人間の盾(映像シナリオ)

⚠️現代の社会情勢の批判や、特定の団体や人物への誹謗中傷などは一切ございません。あくまでも栗山拓自身による自由な発想に基づく創作物です。

高校時代に書いた、ドラマ用シナリオ作品です。
まだシナリオというのを完璧理解してない未熟者の時に書いた脚本です。思い出深く感じるため今回は当時の書式をそのまま引き抜きました。


「人間の盾」


倉山健太郎(大学生 21才)

木村正和 (妙子の叔父 没21才)

宮崎かなえ(健太郎と仲良しな女子 21才)

倉山綾子 (健太郎の母親 52才)

西森君子 (健太郎の叔母 54才)

高本妙子 (健太郎の祖母 84才)

高本幸治 (健太郎の祖父 87才)

倉山博孝 (健太郎の父 57才)

炭上光彦 (健太郎の大学の教授 45才)


【シーン1 島 過去・昼間】

戦争時代。兵士の「go」の声が聞こえる。銃撃戦。時たま、空から大きな弾が飛んでくる。横たわっている日本兵が映る。


【シーン2 面接会場待機室にて 朝】

就活中の健太郎が次の番を待っている。 手帳に何やら書き込んでいる。少しの貧乏揺すりをしながら。するとシャーペンの音を気にして他の就活生が横から話しかけてきた


就活生 あのぉ。

健太郎 はい?

就活生 大丈夫ですか?。

健太郎 あ、ああ。すみません。うるさかったですよね。

就活生 いえ。その緊張なさらないんですか?

健太郎 ああ。そういうことですか。

就活生 はい。

健太郎 こうしてると、集中してられるんですよ。ルーティーンってやつです。

就活生 そう、ですか。


すると、面接の誘導係がドアを叩いて入ってくる。


誘導係 次の番号のかた、移動お願いします。

健太郎 はい。(立ち上がって。)


【シーン3 面接会場にて 朝】

窓ガラスからの光が彼を差し、面接官が暗く見せることで彼の面接官への恐怖を更に倍増させる。彼の背中は少し震えていた。


面接官 では、改めて自己紹介を。

健太郎 はい、明応大学文学部社会学科専攻の木村健太郎です。よろしくお願いいたします。

面接官 よろしくお願いいたします。それでは、我社を志望した理由を教えてください。

健太郎 はい、自分は物書きがとても大好きで、3歳から字を習い始めました。小中高と何度もコンクールに自分の文章を投稿しました。大学でも、文学部に入り更に文の素晴らしさを知りました。その時に、自分は文字で人を喜ばせたいと強く強く思いました。そこで、自分で、そんな場所が無いかと探していたところこの会社その存在を知り。是非ここで、働かせて貰いたいと思いました。

面接官 素晴らしい動機だと思います。

健太郎 ありがとうございます。(一礼)

面接官 即採用だと思いますよ。出版社なら。

健太郎 はい?

面接官 ここ製薬会社なんですよ。

健太郎 はい。存じ上げております。

面接官 我社ではそれほど文才を必要としません。

健太郎 そんな、御社の最新のコマーシャルはとても魅力的な言葉を唱えておりました。


一瞬そのコマーシャルが流れる。


面接官 あれは、業者に頼んでいて我社では作っておりません。

健太郎 え、まことでしょうか?

面接官 まことです。


会場に静けさが渡る。


【シーン4 病院 夕方】

健太郎と健太郎の母、綾子と祖母の君子で入院している曾祖母の妙子のお見舞いに来ていた。窓辺に妙子のベッド。


綾子  それでね、あの子ったら面接で前の会社で言ったことと同じこと言ったのよ!

君子  やだぁ、ほんとに? あれでしょ、そこって前落ちた出版社でしょ?

綾子  そうそう。始まるまでメモ帳にしゃべる内容書いてたけど、全部吹っ飛んだんだって。

君子  そんな、マンガみたいな。


二人とも大笑い。


綾子  それが本当なのよ。(笑いながら。)

君子  健ちゃん、それはダメよ(笑いながら。) 

健太郎 もういいだろ、やめろって。

綾子  止まらない、止まらない。(笑いながら。)

健太郎 静かにしないとダメだって。

綾子  あ、お姉ちゃん。(笑いながら。)

君子  なに?(笑いながら。)

綾子  お父さんとこ行かないと。(笑いながら。)

君子  そうだった。(笑いながら。)

綾子  それじゃあ、あたしら行くから。ちゃんと食べなよ。

健太郎 分かってるよ。

君子  一人暮らしで風邪引いちゃダメよ。

健太郎 了解。


二人とも、笑いは落ち着いたが、若干笑いが残った感じに病室を後にした。


健太郎 ほんと、なんだよ。

妙子  健ちゃん。

健太郎 あ、ごめん。おばあ。起こしたよな。

妙子  大丈夫。寝たフリ。

健太郎 うそ、何で(笑)

妙子  だってもう口が開かないの。ほら。


健太郎、妙子の口を覗く。


健太郎 そんな、全然開けてるけど。

妙子  ああもう駄目。閉じちゃう。

健太郎 ええ?

妙子  おばあがお母さん達みたいに喋ったら泡吹いちゃう。

健太郎 いや、吹かないよ。泡なんて。

妙子  分からないよ? おばあが死んだら、蟹に生まれ変わるのかもしれない。

健太郎 縁起でもないこと言うなよ。

妙子  冗談、冗談。

健太郎 ほんとに。

妙子  87才だったかな。

健太郎 ん?

妙子  平均寿命だっけ? また伸びたんでしょ。看護師さんが言ってた。

健太郎 へぇー、そうなんだ。

妙子  普通の人だってそれぐらいまでは生きるんだよ。おばあだってしばらくは健ちゃんとお話できるんだから安心しな。

健太郎 しばらくって、おばぁ84じゃん。3年しかないじゃん。

妙子  3年もある。

健太郎 そんな綺麗事にしないでよ。

妙子  いいや、3年もある。

健太郎 おばあ。

妙子  3年もあれば健ちゃんのもっと大きくなった姿が見られるね。

健太郎 もう俺、背伸びないよ。

妙子  あれま。健ちゃん、今いくつになったの?

健太郎 21だけど。

妙子  まあ、いつの間に。まだ、10才じゃないの?

健太郎 違うよ。(笑)

妙子  そうかぁ。もうそんな年に。

健太郎 だから、大きくならないよ。限界。

妙子  はぁ…。

健太郎 なんだよ。ため息ついて。

妙子  あたしも歳をとったんだね。

健太郎 まあ、そうだね。

妙子  そうかぁ。


面会終了のチャイムが鳴る。


健太郎 あ、おばぁ。もう帰らないと。

妙子  もうそんな頃かい。

健太郎 じゃあ、俺帰るよ。また来るね。


健太郎が立ち上がって扉の前まで行く。


妙子  健ちゃん。

健太郎 なに?

妙子  健ちゃんなら、人の心を動かせる。

健太郎 なんだよ、急に。

妙子  その手帳にびっしり書いてるんでしょ。


【回想】種明かしのようにシーン1での健太郎が執筆していた手帳が映る。


健太郎 それ、母さんと、おばちゃんには内緒にしててくれよ。

妙子  はいはい。

健太郎 それじゃあ。また来るから。

妙子  バイバイ。


健太郎がドアを閉め、帰っていった。静かすぎる病室で妙子が独りベッドの上でため息をつく。


【シーン5 帰り道 夜】

健太郎が、病院を後にし、夜道を歩き、改札を通り、電車に揺られ、電車を降りて、コンビニで弁当とコーヒーを買って、夜道を歩く。ポストからチラシと4つの封筒をとる。


健太郎 (封筒を見て。)よっしゃ。


家のドアの前について、扉を開け、静かで本と紙と課題と弁当の殻と空いたコーヒー缶でいっぱいの家に入る。小さく、高さの無い机に座って封筒を一つ空ける。中に入っている紙を、掴んで豪快に引っ張り出す。今度は俯きながら震えた手でゆっくりと折れてある紙を開いた。顔を上げると「この度は貴殿の文学作品は残念ながら落選致しましたことご報告致します。」と紙に書かれていた。彼は仰向けに寝転がりフリーズした。しばらくして奮起したように起き上がると、いつものようにノートパソコンを開き、隣に原稿用紙と万年筆。彼の執筆が始まる。


【シーン6 オープニング】

画面に、原稿用紙に手書きで正和以外の登場人物の名前と簡単な説明を書いていく。一人書き終わる毎にアップのシーンカットがフォントを残したまま現れる。最後にタイトルが流れる。

【シーン7 公園 昼】

休みの日の賑やかな公園でかなえがベンチに座って健太郎を待っていた。

かなえ ……。


健太郎がやってくる。


健太郎 よう、急に呼び出してなんだ。

かなえ やあ、引きこもり少年。就活はうまくいってるかな?

