私鉄沿線 あたたかな場所
父はたいてい居なかったし、真正面から見た母というのもあまり記憶にない。
台所に立って、お湯が沸くのを待っているときの寂しそうな横顔や、縫い物をしてせっせと指を動かしているときのうつむいた暗い顔など。
高校一年のときに決定的に離婚するまで、たまに帰ってくる父の背広を汚いものでも扱うように指先でハンガーにかけていた。
私は私だ。
桃子にも母親がいなかった。
コンは、一見平凡な家庭だったが、同居するお祖父さんとお祖母さんと、嫁であるコンの母親とはいろいろあるらしい。
それにコンのお母さんには「妾」をしている妹がいるとのことである。
向こうから、お祖母ちゃまに連れられた桃子がやってきた。
坂道の多い、小池一帯はあっという間にひとが現れたり消えたりする。
「りょーこ」
と、桃子が叫んでうれしそうに走ってきた。
上等なフード付きのコートの裏をひらひらさせて。
紺色のコートのうらは赤のタータンチェックだった。
お祖母ちゃまは、にこにこしてデパートの包みを抱え、立ち止まってキャアキャア騒いでいる孫の横を通り抜けて
「りょうこちゃんもいらっしゃい」
とケーキの箱をひょいと上気て見せ、
「一緒にいただきましょう」と言った。
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