見出し画像

京町家との格闘をお話ししてみなさんと一緒に考えます

その14 町家をつくり守ってきた職人の技-4・畳―⑰


畳について
〝畳の上で死ぬ〟は死語になってしまうのでしょうか。
古代は筵(むしろ)や茣蓙(ござ)のようにたためるものを「たたみ」といっていました。奈良時代は大陸に伍するために唐の文化を取り入れた時代です。貴族は椅子式生活も取り入れ、床几のような台の上に「たたみ」(茣蓙を何枚か重ねて端を縫い合わせたもの)を敷いてベッドにしていました。しかし、塼(瓦タイル)の床は、冬は底冷えし、梅雨時は結露でびしょびしょになり、不都合なため高床式の生活に切り替わっていきます。民はというと土間に藁を敷いて筵で覆うような床です。貧しそうですが、藁は保温性が高く吸湿性もあり過ごしやすかったと思います。その茣蓙の肌触りと藁の保温性が一体となったのが、たためない畳です。建材のほとんどが外来のなかでごく少ない日本独自の発明で、日本の気候風土が生み出したものです。
平安時代の畳は高床の板敷に敷く高貴な方のもので、その上に茵(しとね)を敷いて座ったり、畳に寝たりしました。鎌倉になると人の座る部屋のぐるりに敷く「追いまわし敷き」に、室町時代の書院造では全面に敷き詰めるようになりました。数寄屋の発達で小間にも敷くようになり、庶民の町家に畳が敷かれるようになるのは江戸時代中期以降です。それまで土間と板間で暮らしていたものには夢のようなありがたい床材だったはずです。板間に筵を敷いていた農家も明治以降には畳敷きに変わります―もっとも寝間は最近まで納戸の入り口の敷居框(ちょんだ・帳台)を高くして藁を敷き詰め筵を敷くままでしたが―。
明治以降の近代化(国際化)のなかで、衛生思想が唱えられ、大正以降の都会の新築住宅では台所の板間が現れ、戦前から戦後にかけては食寝分離が叫ばれましたが、住宅公団の開発した51C型(1951年)のDKは板間でも他の3室は畳敷きでした。1965年以降の高度成長期には「寝々分離」で幼少期はダブルベッドで川の字、思春期頃から子供部屋でベッドが増えてきました―奈良時代の轍を踏んでいるようにも思えます―。もっとも広範な庶民は町家であれ、新築住宅であれ戦後も床は畳が当たり前でした。それが本家の畳から離れて、板だたみ、石畳という呼び方が生まれます。冒頭にあげた言葉は〝当たり前に死ぬ〟という意味です。
現在新築マンションや新築住宅では畳の部屋がないのが一般的になっていますが、それでも捨てがたいのかLDKの一角に小上りや畳敷きを設けたりしている事例もあります―鎌倉時代のように―。畳の需要低下とコストパフォーマンスの追求により、素材の8割が中国製です。備後表は手に入らず、床(とこ)の藁もコンバインで粉砕して田に戻すため手に入りにくく、床(とこ)製作のために床藁用の稲栽培を農家に委託しているところもあると聞きます。床をスタイロフォームやハードボードにしたものや樹脂製の表(おもて)も作られていますが、吸湿性が低く通気性がなく、かつ用済みの床や表を畑や田に戻すこともできません。
畳は日本の大地が育んだ自然素材を日本の気候風土に適した形に加工した、四季を通して快適に過ごせる最良の床材であり、かつ大地に戻せるサスティナブルな材料です。それを先人から受け取った私たちはちゃんと理解して、次代に引き継ぐようにしなければいけないと思います。〝畳の上で生まれ〟、〝畳の上で死ぬ〟ことが当たり前のように、仕合せな一生を過ごせたのは私たちが最後の世代であった、と後々いわれないようにしたいと思います。