健太郎 うまくいってたら、今頃面接会場だよ。

かなえ さては、また落ちたなこれ。

健太郎 うるせえ、優等生。

かなえ 第一希望内定。

健太郎 良かったな。

かなえ 私にかかればチョロいね。

健太郎 あっそ。自慢が目的だったのか。

かなえ ああ、そうじゃないそうじゃない。ほれ。


隣に置いてたクーラーバッグに入れた大量の手作りのおかずを出す。


健太郎 はい?

かなえ だから、おかず。ご飯は自分で炊いて。

健太郎 どんだけあるんだよ。(クーラーバッグを開いて。)

かなえ とりあえず、一週間分。

健太郎 なんでこんなに。

かなえ どうせ、コンビニ弁当しか食べてないんでしょ。

健太郎 良いだろ、ほっとけよ。

かなえ 良くない。ほら、持って帰って。

健太郎 めんどくさそうだなぁ。

かなえ じゃあ、家まで持っていってあげる。

健太郎 はぁ!?

かなえ はいはい、吠えないの。

健太郎 吠えてねぇって。

かなえ ほら連れてって。

健太郎 なんでもう行くテンションになってんの?

かなえ だって重いの運ぶの嫌なんでしょ。持っていってあげるから。

健太郎 いやいや、待てって。

かなえ なに?

健太郎 そのさ、付き合ってもない男女がさ、同じ屋根の下に居るのはさ……その、社会的によろしくないんじゃ……

かなえ 何を今さら気にしてんの。

健太郎 やめとけって。いくら幼馴染みだからってやっぱりそのプライベートってもんがあるでしょ?

かなえ そう、じゃあこれ要らないんだねぇ。せっかくいっぱい作ったのに~。

健太郎 なんでそうなるんだよ。

かなえ ろくに栄養取ってないんだろうなぁって思って、健太郎の為に作ったけど、そうかぁ。全くもって要らないんだねぇ。(クーラーバッグを抱えて帰ろうとする。)

健太郎 ああもう、要る!

かなえ 何て?

健太郎 くれ。

かなえ 何が欲しいって?

健太郎 おかずをくれ。

かなえ あれー、文学部のくせに敬語の使い方も分からないの~?

健太郎 その、ご飯を頂いてもよろしいでしょうか?

かなえ 仕方がないなぁ。はい。


健太郎にクーラーバッグを持たせる。


健太郎 おもっ。

かなえ 頑張って持ってきたんだからね。

健太郎 ありがとうございます。

かなえ じゃあ行こっか。

健太郎 結局、家来るのかよ。

かなえ なんか、やましいものでもあるの?

健太郎 いや、無いけど。

かなえ じゃあ良いじゃん。連れてけ。

健太郎 はい。


かなえ、健太郎を引き連れて歩いていく。


【シーン8 健太郎の家 昼】

かなえが、ゴミ屋敷のような健太郎の部屋を見て発狂している。かなえの叫び声に、烏が驚くほどに。


かなえ うそでしょー!

健太郎 静かにしろ! 近所迷惑だろ。

かなえ いやいや、これはないでしょ。

健太郎 黙れって。


かなえ、食べた後のコンビニ弁当が転がってるのを見る。


かなえ なんで、ほったらかしにしてるのー!

健太郎 良いだろ別に。


油で黒ずみだらけのキッチンを見て。


かなえ どうやったらこんなに真っ黒になるのー! ブラックホールじゃん!

健太郎 やかましい。


水垢だらけの浴槽を見る。


かなえ もうネチャネチャしてるじゃん! 虫湧くよ!

健太郎 ほっとけ。


もう一回リビングに戻って。


かなえ これは、ちょっと手間がかかりそうだ……よし、手伝って。


しかし、健太郎が後ろに居ない。


かなえ え……どこ行ったのー!


【シーン9 公園2 夕方】

健太郎が歩いて公園に向かっている。片手に3つの封筒を持ってる。ベンチに座る。封筒を見つめるが、一向に開けない。ただ見つめている。一度、開けようとするが、やっぱりやめた。ついに健太郎は俯いて何もしなくなった。俯いてしばらくすると、健太郎の父、博孝が、目の前に現れる。


博孝  ……。

健太郎 (前を向いて。)なんだよ。

博孝  なにしてるんだ。

健太郎 こっちが質問してんだけど。

博孝  仕事帰りだ。

健太郎 へぇー、ここ帰り道なんだ。

博孝  まだあんな大学に通ってるのか。

健太郎 まあね。


【シーン10 回想・健太郎の実家 健太郎の高校時代】

健太郎の実家で博孝と健太郎が喧嘩をしている。博孝は健太郎の原稿用紙を持っている。


健太郎 だから、俺が決めたって言ってんだろうが!

博孝  そんなこと認めないぞ。

健太郎 なんでだよ! 俺が出した結論なんだから応援してくれよ!

博孝  小説家などと、くたばるだけだ。

健太郎 んなこと、やってみないとわかんないだろ。

博孝  いや、そんなものやめておけ。駄目に決まっている。

健太郎 勝手に先のこと決めんなよ!

博孝  お前のためを言ってるんだ。

健太郎 知るかよ。

博孝  第一お前、高校時代何してたんだ。

健太郎 関係ねぇだろ。

博孝  ろくに勉強しないでこんなものやってたのか。

健太郎 ……。

博孝  え!? やって当たり前の事すらやってなかったんだな!?

健太郎 点数はとった。

博孝  取ってようがなかろうが関係ない! やれることをやらない人間に夢を叶えるなんて無理だ、諦めろ。文学部へのに入学も許さん。国公立に入れ。今ならまだ間に合う。父さんと同じようにしとけ。

健太郎 でも!

博孝  それでも。文学部に入るなら、こっちからの支援は無しだ。自力で何とかしろ。(立ち去ろうとする。)

健太郎 ……入ってやるよ。

博孝  (健太郎の方向へ向き直す。)

健太郎 俺は入ってやる! 文学部に! それも、バチバチに頭良いところで勉強して絶対あんたとは、違う道に進んでやる! こんな家も出ていってやる!

博孝  勝手にしろ。


【シーン11 公園2 夕方】

現在に戻る。


博孝  お前、もうそろそろ就職活動だろ。

健太郎 そうですね。

博孝  ちゃんとやってるのか?

健太郎 ……。

博孝  おい返事しろ。

健太郎 うるさいなぁ。

博孝  キレるってことは、なにもしてないんだな。

健太郎 してなかったらどうだって言うんだよ。

博孝  お前な、まだこの年でその口、叩いてるから……

健太郎 ああもう、うっせぇんだよ! 何しようと俺の勝手だろ。

博孝  まさか、まだ小説なんてやってるのか。

健太郎 だからなんだよ。

博孝  本気で小説家になる気でいるのか?

健太郎 ……。

博孝  どうなんだ。

健太郎 ……知らねぇよ。

博孝  今すぐやめて、就職に専念しろ。

健太郎 なんでお前が決めんだよ。

博孝  生半可の覚悟じゃ無理だと言っているんだ。

健太郎 勝手に決めんなって!

博孝  じゃあその手に持ってる物はなんだ。

健太郎 ……。

博孝  賞レースの結果通告じゃないのか。なぜ開けない。

健太郎 どうだって良いだろ。

博孝  良くない。

健太郎 黙れって。

博孝  封を開けることすらできないんだろ。

健太郎 黙れって!

博孝  騒いで誤魔化すな!

健太郎 ……。

博孝  あの時のままだな。お前は。

健太郎 ……。


博孝、封筒を取り上げる。健太郎、それに気づくが、取り返す為に伸ばした手は空気を掴むだけだった。


健太郎 何すんだよ! 返せって!

博孝  これは俺が開ける。

健太郎 はぁ? ほっとけよ、俺が開ける。

博孝  じゃあ、開けてみろ。今ここで。(封筒を持つ手を伸ばす。)落選以外の紙があれば俺は金輪際お前に口出しない。だが、全て落選なら。家に帰ってこい。

健太郎 は? なに言ってんだよ!

