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複雑なアロマを醸し出すシャトー・オー・ブリオン

「メドック第1級の5大シャトーを巡るストーリー」のシリーズがついにクライマックスを迎えます。過去の記事でお届けしたシャトー・ムートン・ロートシルト、シャトー・マルゴー、シャトー・ラフィット・ロートシルト、シャトー・ラトゥールといった名門たちは、それぞれ独自の哲学と歴史、そして「これぞグラン・ヴァン」と称される絶品ワインで我々を魅了してきました。果たして、皆さんはそれぞれのシャトーが持つ独特の特色と魅力を感じることができましたでしょうか?

そして今回、この壮大なストーリーを締めくくるシャトーは、ボルドーを代表する最古のワイン生産地域、ペサック・レオニャンに位置する「シャトー・オー・ブリオン」です。シャトー・オー・ブリオンはメドック以外の地域に位置する唯一の第1級シャトーであり、その格式と歴史は他に類を見ません。

この記事では、このシャトー・オー・ブリオンが持つ深遠な歴史、高い品質基準、そしてそのユニークな哲学について深く掘り下げていきます。

シャトー・オー・ブリオンは、1533年にジャン・ド・ボンタックが貴族の館を購入してシャトーを建設したことで、その歴史が始まりました。そして、17世紀にイギリスで居酒屋を開くという先見の明を持って、ボルドー以外の地でもプロモーションを行いました。このようなビジョンにより、シャトー・オー・ブリオンはボルドー産ワインが海外で高く評価される礎を築きました。

1787年にはアメリカの建国父であり、フランス大使を務めたトーマス・ジェファーソンが訪問。彼の日記にはオー・ブリオンの土壌の詳細な観察が記録されています。その土壌は砂地で、砂利や細かい石が多く含まれ、他のメドック地区のようなロームはほとんど見当たらないと述べられています。これはオー・ブリオンのユニークなテロワールを如実に表していると言えるでしょう。

また、1855年に行われた有名なワインの格付けでも、このシャトーは特異な存在として認められました。メドック地区からは多くのワインが第1級に格付けされましたが、オー・ブリオンはその外の地区、グラーヴ地区に位置しているにも関わらず、その格付けからは外すことができないと評されました。ボルドー商工会議所は、この時点で赤ワインはメドックだけ、白ワインはソーテルヌだけに絞る方針を取っていましたが、シャトー・オー・ブリオンはその例外とされました。

このように、シャトー・オー・ブリオンはその歴史、品質、そして多くの例外的な特性で、ボルドー、いえ、世界のワイン産業に多大な影響を与えてきました。その存在は一時代を築き、数多くのワイン愛好者や専門家を惹きつけて止まないのです。

1935年、大恐慌の余波がまだ残る厳しい時代に、ニューヨークの銀行家クラレンス・ディロン氏がシャトー・オー・ブリオンを買収しました。この買収はオー・ブリオンの新たな章の幕開けとなり、以後、ディロン家がシャトーの歴史に大きな足跡を残すこととなります。

1967年には孫娘のジョアン・ディロンさんがルクセンブルグのシャルル大公と結婚。1975年からはシャトーの運営を引き継ぎ、新たな風を吹き込みました。彼女はシャルル大公の死後、ムシー侯爵と再婚し、その後息子のロベール殿下が2008年から経営を引き継ぎ、新たな方向性を模索しています。

そして、シャトー・オー・ブリオンの対岸に存在する「ラ・ミッション・オー・ブリオン」は長らくライバル関係にありました。しかし、1983年に「ドメーヌ・クラレンス・ディロン」が「ラ・トゥール・オー・ブリオン」と「ラヴィル・オー・ブリオン」を次々と買収。これにより、一体的な経営体制が整い、それぞれのシャトーが持つ独自性や歴史を尊重しつつ、共に高品質なワインを生産する方針を確立しました。

このような動きは、シャトー・オー・ブリオンがただ過去の栄光にとどまらず、未来に向けて進化し続ける姿勢を如実に示しています。経営陣の賢明な判断と戦略により、シャトー・オー・ブリオンは21世紀も変わらぬ品質と格式を保ちつつ、新たな歴史を築いているのです。

オー・ブリオンの地理的な特性は、そのワインにも大きな影響を与えています。ボルドー市街から約5キロという近距離に位置しており、周囲に大学や住宅街が点在しています。このことからも、オー・ブリオンがどれだけ地域社会に根ざしているかが分かります。また、気温がメドック地区よりも高いため、ブドウは早熟し、収穫が早くなるという特性があります。

