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【現代小説】金曜日の息子へ|第18話 チノヒルズ

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そして、俺はその瞬間、彼女と共にスペインのシベリアを訪れる幻想に浸った。想像の中で、ジュリアと一緒にモリナ・デ・アラゴンの厳しい冬を体験し、その地の素朴な美を味わいたいと考えた。そこでしか感じられない寒さ、それが俺たちを強く結びつける糸になるだろう。

「俺たちが訪れたら、きっと美しいだろうね。」と、俺は心の中で呟いた。

その後、数週間後のある暖かな日に、ジュリアと一緒にコーヒーショップで過ごしていると、彼女が何かを打ち明けてくれるような雰囲気になった。

「実は、一時的にスペインへ帰国することになったの。」と、彼女は控えめに言った。

俺はその瞬間、心の中で何かが砕け散る音を聞いたような気がした。しかし、その後に続く彼女の言葉に、新たな希望が湧いた。

「だけど、もし君が良かったら、一緒に行かない?」と、彼女は微笑みながら提案した。

俺はしばらく答えを考えた。それは単なる冒険ではなく、彼女と共に未知の世界へ足を踏み入れることの重さを理解していたからだ。そして、俺は頷いた。

「行こう、スペインのシベリアへ。」

そうして、俺たちは新たな旅に出る準備を始めた。それはただの観光旅行以上のもの、互いに理解し、愛し合うための重要な一歩だった。アパラチア山脈の夢は、いつか現実になるかもしれない。でもその前に、俺たちはスペインのシベリアで、新たな物語を紡ぐのだ。

彼女が小さなロッジで炎を囲みながら過ごす冬の夜に、俺たちがどんな話をするのか、その時が来るまでわからない。しかし、それがどんな話であれ、俺は確信している。それは、俺たちがこれまでに築いてきた関係、そしてこれから築く未来に対する、不変の愛と理解に満ちた話になるだろう。そう信じて、俺はこの新しい冒険に胸を躍らせたのだ。

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しばらくしてお互いに無事、大学を卒業し、俺たちは結婚することにした。多くの人々が急いでいると感じていたかもしれないが、俺たちは自分たちのペースで進んでいた。そして、俺の新しい仕事が待っているカリフォルニアのチノヒルズへと移住する日が来た。

飛行機から見下ろすアメリカ大陸は広大で、その一部に俺たちの新しい生活が始まる場所があると考えると、興奮と不安で胸がいっぱいだった。

「怖い?」ジュリアが俺の手を握りながら尋ねた。

「いや、君がいるから大丈夫だよ」と、俺は微笑んで答えた。

チノヒルズに着いて最初の数週間は、新しい生活に慣れるために忙しかった。家具を選び、近くのスーパーマーケットで買い物をするような日常的なことでも、新しい環境では全てが新鮮で、時には困難に感じた。

しかし、ジュリアがそばにいることで、その全てが乗り越えられるような気がした。彼女は新しいレシピを試したり、周囲の自然を探索したりして、少しずつ新しい生活に馴染んでいった。

ある日、仕事から帰ると、ジュリアが何かを考え込んでいるようだった。

「どうしたんだ?」と俺は尋ねた。

「ちょっと考え事をしていたの。私たちもここで新しい土地での冒険を始めたわけだから、アパラチア山脈に行く前に、ここ、チノヒルズで何か特別なことをしようよ」と彼女は言った。

その言葉を聞いて、俺は考えた。確かに、新しい土地での冒険は、遠くに行かなくても始められる。

「いい考えだね。何から始めよう?」と俺は言った。

「まずは、この週末に近くのトレイルを散策しよう。そして、次は地元のフェスティバルやイベントに参加する。少しずつこの場所を、私たちの新しいホームにしていこう」と、ジュリアは瞳を輝かせて答えた。

そして、俺たちはそうした。新しい場所で新しい生活を始めるという冒険は、思いの外、シンプルな日常の中にも広がっていた。遠くへ行く前に、まずは足元の地を固める。それが俺たちの新しい冒険の第一歩だった。

