  そう言ったから

生きて来たのに

でも、夫は嘘をついた。あっけなく、鉄砲水にまき揉まれて、逝ってしまったのよ、1人にしないって言ったのに、

夜はずっと、こうして押し入れの夫の布団に包まって泣いているの

その時、ふと 土間の戸が開き、男の子が「アッ母ちゃん居たよ」と声を上げた。続いて低い男の声が、「鈴子、鈴子、こんな所に隠れていたのか、スズやごめんな、ごめんな、さあおいて、」「うん・サトシさん」

大きな男とその半分ぐらいの小さな女性と、さらに小さな子供が3人、土間から外に消えて行った。雨は、シトシトと降り続いて

かすかに聞こえて来る わらべ歌

♪♬ コ―トロ ♪♬ コ―トロ ♪♬ どの子をコトロ― 

あーの子がほしい ♪  あーの子じゃ分からん ♬  こーの子がほしい ♪  こーの子じゃ分からん ♬ 3べん回って考えよ〜♪

地図に戻った画面を見ながら、冷めた豚汁を呑んだ。

おじさんの豚汁は冷めても 美味しい。

おしまい


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