博孝  現実を見ろ! 分かってるだろ。甘くないんだよその世界は。いつまでもぐずぐず言ってて、できるもんじゃない。

健太郎 ……勝手に決めんなって。

博孝  無理なら早く蹴りをつけろ。今ならやり直しが効く。

健太郎 ……。

博孝  開けるのか? どうなんだ。

健太郎 ……。


健太郎、博孝から封筒を取り返す。数秒封筒を見つめてから、震える手で封を開けていく。口がボロボロ破れてる封筒から中に入っている紙を取り出す。目を瞑りながら、震える手で折ってある紙を開く。そこには「この度の貴殿の文学作品は残念ながら落選致しましたことご報告致します。」と書いてあった。


博孝  落ちたか。

健太郎 うるせぇ。


健太郎、また同じように開ける。そこには、「この度の貴殿の文学作品は残念ながら落選致しましたことご報告致します。」と書いてあった。博孝、紙を取り上げる。


博孝  ……あと一つだな。

健太郎 ……。


健太郎、また同じように開ける。そこには……


【シーン12 健太郎の家】

もうすぐかなえが掃除を終わらせる所だ。風呂の掃除をしていた。水の流れる音がする。


かなえ あー、汚なっ。マジで、家上がるんじゃなかったぁ。なんでこんなことしてるんだろう。


しばらくして、シャワーで泡を流して、掃除完了。。


かなえ よし、できたー!


電話が鳴る。どうやら、健太郎は携帯電話を忘れていたようだ。


かなえ ん?


リビングに行って、携帯を確認する。「母さん」と表示される。


【シーン15 公園2 日暮れ】

健太郎が封を開けたときの続き。健太郎、また同じように開ける。そこには「この度、貴殿の文学作品は第一次審査を通過したことをお伝えします。」と書いていた。


健太郎 ほら見ろ、こっちが現実だ! くそみたいな理想論とは違うんだよ!

博孝  ……。

健太郎 俺は小説家になる、邪魔すんな。

博孝  ……そうか。

健太郎 帰れ。2度と俺に顔見せるな。

博孝  ……精々、売れるかどうかだな。

健太郎 うるせぇ、帰れって。

博孝  ……。


博孝、いつもよりも少し小さい歩幅で去ってゆく。健太郎、ふと我に帰ってベンチに座り込む。ため息が出る。そこにかなえが走ってくる。息切れがすごい。片手には健太郎の携帯電話を持っている。


かなえ 健太郎!

健太郎 かなえ。どうした?

かなえ 病院から。


かなえ、健太郎に携帯電話を差し出す。


【シーン16 病院 夜】

健太郎とかなえが病院の廊下を半ば駆け足で行く。妙子の病室の前まで来ると君子が扉の前で立っていた。、病室の扉を開ける。そこには、綾子と担当医と看護師がいた。そして酸素マスクを口に被せられている妙子がベッドに横たわっていた。腕に点滴の針が刺さっていて、ベッドの右隣には心拍計が立っていた。


担当医 今日から明後日の朝が峠かと。

綾子  そうですか。

担当医 今のうちにご家族にはご報告をしておいた方がよろしいと思います。

綾子  分かりました……ありがとうございます。

担当医 では。


担当医は、周りに礼をしたあとに去ってゆく。


健太郎 は? ……どうなってんの?

綾子  ナースコール受けて行ったら、まともに息してなかったって。

健太郎 ……。

綾子  とりあえず、明日からあたしが母さんのこと見とくから。

健太郎 うん。

綾子  だから、健太郎。

健太郎 ……。(綾子の方を向く。)

綾子  帰ってきて。

健太郎 え?

綾子  私の代わりしてほしいの。

健太郎 でも、まだ大学すら出てない……

綾子  分かってるけど……お願い。

健太郎 ……。


気まずく、静かな空間が広がる。


【シーン17 君子の車の中 夜】

かなえと君子が、君子の車に乗って妙子の家に向かってる。かなえが後部座席に座っている。窓の向こうには町の景色が広がっている。かなえがそれを見て物思いにふける。


君子  ごめんねぇ、かなえちゃん。

かなえ え?

君子  全然関係ないのに、手伝わせて。

かなえ そんな、お気になさらずに。元々、お手伝いしようと思って来たので。

君子  でも、家の用事とかあるでしょ。

かなえ いえ、一人暮らしなんで大丈夫です。

君子  偉いわねぇ。

かなえ ありがとうございます。それに……。

君子  やっぱり気になる?

かなえ それなりに。

君子  うーん、なんて言えば良いのかしら。

かなえ 私も分かんないんです。

君子  そうよねぇ。

かなえ 夢の為に努力するのって良いことなんですよね。

君子  そう教えられてきたわね、私たちも。

かなえ 小学生の時とか、大人に「将来、あなたのなりたいものはなんですか。」って言われましたし。私、ケーキ屋さんになりたいって言っちゃいました。

君子  かといって、子供をいつまでも宙に浮いたままにはしておけない。

かなえ どっちも子供のこと考えてるんですよね。

君子  そう言ってるけど。本当は分かんないのよ。あの子の場合なんて特に。父親の家系だって昔からエリート揃いだからねぇ。医者とか、弁護士とか。勉強することだけが幸せの道とか思ってるんじゃない?

かなえ 遊んだりとかしなかったんですかね。

君子  しなかったんじゃない? 綾子が「あの人の実家は表彰状でいっぱい。」とか言ってたから。昔からお偉いさんだったんでしょ。

かなえ 私、応援したいんですよ、あの子のこと。

君子  うーん、今回は大人しくしておきましょ。お隣さん事情には口出せないわ。

かなえ それしかないですよね。

君子  ええ。……でも、夢見ることを教えてくれた大人から夢を潰すようなこと言われるのって、案外残酷ね。自分の子供にもそんなことしてたと思うとぞっとするかな。


【シーン18 おばあちゃんの家 夜】

君子の車が妙子の家の前に止まる。一軒家で、築年数がかなりありそうだ。君子が鍵を開ける。家の扉を開ける。玄関は真っ暗だった。君子が電気をつけて廊下を歩く。二人は庭が見える部屋に入る。するとそこに幸治が縁側に座って下を向いていた。テレビの野球中継が流れっぱなしだった。


君子  お父さん。帰ったよ。

幸治  おう。

君子  お昼食べた?

幸治  おう。

君子  ……お母さん、もう長くないって。

幸治  ……そうか。


【シーン19 妙子の部屋 夜】

君子とかなえが廊下を歩く。


かなえ お父さんはほっといて大丈夫なんですか?

君子  昔からあんな感じだから。

かなえ お見舞いとか来ないんですか?

君子  それが来てないの、一回も。

かなえ え、心配じゃないんですか?

君子  それが分かんないのよ。何思ってるんだか。


君子が妙子の部屋の戸を開ける。部屋は思い出の品と好きな物、衣服などが一部屋に納められていた。


君子  相変わらず、綺麗に整頓されてるなぁ。

かなえ (君子の成人式の写真を見つけて。)あ、これって。

君子  (それを見て。)ああ、私だわ。

かなえ 綺麗ですね。

君子  成人式だっけ。

かなえ へえ〜。

君子  服出すから、ちょっと待ってて。

かなえ 分かりました。


かなえ、君子が妙子の服を探している間に飾られている写真を覗く。順番に見て行くと、如何にも一番古そうな写真を見つけた。そこには、小学生ぐらいの少女と軍服に身を包んだ男が写っていた。


かなえ (その写真見ながら。)これ、誰ですか?

君子  ん? (写真を見て。)ああ、これお母さんの小さい頃。9歳だっけ。

かなえ 可愛らしいですね。

君子  んで、こっちの男の人が私で言う所の大叔父さん。お母さんの初恋の人。

かなえ ええ! 何ですか、それ。

君子  お母さん、ピュアだからこう言うの残しとくのよ。

かなえ でも素敵ですよ。

君子  そうよねぇ。

かなえ 初恋の思い出なんてもう覚えてないですよ。

君子  (少し笑みを浮かべた後に。)ほらほら、早く戻らないと。

かなえ あ、そうだった。


君子、かなえに着替えを渡す。君子とかなえは妙子の部屋を出ていく。幼少の妙子と男の人写真が男の顔だけが切れて画面に映る。そのあとに君子とかなえは車に乗り込む。


かなえ おばあさん、死なないですよね。

君子  ……大丈夫。平均寿命まで、まだ3年はある。

かなえ 何ですかそれ。

君子  (微笑みながら。)受け売り。


車が走り出す。


【シーン20 健太郎の大学 昼休み】

食堂で健太郎が定食にあまり手を付けられていない。むしろ、手を膝に下ろす始末だ。そこに炭上が現れ、自分の昼食を健太郎の向かい側に置き、椅子に座る。炭上は肉をナイフとフォークで食べ始める。


炭上  何をしているんだ、少年。米を食え米を。

健太郎 炭上先生。

炭上  やあ、どうも。

健太郎 先生こそ、肉ばっかじゃないですか。

炭上  私は良いんだよ。タンパク質が欲しいんだ。

健太郎 何で。

炭上  分かるだろ、筋肉だよ。トレーニングも欠かさずやっている。

健太郎 また授業サボって逃亡ですか。

炭上  失礼な! 逃亡などと言う安い言葉で納めないでくれ。

健太郎 結局逃げるんじゃん。

炭上  ハッハーン! 甘いよ倉山少年!

