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【短編小説】物語は搾取されました 二、妻に触れたのはいつのことだろう

 次の動画はまたキッチンから始まった。カメラは一部分しか映さないが、達哉にはその奥に何があるのかよくわかる。

 銀色の冷蔵庫は、いつも張り付けてあるはず子どもの絵や、集金袋などはすべて外され、まるで新品みたいな顔をしていた。
 そいつから冷凍室を引き出し、妻と思わしき彼女は某有名アイスを取り出した。クッキーアンドクリームの文字が画面に映し出される。

〈私の本当の小さな贅沢は、実は朝ごはんより金曜日の夜に食べるアイスです〉

〈特に給料日の後は特別なアイスを選びます〉
 
 編集によって、彼女が食べたであろうカップアイスが次々に現れる。某有名アイスの他にも、おしゃれなオレンジのカップや、高級チョコアイス、高級フルーツアイスが登場する。
 この前、俺が食べたのは一箱198円のバニラアイスだというのに。
 彼女が手にしているのは、見たこともない金色のスプーンだった。先がハート型をしてやがる。妻はクッキーアンドクリームをそれで掬い、口へと運ぶ。その唇は艷やかで、触れてみたくなった。
 ふいにノックの音がした。

「彼が来たみたい」

 桃色の唇は優しく笑みを浮かべた。そして、ノックの音に振り返る。その後ろ姿は妻だ。うなじも、背中も。でも、家で見る姿と違う。乾いた髪を一つに縛っただけではない。パジャマは着古したスウェットじゃない。
 潤った妻が迎えたのは、さっきも出てきたVネックの男だった。

(だいたい、あいつは、あの男は誰なんだ)

 動画が終わり、彼女のユーザー名のShimasaki Jが画面に現れて、達哉はようやく思い出した。

 Shimasaki J
 シマサキ・ジェイ

 シマサキは妻の元カレの名前だった。
 出張で夫がいない夜に、妻は何をしているのだ?

(コメントしてやろう)

 こいつの嘘をここに書き連ねてやろうと達哉はコメント欄をタップした。しかし、親指が触れた途端、赤い文字が現れる。

ーーコメント欄はユーザー登録後に使用できます。

 OKボタンを押すと、登録画面に切り替わる。

(登録しないとできないのかよ)

 登録の作業をするのが面倒くさかった。
 でも、スプーンでアイスを掬う妻の、顎のほくろを忘れることなんてできない。苛立ちをため息で受け流し、達哉は仕方なしに急いで指を動かして必須項目を記入していく。
 ユーザー名もパスワードも適当だ。
 無事に登録が終わり、再びサイトを開くと、使い方ガイドの画面が現れる。
 毎月一日に発表されるテーマに沿った動画を投稿し、それぞれのジャンル別にトップ3を決めらしい。
 ランキングは反応数、再生数、コメント数が反映されるらしい。

 Shimasaki J、妻の動画は今、5位だった。
 コメント欄は称賛の嵐だ。
 ここに「ウソツキ」と火を放ったところで、猛烈な反論を受けて鎮火される気がする。
 すっかり怖気づいてしまった。くじけたまま使い方ガイドの続きを読む。
 今更だけど「物語は搾取された」というサイト名は変わっている。
 ここで取った動画はここに登録した人しかコメントも反応もできないから、荒れにくい。登録者しか見ることができないように設定にすることもできる。
 総合一位になったところで記念品も賞金も出ない。投げ銭のシステムもない。コンテストで商品化されたり、何かしらに取り上げられたりもない。
 あるのは称賛のみだ。
 それなのに、せっせと動画は投稿され、コメントが行き交う。

 今週のテーマは「小さな贅沢」

 達哉はまた妻の動画を更に見ることにした。  


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