畳の製造工程

特 徴
1. 仕上り(完成品)と材料
・畳、薄縁、床畳、上敷き、花茣蓙
・部位別:畳表、縁(へり)、畳床(たたみどこ)、畳裏、糸
 
2. 特 性
 靴を脱ぎ、床に座ることを基本とする生活様式から生まれた日本固有の床材。藺草(いぐさ)の畳表は直接手で触れ、足で踏むのに心地よく、藁の畳床(たたみどこ)は素足で歩き、座るために適度な硬さと柔らかさを併せもつ。藺草と藁を組み合わせることで、寒暖と乾湿の激しい日本の気候風土の中で快適に過ごすための工夫が凝らされている。高温多湿の夏季は畳表が汗や湿度を吸収、透過し、通風が確保された床下に放出する。夏季は籐筵(とむしろ)などを敷くことで体感温度を下げてさらに快適になる。冬季は床下からの寒気を防ぎ、乾燥しがちな室内の湿度を補う。また緞通(だんつう)などを重ねて利用すればさらに温もりが得られる。畳表は長期の使用で傷や汚れが付くが、裏返しにより再利用ができ、さらに傷めば畳表のみを交換可能で、畳床(たたみどこ)は50年以上(手入れをすれば半永久的)の使用が可能。また畳寸法は京町家の基本モジュールで、別の部屋や別の建物にも再利用が可能。

あゆみ
 「たたみ」とは古代には「折り返してたたむ」の意から敷物すべてを指していたとされている。現在のような畳は平安時代に作られ、絵巻物でみることができる。当時は貴重なもので、貴族の邸宅や社寺で、人が座るところだけに敷かれていた。その後、鎌倉時代頃から部屋の周囲に敷かれるようになり、部屋一杯に敷き詰めるようになるのは安土桃山時代以降のこととされ、一般庶民に普及するのは江戸時代中頃以降。畳は、元は高貴な人々のものであり、一般に普及しても身分によって使用できる畳縁に厳格な規制があった。その頂点にあったのが、天皇の玉座と神仏の前におく繧繝縁(うんげんべり)。

畳製造の主な道具

作り方と道具―畳つくりの工程毎に使う道具
1.框板を作る(赤杉の板を割って作る)
・三又錐:頭板に麻糸を通す穴を開ける
・鉋、鋸:一般的な道具。

2.畳床を作る(専門職がつくる)
・間棹:畳床の長さを測る
・幅差:畳表の幅を測る
・小差:縁の幅を測る
・大包丁(おおぼうちょう):床の框を寸法にあわせて切断する。
 包丁は大きさにより5~6種類ある。関東は押し切り、関西は引き切り

3.畳表を張る
・小包丁:畳表の寸法直しをする
・小定規:小包丁に添えて切断位置を定める
・待針:畳床を反らして表を張り、上前、下前とも寸法通りに落とす
4.縁(へり)を縫いつける
・縁引き:表にあわせて縁を止める
・刺針:糸で縁を床に縫いつける
  針の種類
   差し針:4寸5分程(13.6センチ)畳と縁を縫う
   返し針:4寸8分程(14.5センチ)畳と縁を縫う
   上敷き針:3寸8分程(11.3センチ)他の針より細い床の間の薄縁を  
        作る時に使う。
・手当て:針を刺すときに手のひらに当てて針を押す。
・締め鉤:縫い目をよく締める
・大包丁:表にあわせて畳床を落とす
・コザル:縁の下に入れる紙(縁下紙)に筋目をつける
     縁下紙と縁を折り返して隅をつくる
・縫針:化粧藁を入れ框、隅と共に縫い込む

5.仕 上
・締め鉤:糸を引いて床を締める。
・分当たり:厚みを測る。素材は黒檀。
・横鎚、木鎚:畳床を締めたり、畳表や縁を馴染ませるときに使う
・敷き込みは畳の下に防虫紙を敷き、ホコリ止めを兼ねる(特に2階床)
・畳の上に上敷きを敷く場合はその下に渋紙を敷く