健太郎 何ですか。

炭上  君は僕がただ単にナイジェリアに逃げるとでも思ったのか!

健太郎 どこ行ってんすか。

炭上  だから違うと言ってるだろ。

健太郎 じゃあ、何なんですか。


炭上、健太郎に手振りで耳を寄せるように指示する。そして、健太郎の耳元で答えを喋る。


健太郎 へ? 頭大丈夫ですか?

炭上  何を言う。至って正常だ。

健太郎 絶対無理ですよ。

炭上  それはどうか分かんないじゃないか。

健太郎 はぁ。 

炭上  このあと僕の部屋に来たまえ。


【シーン21 炭上の部屋 昼】

コーヒーメーカーの音がする。やがてコーヒーメーカーの沸騰は止まり、炭上ができたてのコーヒーが入ったポットを取り持つ。そして、炭上はコップにコーヒーを注ぐ。そんな炭上の向かいに健太郎が立っていた。


炭上  さて、数々の科学者がタイムマシンの製造に着手していたのは知っているだろう。

健太郎 はい。

炭上  教科書に出てくる偉人もまた、同じ夢を見ていただろう。だがしかし、幾らやっても彼らはタイムスリップを成功させることはできなかった。これが、実際に世の中に溢れている事実だ。

健太郎 はい。

炭上  しかしだね、おかしくないかい?

健太郎 特には。

炭上  今日、現代に至ってはタイムマシンのことは全く騒がれないのだよ。何故だかわかるか。

健太郎 分からないです。

炭上  いいか、機械は既に出来上がっていたんだ。


炭上、ポケットから取り出した如何にも古そうなラジカセを机の上に置く。


健太郎 これが、タイムマシン。

炭上  如何にも! 私の推測だと、このタイムマシンが開発されたのは太平洋戦争の時代、1943年ぐらいだろう。軍事開発として大国ロシアで製造されていたんだが、開発に成功したとたん。奴らは、更なる研究を止めてしまった。何故かな?

健太郎 金が無くなったとかですか?

炭上  甘いぞ少年!

健太郎 なんすか。

炭上  奴らは言ったんだ。「行きの保証はあるが、帰りは無い」と。幾ら開発を進めてもタイムマシンを使用したものは誰一人帰ってくることが無かった。もしこれが、敵の手に渡ってみろ。敵は必ず、今を犠牲にしても過去に飛ぶだろう。そうなってしまったら取り返しがつかない、だから彼らは研究所や製造方法などと一緒にこの機械を時代の闇に葬ったのだよ。(コーヒーをイッキ飲みする。)

健太郎 へぇー、いつ行かれるんですか?

炭上  今日だ! 

健太郎 今までありがとうございました。

炭上  いやいや、待ってくれ倉山少年。

健太郎 だって帰ってこないんでしょ。

炭上  話を最後まで聞きたまえ。

健太郎 はぁ。

炭上  このタイムマシンは後の者が秘密裏に奴らの培った研究成果を凝縮したものなんだ。速回しを押せば未来に。巻き戻せば過去に。

健太郎 つまり、先生は帰ってくると。

炭上  その通りだ!

健太郎 じゃあ授業どうするんですか。自分、この授業で卒業の単位揃うんですけど。

炭上  ノープロブレム! 僕が帰ってくるまでこの部屋を見ててくれ。後に単位をあげよう。

健太郎 まあ、それなら。

炭上  本当か!

健太郎 はい。

炭上  さすが倉山少年だ! まずは、僕が講義から戻るまで待っててくれないか?


炭上のお腹の下る音がする。


炭上  (苦しそうに。)やっぱりトイレから戻るまで待っててくれ。

健太郎 分かりました……。

炭上  すまない。


炭上、その場を離れてトイレに行く。


健太郎 (ラジカセを手に持ち。)出来るわけ無いだろ。どうせ、誰かに嘘こかれて買ったんだろ。


健太郎、回りを探し始める。そして、一つの棚の扉を開けて録音のフィルムを見つける。


健太郎 あった。


健太郎、戻ってきてラジカセを開こうと思うがカセット部分が開かない。


健太郎 あれ? (試行錯誤する。)なんで。ポンコツかよ。


健太郎、ラジカセを軽い八つ当たりで叩く。その勢いで巻き戻しのボタンを押してしまう。同時に、炭上が扉を開けて帰ってくる。しかし、健太郎は居ない。


炭上  待たせたな少年! (誰も居ないのに気づく。)あれ。少年?


【シーン22 島 過去(1943~1945)・昼】

草木が生い茂る森のなかに健太郎が椅子に座った状態で居た。よく見れば周りには銃弾で傷ついた草木が沢山あった。少しまえにここで銃撃戦があったように見える。


健太郎 え……何これ。(スマホを見る。)圏外……どこだぁぁぁぁああ!!


【シーン23 病院 (現代・)昼】

君子がまた車を走らせて、病院に着く。急いで車から降りて、妙子の病室に行く。閉まっている扉を開ける。そこには綾子とかなえとベッドの上で寝ている妙子が居た。


君子  お母さん。

綾子  大分落ち着いてるって。

君子  健ちゃんは。

かなえ その、電話が繋がらなくて。

君子  ええ?


そこに、幸治がやってくる。


幸治  妙子。

綾子  お父さん。

妙子  あなた。

君子  お母さん?


【シーン23 病室 昼】

ベッドに寝ている妙子と横の椅子に座る幸治。君子と綾子とかなえは外に出ていた。


妙子  久しぶり。

幸治  ああ。

妙子  嬉しいわ

幸治  ああ。

妙子  ご飯は食べてる?

幸治  ……。

妙子  洗濯とかお風呂は?

幸治  ……できてる。

妙子  良かった。心配だったの。

幸治  あ、あ。

妙子  来てくれてありがとう。


扉の前で待っている綾子たちの前に扉を開けて幸治が出てくる。


君子  お父さん。

綾子  もういいの?

幸治  ああ。(帰り出す。)

綾子  ええ、ちょっと。どうしたのお父さん。

君子  せっかく来たんだから。残っときなって。

幸治  ……。(とぼとぼと歩き続ける。)

君子  お父さん!

幸治  ……。(歩き続ける。)

君子  お父さん!

綾子  お姉ちゃん。病院だから。

君子  分かった。


君子と綾子とかなえが病室に入る。


君子  ごめんね、お母さん。

妙子  ……君子。綾子。

君子  どうしたの?

綾子  なに?

妙子  ……お父さんを許してあげて。


【シーン24 レイテ島 過去・昼】

生い茂る草の中を歩いていく健太郎。


健太郎 ああ、ここどこー。誰かぁ。何処にいるんだよ俺。(健太郎の腹がなる。)そういえば、ろくに昼飯食ってなかったんだっけ。……嘘だろぉぉおお!!!


健太郎の声に反応して、草影に居た兵士が飛び出してくる。


兵士3 (健太郎に気づいて。)誰だ貴様!

健太郎 ええ?

兵士3 誰だと聞いている!

兵士1 その身形、さては日本人ではないな。

健太郎 いやいやいや、日本人です!

兵士1 嘘をつくな! 日本語を喋るところ、アメリカのスパイだろ!

健太郎 違います!

兵士1 ならば明治から昭和までの天皇の名を言え!

健太郎 ええ!?

兵士1 言えぬのなら、ここで殺す!

健太郎 嘘だろ! ええと、ええと!

兵士1 言え!

健太郎 思い出せ、思い出せ、授業でやっただろ。

兵士1 言え!

健太郎 睦仁さま! 嘉仁さま! 裕仁さま!

兵士1 現、総理大臣の名は!

健太郎 ええ!? 今何年!

兵士1 言え!

健太郎 戦争時代だから、えっと、東條英機!

