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ラスト・ダンスその5 最終章

パピヨン

卒業式の朝、俺は父、母、妹に別れを告げた、玄関先で深く頭を下げ、カバン一つリュック一つ、振り返らずに学校へ向かった。今夜からは寮に住む。1人部屋なのは嬉しい、アルバイト探しは急務だ。物理的にボッチだから、絶対金が頼りとなる。ギッと、眉を上げるが、心中は、今でも、【大丈夫かオレ!】で一杯だ。本当は、何もかもが怖い!でも後ろの道は、自分で閉じて来たのだ。

学校では、校長・教頭・担任の先生が待っていた。校長先生が、「話を聞いて驚いたよ、君は強いなあ、ツヨシって名前通りだ、時間がなくて、これぐらいしか出来ないが、3人からの新天地出発祝い金だ。それから、お願いだ、何か困ったら必ず連絡をくれ、君は強いが年齢的にはまだ子供だ。1人で考えないでくれな、頼むぞ!と言われた。30万円も頂いて驚いたが、来月からスマホの引き落としも始まるし、初めてのバイト探しも、ちょっと余裕が持てる。有り難かった。式後すぐ駅へ向かった。夜8時前には寮に着く、人影も無い昼のホームで、1人、列車に乗った。

ドアが閉まる寸前、ダダダダダとヨシオが飛び込んできた。「お前、強化合宿じゃ無いの?」「かまわん!次の駅まで送って行く」ドカッと隣に座り、ハアハア息を切らしている。「ありがとう」と言うと「これ持って行け」と数万円が入った茶封筒を勝手にリュックを開くと仕舞い込んだ。「当面の餌代、それから、口座番号教えろ!毎月スマホ代振り込むから」「金あるから、心配すんなよ、身内でも無いのに」「親でも、兄貴でも良いよ、お前の家族だと思え」涙腺が緩んでしまった。「エッ泣くなよ、大丈夫か?大丈夫か?」「大丈夫って聞くな、大丈夫じゃ無くなっちゃうじゃないか」

ヨシオは、ごめんと小さく言いながら、勝手にリュックを探り、口座番号をメモってしまった。俺は鼻かんでばかり、背中に当てられたヨシオのデッカイ手がジワっと暖かかった。次の駅で降りたヨシオと手を振り合った。動き出した列車の後ろから「ツヨシ、行けー」と絶叫が聞こえた。

着いてみると、自由な校風、優しい寮母さん、部屋は年季が入っているが、小さな押し入れと、古い勉強机と椅子があり、風呂もトイレも共同だ。事情を知る寮母さんが、ご夫妻で寝具を運んで来た。先輩が置いて行った物で自由に使って良いという、洗ってあって新品同様だ。部屋に1人になると、畳にへたり込み、動けなくなった。やめてくれよ、数年かがりで構築した。【1人で、大丈夫という自己暗示】それが解けてしまう、大きく頭を振って、コンビニで買った握り飯を食った。 その夜、先生にお礼の手紙を書いた。

アルバイトが決まった。ホームの正面に見える雑居ビルの清掃だ。24時間営業のビルなので、シフトは自由そうだ。雇用者は、ビルの所有者で、ダンス教室とフロアを運営している上品な老夫婦だ。三階から下は完全防音のカラオケ屋になっている。シフトを一杯に入れると月に15万円にもなる。助かったあ、生きていける。

奨学金を貰っていることが、プレッシャーとなって、勉強には手を抜けなかった。俺の場合、ボンヤリしていると忽ち順位が落ちて行く、それが恐怖だった。勉強とアルバイトの日々に忙殺された。

5階のダンスフロアは、夜10になると決まって、越路吹雪の【ラストダンスは私と】という曲が流れる。すると、雇い主は、2人で踊り始める。そして決まってこの時間にヨシオから電話が来る。お互いに話す事が無くて、ほとんど安否確認だ。バックには、いつもラストダンスが流れていた。ヨシオがふざけて電話口で歌った時は、音痴っぷりに、2人で大笑いしたよ、電話を切ると階下に降りる。挨拶して、パネルを見る。空-マークの赤ボタンを押して、清掃に入り、済んだら再びボタンを押すと青ボタンになる仕組みだ。

寮生活にもやっと慣れた頃、ニュースで、オリンピックを目指しての海外合宿参加者にヨシオが選ばれたことを知った。嬉しかったが、もう面倒はかけられないと強く自覚した。忙しいヨシオの邪魔にならない様に、今回はメールを送った。(ニュース見たよ、おめでとう、俺も凄く嬉しい)速攻で返信が来た。(ありがとう、今夜長文のメール送る) そして午前1時、メール受信の音がした。なぜだか分からないが、正座して読んだ。初めに強化訓練の日程らしき表が添付されていた。一番上を見て絶句した。成田空港発14:00日付は明日だ。これでは見送りさえ無理だ。さらに文面は(急なことでゴメン、メンバーには選ばれない筈でした。練習サボって映画館でバイト三昧たっだのに、大会でうっかり勝っちゃって、今更断れないので一旦行くけど。云々)俺は発狂しそうになった。

(バカヤロウ!一生懸命練習しろ!俺に金なんか送るな! ヨシオは俺の夢なんだ。俺から夢を奪うな!俺はもう独立してるんだぞ!頼むから俺の前を全力で走っていてくれ、 ヨシオ、行けー)

朝8時(覚醒した。ラジャー!)と返事が来た。翌朝、普通に登校し、午後2時、教室で空を見上げた。ヨシオは行ってしまった。

バイト先のカラオケ屋でドアをロックし、掃除道具を投げ出して、大声で泣き喚いた。「嫌だアー!ヨシオー、行かないでくれー」ワンワン泣いた。30分泣き続け、俺も覚醒した。

俺は必死に勉強した。必要なのでノートパソコンも買った。ヨシオはアジア大会で銀を取った。メールは週末のみ、近頃では同じ映画をダウンロードして楽しんでいる。やっとヨシオが友達になった。

国立大に進路が決まった頃、ヨシオからメールで

(ツヨシ、大学はアメリカにしないか?世界は広いぞ!一緒にずっと、冒険しよう、パピヨンみたいに、俺は世界に挑戦する)

と言って来た。ヨシオの俺への気持ちは、純真な子供が可哀想な捨て犬を必死で保護するのに似ている。でも俺は違う

(パピヨンか、蝶でも俺はマダム・バタフライのイメージだよ、色んな資格取って、起業して金儲けするよ、この場所でね、お前は海を渡る蝶だね、良いよ、何処へでも行け、でもいつか帰って来て下さい。ラストダンス、お誘い待ってるぜ! ただし日本で)

俺のボッチには磨きがかかった。でも決して孤独じゃ無かった。勉強には余念がない、大学卒業して、起業して、金持ちになってやる。

その後

俺は42歳で起業した。ヨシオからのメールは月に一度ぐらいかな、もう10年も声を聞いていない、俺も、ヨシオも未だ夢の途中だ。例のダンスフロアでは今でも、終曲はラストダンスらしい、華麗に踊るお二人はもういない

おしまい

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