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第4期絵本探求ゼミ②


第2回振り返り


インフィニティアカデミア2023絵本探求講座第4期、
講師は東洋大学文学部国際文化コミュニケーション学科准教授の竹内美紀先生です。
今期のゼミのテーマは「翻訳」「絵本の絵を読み解く」
第2回を振り返ります。

娘がよく「よんで」と言って持ってきた絵本に『げんきなマドレーヌ』がある。
今回のゼミの学びのテーマが翻訳絵本ということから、この絵本を声に出して何度も読んでいたことを思い出し、翻訳絵本という観点から探ってみた。

翻訳絵本『マドレーヌ』

『げんきなマドレーヌ』
ルドウィッヒ・ベーメルマンス/作・画
瀬田貞二/訳
福音館書店 1972年
原書『MADELINE』 Ludwig Bemelmans 1937年

『げんきなマドレーヌ』はルドウィッヒ・ベーメルマンスの1作目で、2作目の『マドレーヌといぬ』では1954年にコルデコット賞を受賞している。

ルドウィッヒ・ベーメルマンス(Ludwig Bemelmans 1898-1962)
アメリカの画家、作家。チロル地方で生まれる。明るく透明感のある色彩と、リズム感のある線描画は、フランスの野獣派のデュフィ―を思わせ「絵本の世界のデュフィー」ともいわれる。父親はベルギー生まれの画家でホテルを所有、母親はドイツのビール醸造業者の娘で、言語文化は、フランス語およびドイツ語であった。子どもに向けて15冊以上の著作があるが、一貫して子どもの視点から書くことにこだわり、自らあくまで「画家」であると位置づけた。
(『はじめて学ぶ英米絵本史』林宥子/編著 ミネルヴァ書房2011年 p.92)

声に出して読んで心地よさを感じるのはなぜか?

マドレーヌシリーズの冒頭は、どのお話も同じフレーズで始まる。『マドレーヌ』の絵本が好きだった娘は、私が読み始めると「つたのからんだあるふるいやしきに・・・」と私と一緒に声を合わせて声を出していた。この冒頭の文章をいっしょに唱えることが毎回嬉しそうだった。

原書の帯には、物語の中の韻で子どもたちが繰り返しを楽しむことが書かれている。
The rhymes in which the tale is told make it one that children will enjoy repeating.

『マドレーヌ』シリーズ冒頭。
(原文)
In an old house in Paris that was covered with vines
Lived twelve little girls in two straight lines.

英語の韻を踏んだ音は声に出して読んで心地よい。
“Vines” is a rhyme for “lines”

訳文(瀬田貞二/訳)
「パリの、つたの からんだ ある ふるい やしきに、
 12にんの おんなのこが、くらしていました。」

マドレーヌシリーズの絵本で注目したいことの一つに、訳があります。『マドレーヌのクリスマス』を除くヴェーメルマンスの翻訳はすべて瀬田貞二の手によるものです。原文自体、韻を踏んだ英詩であり、たいへんリズミカルにできています。訳をするに当たっても、意味が同じで調子の良い日本語を探すことは、容易ではありません。
『絵本の歴史をつくった20人』鳥越信/編 創元社1993年 p.116

訳すにあたり意味が同じでリズミカルな日本語で表現することが容易ではないと鳥越氏が述べられていたが,こんなにも日本語でも心地よく読めるのかと思った始まりの文である。子どもたちが口真似をしたくなる気持ちがよくわかる。情景にぴったり合うことばが流れるように続き、聞いても声に出しても気持ちよい文からマドレーヌのおはなしが始まる。

「わー、なにが起こるんだろう?」と期待させてくれる、うまいスタートです。・・・口に出して読んでみると、口の中が気持ちいいですよ。文章をよく見ると,ラ行の音が「りらるる」と重なっていて、偉大な翻訳家瀬戸貞二さんらしい風格がただよい始めています。元の英文もライム(韻文)で、とっても楽しいのですが、瀬田訳も「口に気持ちよい」ところは原文い引けをとりません。
『絵本翻訳教室へようこそ』灰島かり/著 研究者2021年 p.164

『げんきなマドレーヌ』の原文と訳文を読み比べ

瀬田貞二訳の特徴を探る。原文と訳を声に出して読む。
心地よさを実感する。絵本の中から一部を抜粋して記す。

p.14~
(瀬田訳)
なかで いちばん おちびさんが、マドレーヌで、
ねずみなんか こわくないし、
ふゆが すきで スキーも、スケートも、とくい、
どうぶつえんの とらにも 
へいっちゃら。

(原文)
The smallest one was Madeline.
She was not afraid of mice.
She loved winter , snow, and ice.
To the tiger in the zoo.
Madeline just said “pooh-pooh,”

マドレーヌの紹介。タイトル通り屈託のない元気なマドレーヌの様子が書かれている。
原文の英語は韻をふんでいる。声に出して読む心地よさと、訳文のテンポのよい文。
瀬田訳では、彼女は~でした、マドレーヌは~と言いました、など文がそのまま訳されるのでなく主語は省かれ次々と言葉が続くことで、リズミカルな文となっている。

p.22~
日本のものとは違う電話。壁にかかっている。
(瀬田訳)
ジー、トン、ジートン、ジージートン、
(原文)
And he dialed DAN ton-ten-six
電話をかけました、ではなく音で電話をかけていることがわかる。
オノマトペのリズミカルな訳が次の場面へつないでいる。

p.41~
真夜中にミス・クラベルが子どもたちの部屋に駆け付ける時
(瀬田訳)
いちだいじかと、しんぱいで、
はしりに はしって、
かけつけて
(原文)
And afraid of a disaster
Miss Clavel ran fast
and faster