兵士1 ……当たりだ。


兵士達は銃を降ろした。


健太郎 助かったぁ。

兵士1 貴様、何故ここにいる。

健太郎 えっとその、何て言ったら良いか。多分信じて貰えないというか。

兵士1 何をごちゃごちゃ言っている! 貴様、非国民か!

健太郎 違います!


そこに違う兵士が駆け込んでくる。


兵士4 召集! 召集!

兵士1 何事だ!

兵士4 大連から、大津連隊の飛行機が合流。なかには負傷者もおります。至急帰還し、建て直しに参加せよとのこと。

兵士1 引き受けた! (健太郎を向いて。)貴様!

健太郎 はい!

兵士1 お前は身元不明で逮捕する!

健太郎 ええ!?


【シーン25 駐屯地 過去・昼】

兵士達は働きすぎで服装がぼろぼろになっている。泥だらけで汚い。兵士達は担架に怪我でただれた負傷者たちを運んできて駐屯地はとても慌ただしくなっている。次々と負傷者用のベッドは埋まっていく。更に重傷者は個室に連れていかれる。上層の人々は会議室に入り、議論を始めていく。健太郎は両手を縄で縛られ連れてこられている。隊長室に連れていかれ、隊長室の扉が開かれ、部屋の中で床に叩きつけられた。顔を上げると隊長が見下していた。


健太郎 ぐあわぁ!

隊長  この者は。

兵士1 非国民の疑いで逮捕いたしました。

隊長  軍服は。

兵士1 持っておりません。しかし、日本語を喋るうえ、天皇の名前、東城さまのお名前も覚えているもよう。

隊長  ほう。

健太郎 非国民じゃありません! お願いですから返してください!

隊長  (ラジカセを見て。)そいつはなんだ。

兵士1 こやつの所持品であります。

健太郎 ……。

隊長  ……判決は保留。現在は身柄を確保。怪我人の看護につかせろ。日本語が使えるのであれば働かせろ。

兵士1 はっ!


【シーン26 病室② 過去・昼】

健太郎は縄をほどかれ、病室の個室に入れられた。その病室のベッドの上にはには片足をなくして顔を悪くしている正和が横たわっていた。汗はひどく、熱もある。おまけに息が荒い。


兵士1 お前は今からこやつの看病につけ。

健太郎 は、はい。


兵士1、出ていく。正和は痛みに苦しみ、汗が引かない。呼吸は整っていない。健太郎は、パニックで眺めることしかできなかった。しばらくしてその場にあった手拭いをとり、汗を拭き包帯を替えた。


健太郎 き、聞こえますか?

正和  うっ、うっ!

健太郎 落ち着いてください! ま、まず深呼吸です。吸ってください。

正和  (息を吸う。)

健太郎 吐いてください。

正和  (息を吐く。)

健太郎 もう一度いきますよ。吸ってください。

正和  (息を吸う。)

健太郎 吐いてください。

正和  (息を吐く。)


健太郎、正和の息を整え続ける。その姿が夕焼けの西日に照らされ行く。


【シーン27 病室② 過去・夜】

正和の息は整って安静になりつつあった。昼間に酷く慌ただしかった空間は夜風が心地よく思えるぐらいの落ち着いた優しい空間になった。そこに、健太郎が風邪薬と水を持ってきた。それをベッドの横の机に置く。


健太郎 薬ここに置いておきますね。

正和  (すれすれの声で)ごめんなぁ。

健太郎 大丈夫ですよ。

正和  じゃあちょっと飲ましてくれへんか?

健太郎 分かりました。


健太郎、薬をとる。


健太郎 薬、入れますね。

正和  ……おお。


健太郎、正和の口に薬を入れる。


健太郎 お水です。


健太郎、正和の口に少しずつちょろちょろと水を流し込む。


健太郎 ゆっくり飲んでくださいね。


正和、口の端から水を漏らしながらも何とか風邪薬を飲みきる。


健太郎 終わりです。

正和  ありがとう、僕のために。

健太郎 ああ、いえ。

正和  今日はもう寝たらええわ。

健太郎 分かりました。


【シーン28 病室② 過去・朝】

朝の空が見える。少し霧に包まれた景色は戦地であることを忘れさせるかのような落ち着いた空間であった。健太郎は正和のベッドの端に頭を置いて寝てしまっていた。正和は健太郎よりも早くに起きて、外の景色を眺めていた。症状はすっかり落ち着き、顔色はとてもとは言えないが良くなっていた。しばらくすると、時計を見て気付いたように健太郎を片手で起こし始める。


正和  おい、おい、起きや。朝や起床時間なってまうで。

健太郎 (寝ぼけながら。)んん、んー。んー。

正和  なんや、赤ん坊みたいな寝起きやなぁ。ほら起きって。

健太郎 (場の状況を思い出して飛び起きる。)はっ! 申し訳ありません!

正和  おお、おお。大丈夫やで。

健太郎 あ、はい。

正和  起床時間より、はよに起きとかなお偉いさんにどやされるで。

健太郎 ああ、そうですか。

正和  ほな、僕も行かなあかんわ。

健太郎 ああ……。


正和、ベッドから出ようとするが、片足を失っていて、いつもの足の感覚がしなかった。


正和  あれ、おかしいな。なんでや立てへんな。(足を見て、片足が無いことに気づく。)あ、そうか。もう僕、歩かれへんねんな。

健太郎 ……はい。

正和  そうか。そうか。

健太郎 ……。

正和  ごめんなぁ、父ちゃん、母ちゃん。足、一本無くしてもうた。貰った体やのに。

健太郎 ……。

正和  僕、帰られへんかもしれへんわ。

健太郎 ……。

正和  ごめんなぁ。ごめんなぁ。

健太郎 ……。

正和  なあ。

健太郎 はい。

正和  先に一つだけ頼まれてくれへんか?


しばらくすると、起床のベルが駐屯地に響く。兵士達はまた、毎日のように騒がしく働き出す。兵士1が部屋へ入ってくる。


兵士1 貴様! 

健太郎 俺?

兵士1 何をしている早く来い!

健太郎 ええ!?


【シーン29 駐屯地の外 過去・朝~夕方】

兵士達は朝早くから働き始める。健太郎もそのなかに同行させられている。輸送トラックに積まれている荷物の数々を一緒に下ろさせられている。積み荷は恐ろしく重い。


健太郎 (持ちながら。)重てぇ! ぬああ!

隊長  体を緩めるな! 素早く動け!

健太郎 ぬああ! (地面にだれる。)

隊長  貴様! 休むな! たるんどるぞ!

健太郎 でも。

隊長  動け!

健太郎 くっそー! (もう一度持ち上げる。)

隊長  働け!

健太郎 ぬああ!


積み荷の次は、薪割りをやらされている。しかし、健太郎は斧を持ったことがない。台の上に薪を立てて振り下ろすが、全く割ることができない。一回、二回と振り下ろすが、全くもって薪は割れない。三回も四回も割れることがない。


健太郎 クソー!

兵士1 貴様! 何をしてしている!

健太郎 だって切れないんですよ!

兵士1 腰が甘い!


兵士1、健太郎の斧を取り上げ、薪の割り方を見せる。


兵士1 いいか、上に振り上げてこうだ! (斧を見事に真っ二つに切る。)

健太郎 すげぇー! いや、凄いですよ!

兵士1 (鼻を伸ばして)そ、そうか?

健太郎 そうですよ、あのもう一回いいですか?

兵士1 ……いいだろう。


兵士1、同じ手順を繰り返す。


兵士1 こうだ!

健太郎 すげー!

兵士1 どうだ~って違う! 何をしている! 早くやれ!

健太郎 すみません。


次に基地増設の手伝いをさせられている。また、木材を運ばされている。


兵士1 早くやれ!

健太郎 ぬああ!


【シーン30 病室② 過去・夕方】

健太郎は正和のベッドの横にある椅子にぐったりとして座っている。夕焼けが健太郎を明日のジョーのように映す。それを横から見ている正和。


健太郎 ああ、もう無理です。

正和  お疲れさんやな。

健太郎 何ですかこの重労働。殺す気ですか。

正和  君、体弱い方やねんなぁ。

健太郎 いや、至って普通だと思うんですけど。

正和  嘘やん。こんなんで疲れたとったらここやってかれへんで?

健太郎 いやいやいや、そっちこそ嘘でしょ。え、これ軽々しくやっておられるんですか?

