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初のオーガニック認証を受けたシャトー・ラトゥール

前回は「歴史に裏付けられた進化するグラン・ヴァン『シャトー・ラフィット・ロートシルト』」と題して、ボルドーのフィネスとエレガンスの象徴であるワインを紹介させていただきました。

今回、ご紹介したいシャトーは14世紀から時を刻み続けるフランス、ボイヤックの土地で名を馳せるシャトー・ラトゥール。その歴史は複雑な買収と相続を経て、17世紀末にセギュール家が所有するに至りました。

そして、名実ともに「ブドウ王子」と称されたニコラ・アレクサンドル・ド・セギュール侯爵が1718年に舵を取ることで、その運命は決定的なものとなりました。

驚くべきことに、この侯爵はわずかな期間、1718年から1720年の間に、後に「第1級シャトー」と呼ばれるラトゥール、ラフィット、そしてムートンの3つの偉大なシャトーを手中に収めたのです。その行動力と先見の明は、ワイン界に永続する伝説を生んだのです。

シャトー・ラトゥールのラベルに描かれたその象徴的な塔は、単なる装飾以上の深い意味を持っています。この塔の起源は15世紀まで遡り、当時はイギリス人によって海賊の侵攻から土地を守る要塞として機能していました。

その歴史的な要塞の跡地に立つ現在の塔は、17世紀に鳩小屋として新たな命を吹き込まれました。この塔が見守るように、シャトー・ラトゥールのワインは時代を超え、その極上の品質で人々を魅了しています。

18世紀に突入すると、シャトー・ラトゥールのワインは新たな評価の高まりを見せました。特にイギリス市場での高評価がその火付け役となり、ヨーロッパ北部でボルドーのワインビジネスが著しく発展したことと相まって、この偉大なシャトーの名は世界的な評価を確立しました。イギリスの貴族や商人たちがラトゥールのワインを愛飲し、それがヨーロッパ北部を中心に広まることで、ラトゥールはただの地元の名産から、国際的な象徴へとその地位を高めたのです。

時代が進むにつれ、シャトー・ラトゥールのワインはさらなる隆盛を迎えました。貴族や裕福なブルジョアがその品質に目を留め、愛飲するようになったのです。これがラトゥールを、ただのボルドー産ワインから、メドック地方でも最高峰のワインの一つへと押し上げました。この社会的な背景は、ラトゥールが世界的な評価を得る基盤ともなり、その歴史と品質に一層の光を投げかけたのです。

この頃からすでに「情報を飲む」時代だったのかと考えるとマーケティングの進化もゆっくりとしたように感じられますね。

1855年、シャトー・ラトゥールはその長い歴史と卓越した品質がついに公式に認められ、第1級の格付けを受けました。これにより、その地位は不動のものとされ、世界的な名声を決定的にしました。

また、現存するシャトーの建物自体も歴史に彩りを加えています。具体的には、1962年から1964年の間に建造され、その後も世代を超えて大切に管理されてきたものなのです。

1963年、一つの時代が閉じる出来事が起こりました。それまで維持されてきたセギュール家による経営が終焉を迎え、ニコラ・アレクサンドル・ド・セギュール侯爵の後継者が株を売却。

その結果、続く30年間にわたってイギリス資本がシャトー・ラトゥールの経営権を握ることとなりました。この期間は、シャトー・ラトゥールが新しいマネジメントと文化に適応し、その品質と名声を保ちつつ変革を遂げた重要な時代でもあります。

イギリス資本が経営権を握った後、特に注目すべきは「ビアソン・グループ」と「ハーヴェイズ・オブ・ブリストル」の出現です。ビアソン・グループは金融企業であり、シャトー・ラトゥールの株の50%以上を所有して筆頭株主となりました。

一方で、ハーヴェイズ・オブ・ブリストルも25%の株を持つ重要なステークホルダーとなりました。このような資本構造は、シャトー・ラトゥールが単なるワイン生産者でなく、多国籍な資本と戦略的パートナーシップによって成長と安定を達成していることを示しています。

1989年にはさらに大きな動きがありました。アライド・ライオンズ・グループがビアソン・グループと、すでに所有していたハーヴェイズ・オブ・ブリストルを買収。これにより、一企業が筆頭株主としてシャトー・ラトゥールの運命を大きく左右する形となりました。

特にボルドーのトップ・シャトーが海外資本によって所有されるケースは極めて稀であり、この動きはシャトー・ラトゥールにとって新たな土台の構築となった重要な瞬間でした。


モダン・ラトゥールのスタート

時代は少し戻りますが、1963年、シャトー・ラトゥールは12.5ヘクタールの土地を2区画で買収しました。この土地は、その後、セカンドワイン「レ・フォール・ド・ラトゥール」の生産基盤となる大事なエリアです。

同時に、シャトーは生産手法にも先進的な変革を施しました。伝統的な木樽を温度調節機能を持つステンレスタンクに交換することで、品質の一貫性と効率性が向上。これにより、シャトー・ラトゥールはその時代においても、先進的な取り組みで名を馳せる存在となりました。

