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年金課の面白い話

 退職したので、会社の保険から国民健康保険へ、厚生年金から国民年金への切り替えが必要で、区役所に行った。

 10時半から11時くらいの間だったが、保険年金課のあるフロアは、すでに混み始めていた。国民年金と国民健康保険と、手続きが2つあるが、まず、どっちにするべきか。

 退職したのは4回目(私は、あんまり仕事が続かない)である上に、今回の就職はたった2カ月だった。そのため、このフロアにはよくお世話になっている。「国民年金の窓口の方が混みやすい!」とあたりを付けて、ちょうど国民年金課の2つの窓口が両方とも空いていたタイミングだったこともあり、さっと席に座った。

 座る直前、男性職員と女性職員と、どっちの窓口に座るべきか一瞬迷った。女性の方が、きびきびと慣れていそうな雰囲気があるが、男性の方が、私の立ち位置から近かった。たぶん私の自然な動きとしては、すぐ手の届く位置にある男性職員の担当する窓口を選ぶことだろう。そこで、「性差別はしない」というポリシーのもと、とりあえず手近な窓口である男性職員の前に座った。

 私が座ると、机に額がつきそうな勢いでうつむいて何かを書いていた(ように見えた)男性職員が、満面の笑みで、勢いよく起き上がった。国民年金課の職員に満面の笑みで迎えられたことがないので、意表を突かれた。

 トトロの草壁さん家のお父さんを2分の1に痩せさせて(英語で言うとthin)、髪も草壁父さんは爆発気味だからボリュームを2分の1にしストレートに白髪交じりに変更して、私の小学校時代に先生が着ていたような濃い茶色とグレーの中間の色でチェック模様の生地のスーツを着た人だった。区役所の職員は、自由な服装の人が多いから、スーツの人は珍しい。

 彼は、薄い銀縁メガネの細い目をさらに細め、にこにこと、「年金のご相談ですか?」と聞いてきた。手には、反故紙をクリップでとめたメモ用紙を握っている。メモ用紙を握った年金課の職員というのも珍しい、と思う。

 「退職したので、年金の切り替えと、失業のための免除申請をしたいんですが」と言うと、彼は嬉々として真っ白なメモ帳に「退職」とメモ書きしてから、「厚生年金から国民年金の加入をして、それで失業の免除手続きということですね!」と確認してきた。たった2カ月で失業した私はバツが悪い思いで来ていたから、彼の予想外の明るさにホッとして、「そうです」と答えた。

 それから、私がマイナンバーカードを彼に提示したり、私の個人情報を調べることの同意書にサインしたり、加入申請書にサインしたりと各種手続きが進む。

 彼は、はじめておつかいにいく子どもみたいに、どの手続きも熱心に嬉しそうに進めていく。窓口カウンターに横付けで並べられた事務机2台分の奥の方のPCを操作する時は、必ずこちらを見て、「ちょっとお時間いただきますが、なるべく早く終わるようにしますので」と、やっぱり笑顔で連絡してくる。

 なんか変じゃないか?親切なのはありがたいが、親切にされにくい場所でこういう対応をされると、逆に不安になってくる。だって、年金課だよ?来る人も、応える人も、楽しい話題のはずないし。その職員がこんな嬉々として応対してくれるなんて・・・。

 隣の窓口を見ると、女性職員は、これぞ年金課の職員って感じの疲れているような平たい対応で、事務的にお客(?)と問答している。

 しばらくして、奥の事務机から帰ってきた彼は、どこかに電話をかけた。「あー、先ほどは、どうも。また××の〇〇です。いやいや、先ほどとは違う方で・・・、あ、そうですか、あー、ふんふん、なるほど。わかりました」

 私の方に向き直った彼は「失業の免除申請ですが、前に申請されて通ってますよね?」と聞いてきた。

 「はい。就職前の失業期間に申請していましたが」

 「じゃあ今回は申請しなくて大丈夫です。」

 「え。でも、一度、就職してしまったし。」

 「そうなんですけど、前に免除された期間が6月までで、また失業されたので、それが復活します!」

 「・・・復活?!」

 今まで国民年金には、お金がなくても徴収され、泣かされることが多かった。払えずに納付が遅れた時は、年末に電話がかかってきて、差押えされるとまで言われたことがある。

 それなのに、免除期間の復活?!そんな都合の良い話があるんだろうか。半信半疑顔の私に、彼は「まあ、復活ていう言葉はちょっと違うんですけど、大体そうです」という。まじか。

「納付書は送られてくると思うんですけど、払わないでください!」

「・・・わかりました」

 本当に改めて申請しなくていいのかな。また電話がかかってきて、差押えするとか言われるんじゃ・・・と思ったが、彼がそう言うので従ってみることにした。

 果たして免除期間は復活するのか。ドキドキしながら、しかし、彼の対応はとても愉快だったので、結果を楽しみに待ちたいと思う。

 

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