正和  まあ、足がなくなる前は。

健太郎 何ですかそれ、人じゃないって絶対。

正和  何を言ってんの、立派な人間や。

健太郎 僕絶対、認めませんよ。

正和  なんでや。


楽しく喋り合う二人が夕日に照らされて、楽しそうな影を作り出していた。彼らはしばらく喋り続けた。


正和  ああ、まさか、戦地でこんな笑うと思わんかったわぁ。

健太郎 僕もこんなとこでゲラゲラ笑うとは思いませんでしたよ。

正和  君名前は?

健太郎 俺、倉山健太郎って言います。

正和  健太郎君か。

健太郎 はい。

正和  そうか、ええ名前やな。

健太郎 あなたは?

正和  僕は正和や、滋賀の生まれでな、まっちゃん言うてくれ。

健太郎 まっちゃん。

正和  そうそう。

健太郎 まっちゃんは何でここに。

正和  僕なぁ、大連で足、吹っ飛ばされてもうてん。


【差し込み  正和の回想 過去・昼】

大連にて、航空していた輸送用の飛行機が海辺で着陸する。その飛行機から正和とあと何人かの兵士が降りてくる。兵士達は飛行機の後ろに乗っていた物資を下ろす。その間に正和がトラックつれてきた。今度はトラックの後ろに物資を乗せる。その作業の最中。空から爆弾が降ってきて、その場一体を巻き込んで吹っ飛んでいく。


【シーン30 続き。】


正和  そしたら、あっちが戦局、保たんくなってな。僕だけ運ばれてこっちに逃げてきてん。

健太郎 そっか。

正和  戦地に行く前にな、お父ちゃんが眉毛つり上げて「お国の為に立派に行ってこい。」って僕に言ってん。でも言うた瞬間な、お父ちゃんの顔がもう涙でしわくちゃになってもうたんや。お父ちゃん言ってることとやってること違いまっせ? って。(はにかみながら。)

健太郎 (つられてはにかむ。)

正和  元から、父親と喋る性格や無かったんやけどな。あんなん見せられたら意地でも生きたくなるねん。

健太郎 ……。

正和  もっとお父ちゃんと喋ってたら良かったわ。

健太郎 まっちゃんのお父さんはいい人なんだな。

正和  なんや、その言い方は。父親は嫌いか?

健太郎 まあ、そうかな。

正和  健太郎のお父ちゃんは何やってるんや。

健太郎 えっと。

正和  何や。

健太郎 医者。

正和  ええやんかぁ。

健太郎 自分ばっかだけどな。

正和  ……何かあったんか?

健太郎 俺はやりたいことがあるのに、就職しろって。

正和  就職か。安定するしええやん。

健太郎 知ってるよそんぐらい、

正和  じゃあ、健太郎のやりたいことはなんやねんな。

健太郎 ……小説家。

正和  小説家か! そりゃまた、大きい夢やなぁ。今も何か書いてるん?

健太郎 書いてるよ。

正和  凄いやん。

健太郎 ……。

正和  ああ……これまた訳ありかいな?

健太郎 何回書いても、勝てないんだよ。

正和  なんやそれ。

健太郎 毎日頑張って書いてきても、周りの奴らは俺よりも凄いことを平気でやってくるから。俺よりも医者の方が凄い、俺よりも母さんの方が凄い。俺よりも仕事できる人の方が凄い。

正和  ……。

健太郎 自分が選んだ土俵ですら勝てない俺が就職しようたってまた、上の奴らに踏み飛ばされていって。俺はなにやっても凄くなれない。何にもないんだよ。

正和  ……まあ、色々あってんな。

健太郎 ……。

正和  あ、でも、死にかけの僕を助けてくれたやん。これは凄ないんかいな。

健太郎 それは親父に勉強させられてたから。うろ覚えだし。やっぱなんもできないんだよ。

正和  なにをいじけてんの。僕は、何にもなければ、片足も無い。それでも諦めへんで、滋賀のお父ちゃん、お母ちゃん、じっちゃん、ばっちゃん、甥っ子、姪っ子。みんな笑顔で生活できるようにするんや。

健太郎 そう。

正和  ……なぁ、健太郎。

健太郎 なに。

正和  僕はな、思いで生きとんのや。

健太郎 ……凄いや……まっちゃん、あんた凄いよ。

正和  だから、何もない言ってるやん。

健太郎 凄いんだって。

正和  そうなんか。

健太郎 うん。

正和  あ、じゃあ、僕に小説こと聞かしてや。

健太郎 え、なんで。

正和  僕が凄いか判断したる。

健太郎 (笑みを浮かべて。)いいよ。

正和  ええやんか。


彼らはまた、夕日が照らすなか、楽しく友人のように喋ってゆく。笑い、遊び、楽しんでいた。


【シーン31 病室② 過去・夜】

いつの間にか、二人は眠りについていた。喋り疲れたようだ。しかし、正和は徐々に足に痛みが走り出す。


正和  痛い。あかん、痛い。痛い。痛い。


健太郎、正和の声に反応して起きる。布団をめくって正和の足を確認する。すると、止まっていたはずの血が流れ出して、ベッドを赤く染めていた。足にウジ虫が湧いたお陰で傷が開いていた。


健太郎 まっちゃんこれ。

正和  見ての通りや。やっぱり駄目やったんや。

健太郎 俺にできることは?

正和  やめとけ、こりゃもう治らん。

健太郎 だったらどうしたら。

正和  とりあえず、痛み引くまで待つだけや。

健太郎 手伝うよ。

正和  ありがとうな。

健太郎 大丈夫だから。


健太郎、正和看病を夜通しでし続ける。しばらくして痛みが収まり、落ち着いた。


正和  とりあえず、大丈夫や。

健太郎 良かった。

正和  ……なんで、こんなことなったんやろ。

健太郎 え?

正和  なんで、僕だけこんな辛い目に会わな駄目なんや。

健太郎 まっちゃん。

正和  お母ちゃんに会いたい。お父ちゃんにも会いたい。僕には家で僕のこと待ってくれてる人が居るんや。やのに、なんでこんなところで寝てへんとあかんねん!

健太郎 まっちゃん。

正和  ……もうどうにもならへんやんか。

健太郎 ……帰ろう。俺がつれてってやるから。

正和  どうやって。

健太郎 それは、えっと。

正和  下らん冗談言わんといてくれ。

健太郎 冗談じゃない……

正和  ええねんて。

健太郎 ……。

正和  僕は元から帰れる身じゃないんや。生き延びたところで、また違う場所に連れてかれる。先が見えてんのよ。

健太郎 じゃあなんで。

正和  これは僕の意地でもあるんや。

健太郎 そんな。

正和  ありがとうな、健太郎。お陰で気合い取り戻したわ。

健太郎 ……うん。

正和  健太郎。

健太郎 なに。

正和  健太郎は何でここに居るんや。兵隊ちゃうやろ。

健太郎 俺は、その。

正和  なんや、急にもじもじして。

健太郎 まっちゃん。焦らないで聞いて。

正和  おう。

健太郎 俺さ、ずっと先の未来から来たんだ。

正和  なんやそれ。また冗談か。

健太郎 本当だ。この戦争はもうすぐ終わる。日本は負けて、アメリカに下る。

正和  ほんまなん?

健太郎 うん。

正和  ……そうか、じゃあもう国の人たちが犠牲にならんで済むねんな。

健太郎 あれ、疑ったりしないの?

正和  いや、そりゃ疑っとるよ。

健太郎 だよな。

正和  でも、健太郎が真剣に喋ってくれてるんや。信じない訳にもいかんやろ。

健太郎 ありがとう。

正和  なあ、その先の未来には何ができてるんや。

健太郎 日本はこの戦争が終わってから75年間、戦争はしてない。それどころか、外国の偉い人達が日本を信頼してやって来る。日本は今、世界が注目する国なってるよ。

正和  そうか……僕の涙は無駄になってへんねんな。

健太郎 え?

正和  あかん、もう眠いわ。

健太郎 ああ、うん。分かった。

正和  おやすみな。

健太郎 おやすみ。


【シーン32 病室② 過去・朝】

健太郎、また、同じように寝ていた。しかし、正和はその日いつも通りに起きなかった。息は大きく吸ってて、上手に呼吸できているとは思えない。健太郎、昨日と違って朝早くに起きる。


健太郎 まっちゃん?