畑の構成も非常に興味深いです。総面積48ヘクタールのうち、メルローが48.7%、カベルネ・ソーヴィニヨンが39.6%、カベルネ・フランが1%という比率で植えられています。さらに2.9ヘクタールの畑では、白ワイン「シャトー・オー・ブリオン・ブラン」向けにセミヨンとソーヴィニヨン・ブランがほぼ半々の比率で栽培されています。

白ワインの生産量は年間でわずか600ケースにすぎませんが、その限られた生産量が逆に希少価値を高めています。事実、オー・ブリオン・ブランはボルドーで最も高値で取引される辛口ワインとして知られています。


オー・ブリオンのテロワール

このように、シャトー・オー・ブリオンは、その地理的、気候的特性、そして独自の畑の構成から生まれるユニークなワインで多くの人々を魅了しています。それは単なる高級ワインである以上の、深い歴史と文化、そして地域社会との繋がりを感じさせる一品といえるでしょう。

オー・ブリオンのテロワール(土壌と気候がワインに与える影響)は独特で、その多層性が高品質なワインを生み出す秘密です。表土は18メートルもの深さにわたって砂利が広がり、その下層には粘土層があり、その中にも砂や石英が混じっています。この複雑な土壌構成は、根系に適した環境を提供し、ブドウにバランスの良い養分と水分を供給します。

高度の差もまた、オー・ブリオンの特性に影響を与えています。一番標高の高い圃場は27メートルであり、その高さと植樹密度(ヘクタール当たり約1万本)は、ブドウに適した微気候を形成します。対照的に、道を隔てたラ・ミッションは平坦な圃場となっており、これが二つのシャトーのワインに異なる個性をもたらしています。

また、オー・ブリオンは早くから先進的な取り組みを実施しています。特に、1961年から醸造責任者となったジャン・ベルナール・デルマス氏は、公的機関と連携し、クローンの研究に情熱を傾けています。このような科学的なアプローチと伝統的なノウハウの組み合わせが、オー・ブリオンを世界屈指のワインブランドに押し上げています。

このように、シャトー・オー・ブリオンはその地理的、土壌的特性からくる多面的な影響を巧妙に活かし、一貫して高品質なワインを提供しています。それはただの飲み物ではなく、その土地の歴史、気候、そして人々の知恵と努力が結晶化したアート作品とも言えるでしょう。

シャトー・オー・ブリオンは、醸造技術の革新においてもリーダーシップを発揮しています。特に、ステンレス製の発酵タンクの導入は、ワイン業界に革命をもたらしました。これは、シャトーがエミール・ペノー教授と共同で開発したもので、温度管理装置付きの2層構造ステンレスタンクが1961年に導入されました。

このタンクの特性は、木製の発酵樽が持つ温度変動の問題を解消し、発酵過程をより細かく制御できる点にあります。この革新によって、オー・ブリオンは更に一歩進んだ品質のワインを生産できるようになりました。

この先駆的な取り組みは、他の多くのボルドーのシャトーに影響を与え、ステンレス製の発酵タンクが広く導入されるきっかけとなりました。オー・ブリオンはこのようにして、業界全体の基準を高めるフラッグシップ的存在となっています。

さらに、2003年には次世代がその役割を継承。息子のジャン・フィリップ氏が醸造責任者となり、家族の伝統と革新を引き継いでいます。新しい世代がリーダーシップを取ることで、シャトー・オー・ブリオンは持続的な品質と革新において新たな篇を刻んでいるのです。

シャトー・オー・ブリオンはその名に恥じない素晴らしいワインを創造し続けていますが、その成功の裏には三世代に渡る家族経営があります。家族が長い期間にわたって経営を手がけることで、ノウハウや理念が継承され、品質の一貫性と安定感が生まれるのです。この稀有なケースは、単に運営手法として家族が involved でいるだけではなく、それが業界におけるリーダーシップと革新、そして卓越した品質を保つための核心的な要素であると言えるでしょう。

このようにシャトー・オー・ブリオンは、単なるワイン生産者としてではなく、家族が築き上げた価値観と伝統を大切にしながらも革新を重ねる企業として、多くの人々に感銘を与えています。その結果、世界中のワイン愛好者や業界関係者から高い評価を受けており、その名誉と品質は揺るぎないものとなっています。

まとめとして、シャトー・オー・ブリオンは、三世代にわたる家族経営が生み出す品質と安定感で、ワイン界における真のフラッグシップと言えるでしょう。その歴史と実績は、単なるビジネスモデルを超え、まさに芸術と科学が交錯する舞台となっています。

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