畳の寸法
・京間:6尺3寸×3尺1寸5分(京都一円)
    厚さ1.6~1.7寸(48mm~52mm)、現在は1.8寸位(55~60mm)本 
    間、六三間ともよばれる
・大津間:6尺×3尺畳寸法基準
・中京間(ちゅうきょうま):6尺×3尺、柱芯寸法基準、畳の形が一定しない 
 (名古屋の周辺)相の間、三六間ともよばれる
・関東間:5尺8寸×2尺9寸、柱芯寸法基準、畳の形が一定しない、江戸 
 間、東京間、五八間とも呼ばれる
・薄畳:厚み15mm、20mm,25mm,30mm、床は化学床となる。本藁床と
 する場合は、1寸2分(36㎜)以上の厚みが必要

畳床の断面構成

材 料
1.床(とこ)(畳床(たたみどこ))
  藁の束を捻り、平らに並べて縦横に重ね合わせ、圧縮して縫い合わせ 
 る。重ね合わせる層は最低3段(3段配(はえ))。4段配、5段配(6段
 配)があり、多いほど良質で、長持ちする。手縫い畳床は半永久的に使え
 る。藁は 太くて長くて腰のあるものが良い。胴菰(どうごも:藁を束  
 ねて編んだもの)が入っていれば畳がへたっても締め直しがきき、長持ち
 する。
  現代の畳床は藁束を30~40センチほど重ね、2寸弱に機械で圧縮し
 て作る。能率的で、安価であるが、締め直しがききにくい。
  昔の稲は長稈(茎の長さが長い)の品種が多く生産されていたが、近年
 は強風に耐えるように品種改良された短稈(茎の長さの短い)品種が多
 く、畳床にもちいるには好ましくない。餅藁は長いが、腰がなく床になら
 ない。
 
2.表(おもて)または畳表(たたみおもて)
  表は、藺草を緯糸(よこいと)に、糸を経糸(たていと)に織ったもの
 である。経糸は麻糸または綿糸で、2本か4本を単位とする。い草は密度
 が高いほど良いが、あまり強く締め過ぎると切れてしまう。い草に力や粘
 りがないと早く擦りきれる。また、乾燥しすぎるとはやく擦れる。い草は
 染土(淡路島産)で染めて色をつける。
・表の種類 
 
引通表:1本の藺草を畳表の幅いっぱいに通す。一般的な表で、縦糸2 
     本、または4本いれる諸目表(もろめおもて)が多い。
 中継ぎ表:最も高級なもの。2本の若い藺草を中央でつなぐ。太さが均一  
      で光沢がある。裏側中央に藺草の継ぎ目が出る。手織りのた 
      め、いまでは織り手がほぼいなくなっている。
・表の産地
  藺草の産地は備前(岡山)、備後(広島)のみだった。その後九州で生 
 産されるようになり、現在は中国産が多い。備前、備後は品質が良いとさ 
 れた。
  琉球畳は表に「七島藺草(しっとういぐさ)」、「三角藺」を素材とす
 る。3角形の断面の藺草を半分に割って使う。他の藺草より強く、縁なし
 畳として使う。元々は琉球産。その後、大分県の国東半島で生産されるよ
 うになったが、最近は中国産が増えている。
  新たな表として紙の表があり、和紙をこよりにして藺草の代わりに織
 る。床暖房の畳に使われる。また、塩ビシート、ナイロンの表もあり、柔
 道場に使われ安価で丈夫であるが、滑りやすく、やけどしやすい。