正和  (声が擦りきれている。)健太郎か。

健太郎 うん。

正和  ごめんなぁ、今元気になるからちょっと待っててくれ。

健太郎 無理しなくて良いって

正和  ええねんて。


隊長が現れる。


隊長  どうだ、具合は。

正和  隊長さんか。

隊長  ああ。

正和  スッキリしてますわ。あと一週間もあったら復帰です。

隊長  そうか、期待してるぞ。

正和  ありがとう。

隊長  貴様。

正和  はい。

隊長  今日は1日見ておけ。

健太郎 あ、はい。


隊長、出ていく。


正和  健太郎。

健太郎 なに。

正和  ちょっと起こしてくれ。

健太郎 でも、体が……

正和  ええねん。起こしてくれ。

健太郎 分かった。


健太郎、冷え始めてガチガチになってい正和の体を時間をかけて起こし、正和はベッドの頭の方に座った状態になる。


正和  すまんな。

健太郎 いや、良いよ。

正和  ごめん、もうひとつ頼んでええか?

健太郎 ……分かった。


【シーン33 病室 現代・朝】

君子がまた走ってくる。ナースセンターで挨拶を速攻で済ませて病室へ走っていく。妙子の病室の前まで来て、ドアを開けた。綾子と息絶えそうな妙子が居た。


綾子  お姉ちゃん。

君子  (妙子を見て。)お母さん。

綾子  先生がよく頑張ったって。

君子  お母さん。

妙子  君子、綾子。

君子  どうしたの?

綾子  どうしたの?


【シーン34 病室② 過去・夜】

病室でずっと正和が寝ていた。昼になっても起きなかった。正和も今にも息絶えそうな勢いでベッドで横になっている。窓から見えるそとはいつもに増して快晴で空の星が良く見える。静寂が続いている。


健太郎 ……。

正和  健太郎。

健太郎 まっちゃん。起きたんだ。

正和  もう、パッチリやわ。

健太郎 そっか。

正和  ええ星ばっかや。

健太郎 うん。

正和  滋賀の空とそっくりや。

健太郎 ……。

正和  同じ空の下に居るねんなぁ。ここが滋賀やったら良かったのに。もう無理なんかなぁ。

健太郎 ……。

正和  帰りたい、滋賀に帰りたい。家建てて、嫁さん作って、子供もようさん作るんちゃうんかったんか。

健太郎 まっちゃん。

正和  ……健太郎、ありがとうな。

健太郎 え?

正和  最後に君に出会えて楽しかったわ。

健太郎 やめろって、弱気言うなよ。

正和  健太郎の未来見てみたかったわ。夢、叶えてや

健太郎 だから、やめろって。

正和  僕の分まで頼むで。

健太郎 まっちゃん。

正和  ……ありがとうな。


それから一時間後に、正和は息を引き取った。


【シーン35 おばあちゃんの家 夜】

縁側に座って、幸治が満月の月に向かって、お茶を飲んでいる。その後画面には君子とかなえが見た、幼少の妙子の写真が映る。隣に写っていた男の人、正和の顔も一緒に画面に写る。


【シーン36 病室② 過去・夜】

息を引き取った後の正和に顔を埋めている健太郎に隊長がやってくる。


隊長  顔を上げろ。

健太郎 (顔を隊長に向ける。)……。

隊長  ウジ虫は移る。あまり擦り付けるな。

健太郎 まっちゃんは、ウジ虫じゃない。

隊長  じゃあ、こいつと同じ死に方をするな。こいつが報われないだろ。

健太郎 え?

隊長  人が何を思っているかぐらい汲んでやれ。

健太郎 ……。

隊長  埋葬してやってくれ。


【シーン37 駐屯地の外 過去・夜】

健太郎が燃える炎に薪をくべている。その炎の中に正和が居る。


健太郎 ……。(泣き出す。)


一人でスコップで穴を堀り、焼けた体の骨は壺に詰められ、健太郎は壺に蓋をした。そして、掘った穴に壺を入れる。穴を埋めて地面に固める。埋めた場所に板を差して花を供える。そして、墓の前で手を合わせる。


【回想】

健太郎の頭のなかに博孝に「やれることをやらない人間に夢を叶えるなんて無理だ。」と言われたことを思い出している。


現実に戻って、健太郎は静かに燃え続ける炎を見つめている。拳を強く握っている。


健太郎 元気でな、まっちゃん。


【シーン38 隊長室 過去・夜明け前】

隊長が部屋の奥に置いてある隊長席の椅子を後ろに向けて窓の外の月を座りながら見上げて、空を星と一緒に仰いでいた。健太郎が、隊長室のドアを叩く。


隊長  入れ。


健太郎がドアを開けて隊長室に入る。


隊長  貴様か。

健太郎 ……。

隊長  埋葬は済んだか。

健太郎 はい。

隊長  ……そうか。

健太郎 あの……

隊長  我々は。祖国では国民に英雄と言われてここにやって来た。しかし、誰一人私の名前を覚える者は居ない。あと何度この暗闇を見上げれば良いのだろうか。あの月のように一人、自由に生きてみたいものだ。

健太郎 ……。


【シーン39 駐屯地 過去・夜明け】

駐屯地の全隊員が起き上がり、騒ぎ出す。彼らは急いで軍服を着て、事件が起こった場所に駆け出していく。かなり大人数が、部屋いっぱいに納まって走っていく。隊員たちが走っていった場所は隊長室だった。隊列の先頭が扉を大きく開くと、銃声が大きく鳴る。そこでは健太郎が玉が出たあとの煙を出している銃口を隊長のこめかみに向けて構えている。


健太郎 来るんじゃねぇぇぇええ! じゃねぇと撃つぞぉぉおおお!!

兵士1 キサマー! 総員構え! (隊員達が一斉に健太郎に銃を向ける。)

隊長  手出しは無用!

兵士達 ……。

健太郎 俺のカセットテープは何処だ。

兵士達 ……。

健太郎 何処だつってんだろ!

隊長  総員引け。そして、こやつの所持品を持ってきてやれ。


【差し込み 隊長室の回想 過去・夜明け】


隊長  何をしに来た。

健太郎 ……帰らせてください。

隊長  できん。

健太郎 はぁ?

隊長  私は隊を率いる者だ。投獄者をこっちからおめおめと逃がすわけにはいかん。

健太郎 お願いします。今すぐ帰らないと会えなくなる。お婆ちゃんだけが、俺を応援してくれたんだ。せめて、お婆ちゃんだけには会わせてください。じゃないと俺はここで黙って死ぬ。

隊長  そうか。ならば、これを使え。(拳銃を机に置く。)

健太郎 え。

隊長  貴様は少なくとも隊員を助けた。日本語になまりもない。紛れもない日本人だ。

健太郎 ……。(健太郎、恐る恐る拳銃に触れようとする。)

隊長  勘違いするな。

健太郎 ……。(震えながら止まる。)

隊長  上手く使え。


【シーン39の続き。】

兵士1がカセットテープのように見えるタイムマシーンを持ってきた。健太郎はそれを受け取る。受け取った瞬間、兵士1が腰にぶら下げた拳銃の先を健太郎に向ける。


健太郎 うわぁ!

兵士1 撃ってみろ……隊長殿を殺せば、お前の頭を跳ばして切り刻んでやる。

隊長  やめろ。

兵士1 (銃を向けたまま。)行けぇ!

健太郎 ……。(出口まで急いで行くと、突然止まって。)ありがとうございました。


健太郎が扉を飛び出していく。その後兵士1は床に膝を降ろしてしまう。


兵士1 これで、よかったのですか。

隊長  良くやった。


【シーン40 駐屯地の外 過去・朝】

朝の太陽が登りだして、辺りの景色がハッキリと見えるようになりだす。その中に健太郎が飛び出していく。太陽に顔を向けて立つ。


健太郎 さようならー!


健太郎、ラジカセを空に向かって持ち上げ、早送りのボタンを押す。辺りが朝日に包まれたように真っ白に染まって何も分からなくなる。


【シーン41 炭上の部屋 朝】

炭上が机に突っ伏して眠っている。すると、その場に少し、風が巻き上がる。巻き上がった場所には過去から帰ってきた健太郎が立っていた。巻き上がった風をきっかけに炭上が目を覚ます。


炭上  倉山少年?

健太郎 先生、僕どんぐらい消えてました?

炭上  んー。(時計を見る。)1日と半分ぐらいか。

健太郎 頼む……。


健太郎の携帯に電話がかかる。それにでる。病室と同時進行でシーンは進行する。


かなえ もしもし! 健太郎!? やっと繋がった!

綾子  (かなえの携帯を取り上げて。)健太郎! どこ行ってたのよ! 貴方ね!

君子  (綾子から更に取り上げて。)健太郎君。

綾子  何するの!

君子  よく聞いて。


君子、話したいことを落ち着いて喋った。


健太郎 先生、これお返しします。

炭上  どうも。

健太郎 失礼しました! 


