踊り子[小説]

動画サイトにある、「ライブカメラ」を観ながら、酒を嗜む。忙しなく続く喧騒を横目に、優雅な時を過ごす、この優越感。たまらない。お気に入りはスクランブル交差点を映しているカメラ。毎日、重い足を引きずって通っている場所だ。明日になればこの枠の中に自分がいると思うと憂鬱だが、今は違う。忙しそうに走り抜ける者から、とぼとぼと陰鬱に歩く者、彼ら彼女らの姿をつまみにゆったりとすごす。
彼女を見たのは、週末の夜の事だ。
いつものように見ていたライブカメラ映像。横断歩道を行き交う人の群れの中で、黒い服の女性が行ったり来たりをしている。いや、ただ走っているのでは無い。軽やかにスキップをしているかのように、何か優雅なリズムが聴こえてくるかのように、踊っているのだ。
目が釘付けになった。黒いスカートが広がるたびに、白い脚がのぞく。距離的に顔まではっきりとは見えないが、目鼻立ちははっきりとしているようだ。なにかのパフォーマンスなのだろうか。それにしても、通行人達は彼女に見向きもしない。もはや慣れっこなのか、あるいは見えていないのか。一瞬幽霊かなにかかと怖くなったが、自分には幽霊というよりも、妖精と捉えた方が自然だった。あんな躍動感溢れる幽霊がいるだろうか。

次の夜、その次の夜も踊り行く彼女を見ていた。
彼女はどうやら、決まった時間に1時間きっかり、横断歩道を端から端まで行ったり来たりしている。
そして、どうやら彼女は人間ではない。
人々の群れの隙間を縫うようにではなく、確実に人の身体をすり抜けている。そして1時間が経過したその瞬間に、スッと消えてしまう。
怖い、という感情は無かった。
逢いたい、とさえ思った。
もう、彼女のことしか頭に無かった。

その時間に合わせて、例の交差点に行ってみた。
彼女に逢う。ただ、そのために。
しかし、いつまで経っても横断歩道を踊る人など現れない。1時間、3時間、日にちをまたぐまでその場に居たにもかかわらず、彼女の姿を見ることは無かった。その時の落胆は、のちに身体の調子を崩す一端になったと言える。1週間、交差点に立ち尽くした。彼女は姿を見せなかった。やはり、霊感が無ければ視えない、ということなのか。カメラ越しでしか…カメラ…そうだ。ライブカメラの映像はアーカイブとしてアップロードされ続けているはずだ。
真夜中の誰もいない交差点を背に、自宅へと急いだ。

パソコンを立ち上げ、サイトを見る。あった。もしかしたら、映像には踊る彼女が映っているかもしれない。はやる気持ちが指先の震えとなる。踊る彼女を見る自分。実際には視えてはいないが、映像を通してでしか繋がらない、踊り子と観客。なんだかとてもロマンチックに思えた。

映像には彼女が映っていた。
しかし、踊ってはいなかった。
彼女は信号機の下に立っていた。
ただジッと、隣の男を見つめていた。
隣でキョロキョロと辺りを見回す、自分のことを、ジッと見つめていた。
やっぱり居たんだ。それじゃあ、なんで踊っていなかったんだ。なんで、自分のことを見ているんだ。
疑問が、不安へと変わっていく。
彼女は自分に気がついていた?いつから?まさか、自分が映像を見て、意識をした時から?
映像の中で、自分は信号機を背にして、トボトボと歩いて行った。それに彼女はぴったりとついてきている。
まさか、彼女はすでに。

思わず、辺りを見回す。
すぐ後ろに、女が居た。

黒い服、だと思っていたその色は、
血が乾いて褪せたモノだった。


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