同年、実業家フランソワ・ピノー氏が舞台に登場します。彼は「グッチ」や「サンローラン」、「クリスティーズ」といったラグジュアリー企業を所有していましたが、この年にアライド・ライオンズからシャトー・ラトゥールを買収。この買収が、ラトゥールの成功を決定的なものとしました。ピノー氏のビジネスセンスとラグジュアリーブランドへの深い理解は、シャトー・ラトゥールに新たな価値と方向性をもたらしました。

フランソワ・ピノー氏による1億3100万ドルという歴史的な高額での買収は、ただの起点に過ぎませんでした。彼はこの買収を皮切りに「ドメーヌ・ドゥージェニー」「クロ・ド・タール」「シャトー・グリエ」「アイズリー・ヴィンヤード」など、世界各地のトップワイナリーを「グループ・アルテミス」の傘下に収めました。さらに賢明なのは、フレデリック・アンジェラ氏を優秀な経営者としてリクルートし、シャトー・ラトゥールの経営を託した点です。

アンジェラ氏は1999年からセラーを刷新し、小型ステンレス発酵槽を導入。これにより、区画ごとに特化した醸造が可能となりました。特に、1983年、1985年、1986年といった豊作年においては、従来の設備では発酵槽が不足し、適切な醸造期間が確保できなかったため、シャトーは一時期、不調に陥っていました。アンジェラ氏はこの問題を最優先課題として取り組み、醸造能力の限界を改善したのです。

アンジェラ氏の独自の視点がシャトー・ラトゥールに新たな風を吹き込んだのは、単に経営面でのみならず、栽培面でも明らかです。学生時代からブルゴーニュのドメーヌを訪れ、ワイン造りに対する深い理解と情熱を持っていた彼は、2016年から92ヘクタールもの広大な圃場をオーガニック栽培にシフトさせました。これは第1級のシャトーがオーガニック栽培に全面転換した初めてのケースであり、特に重要な「ランクロ」区画の47ヘクタールに至っては、さらに進んでビオディナミに転換しています。

さらに、2014年に女性として初めて第1級シャトーの技術責任者に就任したエレーヌ・ジェナン氏も、畑で採取した9種の野生酵母を用いて醸造を行っています。これが可能になるのは、亜硫酸をマロラクティック発酵後まで添加しない、という徹底的なこだわりからです。


自然派グラン・ヴァンという新たな領域への挑戦

シャトー・ラトゥールの畑が特別な理由の一つは、その地理的な条件にあります。ジロンド川からわずか300mという近さにあることで、川からの保湿効果により温暖な気候が形成されています。この気候は、たとえ1991年のような霜害が産地全体を襲った場合でも、ラトゥールに対する影響を最小限に抑える要素となっています。

また、特に注目すべきは「ランクロ」と呼ばれる区画です。ここは標高12m〜16mと、一般的なボルドー地区よりもやや高く、土壌は礫を主体に、砂利と砂が絶妙に混ざり合っています。この結果、水は適切に排水され、葡萄根に最適な環境が提供されています。

ランクロの平均樹齢は約60年と、歴史と伝統を感じさせるものがあります。この畑は、近隣のジュリアン村に位置する「シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ」にまで連なっており、メドック地区で最も恵まれた条件を持つ圃場の一つと言えるでしょう。

シャトーは12年にブリムールから撤退し、2011年がプリムールで売られた最後のヴィンテージとなってしまいました。

そのワインは熟成を迎えて飲み頃になったタイミングで発売されており、試飲であればプリムールの試飲会の時期になれば楽しめることができます。

ロバート・パーカー・ワイン・アドヴォケイトは2016年、2010年、2009年、2003年、1982年に100点を与えており、プリムールから抜けてなお、評価と品質は揺るぎのないものとなっています。

このような地理的、気候的、そして土壌の条件が絶妙に組み合わさることで、シャトー・ラトゥールは他を圧倒するクオリティのワインを生産しています。それはまさに、自然環境と人の知恵、そして長い歴史が織り成す美酒の誕生に他なりません。

しかし、シャトー・ラトゥールが2012年にプリムール市場から撤退したことは、その商業戦略において非常に興味深い点です。プリムール市場は新しいヴィンテージのワインが瓶詰めされる前に販売されるため、一般的には若いワインの購入が中心となります。

しかし、ラトゥールはその方針を変え、熟成が進んだ、飲み頃になったワインのみを市場に供給するようにしました。これにより、消費者は即座に高品質のワインを楽しむことができるわけです。

そして、その品質は極めて高く、評価も揺るぎないものがあります。ロバート・パーカー・ワイン・アドヴォケイトからは、いくつもの年代で100点満点の評価を受けています。2016年、2010年、2009年、2003年、そして1982年と、時代を超えてその品質が高い評価を受け続けています。

この戦略的な変化と連続的な高評価は、シャトー・ラトゥールがただのワイン生産者でなく、"ブランド"としても成功していることを示しています。プリムール市場からの撤退が逆にその独自性と品質に一層の光を当て、試飲会等でその評価を現実のものとして体感できる機会を提供しています。

プリムール市場から撤退した後も、品質と評価が揺るがないことが示すように、ラトゥールの真価はその独自の哲学と、時代と環境に適応しながらも一貫した高品質にあると言えるでしょう。


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言の葉を綴じる杜
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