健太郎、急いで教室を出ていく。そして廊下をかけ走り、門を飛び出して。学校から駅までの道のりを全力で走って行く。


健太郎 (口から声が漏れている。)


【回想 病室 昨日・昼】

健太郎が君子から聞いた話を思い出している。妙子が綾子と君子に消えそうな声で喋りかける。


君子  どうしたの? お母さん。

綾子  お母さん。

妙子  男の人はね、不器用な人なの。

君子  うん。

妙子  だから、ここに居なくても許してあげて。

綾子  でも、お母さんが我慢しなくったって。

君子  そうよ。

妙子  いいの。

綾子  ……そんな。

妙子  私は幸せよ。


【回想 大学―病室との電話 朝】

君子が妙子とのあったことを喋ったあとで、続けて健太郎に自分の思うことを喋った。健太郎は、次に走りながらその事を思い出している。


君子  ってお母さんは言ってるんだけど。さあ、何て言おうか。私はこのまま、お母さんの許しに甘えても良いと思うわ。でも、君はどう思うの? 子供のように誰かにおんぶに抱っこしてもらって過ごす? それとも、他に何か考えてることでもある? いい? ここから先は君自信が考えなさい。君は何がしたい?


【シーン41の続き。】

健太郎は全力疾走を続ける。電車に乗り、溢れそうな感情を抑えてつり革を掴む。扉が開くと同時に身を乗り出して飛び出して、改札を急いで抜ける。そしてまた、病院までの道のりを走り抜けてゆく。病院に着いて、ナースセンターにしがみついた後に、病室までの道のりを周りを気遣いながら急いで行く。そして、扉の前まで来て扉を開く。


【シーン42 病室 朝】

酸素マスクを被せられた妙子がベッドの上で眠っている。その周りに綾子、君子、かなえが俯いたまま、立ち尽くしていた。


健太郎 (息切れが激しい。)……。

かなえ 健太郎。


健太郎、妙子のそばまで歩いていく。そして、おばあちゃんの手を握る。


健太郎 おばあちゃん。

妙子  ……。

健太郎 おばあちゃん。

妙子  ……。

健太郎 ……ごめんなさい。

妙子  ……健ちゃん。

健太郎 (はっとして。)なに。

妙子  (何かに気付いた表情をしたあとに。)……また、大きくなったね。

健太郎 ……うん。

妙子  ……ありがとう。

健太郎 俺も、今までありがとう。


妙子、糸一本ほどの開けていた目でにっこり笑ったまま、目を閉じていく。ゆっくり息を細く細く吐いてゆく。静かなまま、時が過ぎていった。


【シーン43 病室の前 昼】

病室の前の椅子でけんたろうが俯いたまま動かない。目の前にかなえが立っていた。


かなえ 健太郎。

健太郎 ……なに。

かなえ あげたご飯、全部食べた?

健太郎 まだ。

かなえ ……あのさ。

健太郎 なに。

かなえ これからもさ、作っていい?

健太郎 ……お願いします。

かなえ ありがとう。

健太郎 なんだよそれ。


君子が割り入ってきた。


君子  ごめんね、二人とも。

健太郎 全然、大丈夫。

かなえ 私も。

君子  そっか……じゃあ、頼んでいい?


【シーン44 おばあちゃんの家 昼】

曇りの空のした、かなえと健太郎は妙子の家に着く。君子から借りた鍵を使って玄関の鍵を健太郎が開ける。家に入ると、幸治を訪ねた。


健太郎 おじいちゃん。

幸治  ……健太郎か。

健太郎 おばあちゃんの部屋、入るね。

幸治  ああ。

健太郎 ……おばあちゃん、逝ったよ。

幸治  ……そうか。


【シーン45 妙子の部屋 昼】

かなえと健太郎が妙子の部屋に入る。妙子の部屋の掃除を始めていた。


かなえ おばあさん、幸せだったのかな。

健太郎 うーん、分かんないな。

かなえ やっぱり全員居た方が良かったんじゃ。

健太郎 そりゃ、居てほしかっただろ。

かなえ じゃあなんで幸せなんて。

健太郎 それ以上に貰ってたんだろう。

かなえ え、何を?

健太郎 思い出を。

かなえ ああ……。

健太郎 俺とかお母さんとかは貰ってばっかだと思ってたんだけど、本当は俺らからも思い出を渡してたのかもって思ってさ。

かなえ へぇー、何か小説家ぽい。

健太郎 馬鹿にすんなよ。

かなえ ええー、良いじゃん。

健太郎 まあそれで、おじいちゃんとは俺らとは比べ物にならない絆ができてたんじゃないかな。

かなえ (微笑んで。)……そっか。


健太郎、ふと幼少の妙子の写真の方に目を向けた。すると、写真が気になり、よく見ようと手を伸ばした。額縁を手に取る。


健太郎 まっちゃん。なんで。

かなえ あ、この人おばあさんの初恋の人だって。おじさんだったらしいんだけど。

健太郎 ……こんなとこに居たのかよ。

かなえ これ、中におじさんの手紙も入ってるらしいよ。

健太郎 え、うそ。


後ろの厚紙を外してみる。すると、宛名が妙子で差出人が木村正和と書かれた。封筒が入っていた。


健太郎 ……まっちゃん。


【シーン46 健太郎の実家の孝博の部屋 夜】

夜の町の景色が映る。博孝が机の上で勉強をしている。孝博の部屋のドアがノックされる。


博孝  はい。


健太郎がドアを開いて入ってくる。


健太郎 ……。


博孝、姿を確認すると。気にしない様子で後ろの棚の方に手を伸ばしてゆく。


健太郎 あのさ……

博孝  お前に、見せていなかったな。


博孝は、古く色が黄ばんだ原稿用紙を健太郎に手渡す。よく見ると小説だった。名前の所には、倉山博孝と書いていた。


健太郎 これ。

博孝  血は争えないな。高校時代だ。

健太郎 そっか。

孝博  もう一度だけ言う。生半可の気持ちにできるもんじゃない。泣き言言ってるだけだとすぐに足元すくわれるぞ。それでもやるのか。

健太郎 ……はい。俺は小説を書きたいです。

孝博  そうか。……応援している。


【シーン47 正和の手紙 朝~夜】

健太郎が正和からの手紙を開いた。妙子が死んでからの人々の生活が流れる。次から書かれる場面は正和の手紙の声と一緒に画面に流れる。


正和  背景、姪っ子の妙子ちゃんへ。如何にお過ごしですか。こちらにはとても頼もしい友人ができました。彼はなんと血だらけの僕の足を綺麗に手当てしてれくはりました。だから、僕はとっても元気です。さて、なぜ君に手紙を送ったかと言うと、どうしても知っていてほしいことがあります。ちゃんと読んでくれると嬉しいなぁ。さて妙子には友達はいるか? いつか、大切な人もできると思う。そんなと人必ず、絆を結んでほしいねん。どんなにしんどくても切れない絆を。いつかそれが君を救ってくれる宝石になる。僕はここで必死に戦ってるけど、妙子やお父ちゃん、お母ちゃんを守れるんやったら何でもやったろうって思うんや、今遠いところに居るけど心は繋がってる。やから今度はその絆を誰かの心に繋げたってくれへんか? その時は今度は君が人を守るんや。目の前以上にいろんな人を包み込める人になってください。君の未来が幸せになることを願っています。 木村正和より。


過去にて、駐屯地で正和が死ぬ直前に力を振り絞って手紙を書いている。


葬式にて、大量の花の中心に飾られた大きな妙子の写真がある。それを見つめていた幸治が膝を床について泣き叫ぶ。それを後ろから見ていた健太郎とかなえ。健太郎は感情が上がって、自然とかなえの手を握っていた。


博孝は、病院で入院の患者の検診をしていた。


炭上は、ラジカセが壊れてしまい、泣く泣く仕事を続けていた。


君子は、まだ成人しない娘をドライブに連れて夕日が見える高台で親子で会話をしていた。


【シーン48 大学の屋上 昼間】

最後に、大学の屋上でこの手紙を読んでいる健太郎。青空が眩しい。


健太郎 分かったよ。


健太郎はポケットに入っている賞レースの結果通告を手に取る。封を開けてすんなりと紙を開く。そこには「この度、貴殿の作品は残念ながら落選致しましたことをご報告致します。」と書いてあった。健太郎はしばらく見つめ紙をビリビリに破って。


健太郎 待ってろよ。


空にビリビリに破って紙を放つ。


ーエンドロールへー

この記事が参加している募集

#これからの家族のかたち

11,220件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?