3.その他の材料
・糸
 麻糸:長さ6尺程の切糸を使う。縁は麻糸で縫うと長持ちする。信州から
    取り寄せた麻糸に菜種油をつけて手でほぐして使っていた。長年使 
    っても緩まない。昔は強かったが、近年の麻は製法が変わって弱く
    なっている。
 ビニロン:湿度、カビ、虫害などに強い。強度、耐久性が高い。現在は多 
      く使われている。 
 ポリプロピレン(ビニロン):連続糸。寒さに弱い。
・縁下紙(へりしたがみ):古い台帳を使っていた。今は裏の黒い専用厚紙を 
 使う。
・畳裏(たたみうら)
 菰:藁を束ねて編んだもの。関西で好まれる。
 棕櫚:関東で好まれる。
 ビニール:材料の座りが良く、ゴミが落ちず、畳裏から腐りにくい。湿気
      を通しにくい。
 丹波裏:い草を荒く織ったもので高級品。


余話―畳と襖は同じ値段
 畳は一見しただけでは違いがわかりにくいが、表、床などに様々なグレードがある。グレードの高いものは材料が吟味され、つくるのに相応の手間がかけられ、時間がたつにつれて良さが感じられる。畳のグレードを選ぶ基準として、襖と同じ値段の畳とするとよいといわれてきた。2万円の襖を使う家には2万円の畳を、20万円の襖を使う場合は20万円の畳が似つかわしいということになる。


畳のあれこれ
1.畳の補修
 畳表は汚れや傷みが目立ったら裏返して再利用し、それでも傷んだら表替えができる。目安として、5年で裏返し、さらに5年で表替え、計10年。
 縁の端が下がるなど、畳がへたった場合は茣蓙をかまして補修する。框板を入れておくと長持ちする。框板があることで、角を立てることができ、寸法が正確にとれる。框板は杉板でつくるとよいが、框紙(厚紙)を使うこともある。赤杉の目の通った物が最良。

2.畳の敷き方
 床の間の前の畳は床の間と並行に敷くことが多い。床の間がない部屋は、畳の長手を出入り口に並行に敷く。足すべりが良く、畳が傷みにくい。
 茶室では、8畳、10畳でも4畳半を基本に考える。6畳、8畳では点前の都合で、床差しで敷くこともある。流派などで違いがある。
 炉切畳は1尺4寸角で炉を切る。炉の廻りは縁を少しだけ高めにし、畳の目の勘定に気を配る。備後表は目をあわせやすい。

3.畳の寸法調整
 部屋に歪みがあることを、シミズが掛かるという。畳を部屋の歪みに合わせる方法に2種類ある。
掛シミズ:壁と並行して畳を平均して歪ませて部屋の歪みに合わせる。
地シミズ:畳は直角を基本とし、壁に接する部分だけを歪ませて部屋の歪みに合わせる。

4.畳の手入れ
 畳は年に1度は上げてホコリを払うことが望ましい。立てかけて風を通すだけで乾燥する。
日常の掃除は箒で掃いて雑巾で乾拭きするだけで十分。ホコリや汚れが気になれば硬く絞った雑巾で拭く。
 畳下の板は、踊らないようにする。むく板の場合は合釘止め。本実でもよい。

5.畳の防災性能
 畳は消し忘れたタバコの吸い殻や付けっぱなしのアイロンなどの熱で焦げることはあるが、燃え上がることはない。また、藁や藺草の畳は燃えても有毒ガスを発生することはない。2階に敷くと、1階が火事になっても燃えぬけない。

伝えたいこと
1.畳表の藺草の手触りと藁の床の腰の強い柔らかさを併せ持つ畳は、靴を 
  脱いで生活する日本の木造家屋の床として欠かせない素材です。高温多
  湿の夏季、梅雨の季節、底冷えする冬季など、気候の変化のおおきな日
  本では、他に代え難い特性をもった床材です。
2.畳の床は、畳を上げ、下地板をあげることで容易に床下が点検できま
  す。湿気の多い環境のなかで木造家屋を維持するために、日常的な点検
  は必須であり、そのためにも畳の床が必要とされます。
3.畳敷きの和室は茶道、華道、着物の着付けなど、日本の伝統文化になく
  てはならないものです。
 
語り手:東奥 宏幸(畳)、荒木 正亘(大工)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?