いつか二人の合言葉のようになったアパラチア山脈への訪問も、それらは未来のいつか訪れる場所。だが、今はチノヒルズが俺たちの全てであり、そしてそれで十分だった。俺たちはこの新しい地で、お互いを更に深く知り、愛し合う日々を送っていた。そして何より、どこにいても、ジュリアが隣にいれば、それが俺たちのホームだと感じたのだ。

何者でもない俺たちが暮らすチノヒルズ。多くの人々にとっては、この町はロサンゼルスから離れた場所にある一角かもしれない。しかし、俺たちにとっては、新しい冒険と夢の舞台だ。

「見て、あそこに公園があるよ」とジュリアが指さした方向には、広がる緑と遊歩道が見えた。チノヒルズ州立公園は、自然愛好者にとっては楽園のような場所。広大な土地にはハイキングトレイルが網羅されており、多様な植物と野生動物が生息している。

「週末にはここでピクニックでもしようか」とジュリアは提案した。そのとき、俺の心の中で一つの絵が浮かんだ。それはジュリアが手際よく作るワカモレソースと、香ばしく焼き上げられたポーク、それを柔らかいトルティーヤで挟んでいる光景だ。

ジュリアのワカモレソースは本当に絶品で、新鮮なアボカド、玉ねぎ、トマト、そしてちょっぴりのライム汁と塩で作られる。彼女がモルカヘテ(石製のすり鉢)で具材を丁寧に混ぜ合わせるその手つきは、まるで魔法をかけるよう。そしてそのワカモレソースをトルティーヤに乗せ、炭火でしっかりと焼き上げたポークと合わせるのだ。その風味豊かなポークは、事前にジュリア特製のマリネードに一晩漬け込んであり、その味は控えめに言って“天国”。

「わかった、ピクニックやろう。でもそのときは、君のワカモレを絶対に作ってよ。あれはもう、俺たちのピクニックの必需品だからね」と俺は言った。

ジュリアは笑って「もちろんよ。そしてビールも忘れずにね。そのワカモレとポークの組み合わせには、冷えたビールが一番合うわ」と応えた。

想像しただけでお腹が空いてきた。広がる緑の中で、ジュリアの手作り料理を味わい、冷えたビールで乾杯する。そう考えるだけで、日常の疲れやストレスが吹き飛んでいくようだった。

「それじゃあ、週末の準備を始めようか。ワカモレの材料も買わなくちゃ」とジュリアは言った。

「うん、それとビールもね。地元のクラフトビールを何本か買ってくるよ」と俺は追加した。

この週末が待ち遠しくて仕方がない。そんなわけで、我々が住んでいるチノヒルズでの新しい冒険が待ち受けている。この町は南カリフォルニアに位置しており、アンジェレスとサンバーナーディーノ、オレンジ郡という三つの大きなエリアに近接している。自然が豊かでありながら、ビジネスエリアにもそれほど遠くないという、まさにバランスの取れた場所だ。

ビジネスに適しているかと言えば、周囲には多くの企業が点在しており、また都市部へのアクセスも良好であるため、多くのビジネスマンや専門家が住んでいる。けれども、その一方で静かな住宅街も広がっているので、家族連れにも非常に人気がある。

ここに住む人々は多様で、さまざまな文化背景を持つ人たちが集まっている。若い専門家から、リタイアした年配者、そして家庭を築き上げている人々まで、年齢層も幅広い。多くの公園や自然保護区が近くにあるため、アウトドア活動が好きな人たちにも適している。

大型スーパーマーケットやレストラン、カフェが点在し、それでいて数分車を走らせれば、美しい山々と静寂が広がる。新しい仕事も始まり、生活のリズムが少しずつ形成されていく中で、この街が俺たちに与えてくれる安心感と興奮が、何物にも代えがたいものとなっていた。

新しい生活の中で、こうして小さな幸せを見つけていく。それが、俺たちのチノヒルズでの新しい冒険の一部だった。広がる緑の中で、ジュリアの手作り料理を味わい、冷えたビールで乾杯する。そう考えるだけで、日常の疲れやストレスが吹き飛んでいくようだった。。

「君と一緒に、この町をもっと探索していきたいな」と俺は言った。

ジュリアの目が輝いて、微笑みを浮かべた。「私も、私たちの新しいホームで色々な思い出を作りたい。」

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