ミス・クラベルが女の子たちの部屋に行くところ。
「はしりに はしって、かけつけて」
絵に合っていて、急いでいる様子がわかる語呂合わせのよい訳と思う。

瀬田貞二訳のマドレーヌシリーズの声に出して読んで心地よいと思う訳は、聞いている子どもにも心地よく響きストーリーの展開とともに音の楽しさも感じていると思う。
絵本を読んだ後に、子どもが遊びの途中、「いちだいじ!」と言って、あわてた素振りをしていたのを見て絵本の真似をしているのかなと思ったこともある。

こどもたちに耳慣れない言葉だとしても絵とストーリーの流れで理解できるといわれるが、家庭でそんなに使っていない言葉を子どもたちが発しているのを聞くと絵本から覚えたのかと思う。子どもの頃の語彙力の豊かさは耳から聞いたことば、お話をどれだけ聞いているかで違ってくるようにも感じる。

子どもたちは、わからない言葉がお話に出てきても、リズミカルであれば受け入れてしまうところがあります。意味から言葉に入るのではなく、音から言葉を覚えます。
ある子どもはわからない言葉に出会った時、周りの大人に意味を尋ねるかもしれません。あるいは、その時は言葉遊びだけにとどまるかもしれません。いずれにしても、子どもだから、小さすぎるからという理由だけで、やさしい言葉で書かれた絵本しか与えないというのはどうかと思います。
『絵本の歴史をつくった20人』鳥越信/著 創元社1993年

『マドレーヌ』絵の魅力

『げんきなマドレーヌ』『マドレーヌといぬ』
ルドウィッヒ・ベーメルマンス/作・画 瀬田貞二/訳
福音館書店1972年/1973年

翻訳絵本の絵では、登場人物の描写も違うが自分の身の回りの風景とは違う絵に魅力を感じることも多い。マドレーヌシリーズの絵本も異国情緒たっぷりの絵が子ども心に留まるものがあると思う。私もむかし近所にあった建物、今はない教会や洋館を思い浮かべながら翻訳絵本を開いた。
マドレーヌシリーズの絵本には、パリの有名な建物や場所が描かれている。
『げんきなマドレーヌ』表紙にエッフェル塔、見返しコンコルド広場、p.8 オペラ座、p.12ノートルダム寺院、p13リュクセンブール公園、など。『マドレーヌといぬ』p.30サクレ・クール寺院の見えるモンマルトルの通り、p.31レ・アル パリの中央市場、見返しボン・デ・ザール(芸術橋)、セーヌ川など。

異国を思わせる絵に、瀬田貞二訳でテンポのよいリズム感あることばが続いて読める楽しさは、絵本の醍醐味だと思う。娘が大きくなって、映像でパリの街を観た時に「マドレーヌみたい」といったことがある。お話に出てきた風景が思い出された時だ。時代を遡り、訳者の方により、海外の絵本が日本の子どもたちに届けられ今も読み継がれていることは素晴らしいことだ。こんな絵本を日本の子どもたちに読んでもらいたいという願いを込めて訳された思いも感じる。

子どもたちに絵本を届けるために

ミッキー先生の著書より
子どもは本を読むことによって、心と言葉をそだてる。子ども時代にどんな絵本に出会うかはその子の生涯に大きな影響を与える。しかも、ほとんどの子どもは外国語を読めないので、母国で聞き、母国で読む。ゆえに、子どもの本において翻訳は極めて重要なのである。
『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』「声に訳す」文体の秘密 竹内美紀/著 ミネルヴァ書房2014年 

子どもたちにどんな絵本を届けるか、大人の役目である。
翻訳絵本をみていくと、ことばと絵があってこそ面白みが増し興味が持てることを実感している。

絵本の翻訳に関しては、「絵」のみでなく、「文字そのもの」もデザインの一部である。
絵本は絵と文章によって展開し、情報を伝達するもの。
原書の出版された国やその言語の持つ文化、あるいは絵本の場合、絵の様式や表現法、印刷技術についての知識なども関係する。
動植物や地名をどう訳すか、外国語の擬声語、擬態語などを日本語ではどう訳すか、方言で語られていたら日本語ではどう訳すべきか、「だじゃれ」はどう置き換えるかなど。
『ベーシック絵本入門』(コラム4絵本と翻訳―翻訳の現場から)藤本朝巳 ミネルヴァ書房2013年

翻訳絵本の中で、絵と文を見ていくことで、絵に合うことば、わかる訳、リズム、テンポを感じる絵本をさらに探っていきたい。ミッキーゼミ1回目から利用している『ベーシック絵本入門』から藤本朝巳氏の翻訳絵本について書かれたコラムから抜粋引用させていただき、このことも念頭に置きながら翻訳絵本をさらに見ていきたいと思った。

 参考文献


『はじめて学ぶ英米絵本史』林宥子/編著 ミネルヴァ書房2011年
『絵本の歴史をつくった20人』鳥越信/編 創元社1993年
『絵本翻訳教室へようこそ』灰島かり/著 研究者2021年
『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』「声に訳す」文体の秘密
  竹内美紀/著 ミネルヴァ書房2014年 
『ベーシック絵本入門』生田美秋 石井光恵 藤本朝巳/編著
  ミネルヴァ書房2013年



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