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競争戦略のバイブル「ランチェスター戦略」

ランチェスター戦略とは、企業間の営業・販売競争に勝ち残るための理論と実務の体系です。

第1章ランチェスター法則と弱者の戦略、強者の戦略

1.ランチェスター戦略を構築した故田岡信夫先生


1970年代前半、オイルショックが起こり、それまでの高度経済成長期から一転して日本は不況となります。
市場縮小期に、企業はどうやって勝ち残るのか。
コンサルタントの草分けの故田岡信夫先生(1927〜1984)は、それまでのスピード勝負、体力勝負によらない、科学的・論理的な経営戦略・営業戦略が求められると考えました。
成熟市場で企業がいかにサバイバルするかを指導するのがランチェスター戦略です。
取り入れた企業は大不況を乗り越え、今日も繁栄しています。
トヨタ、パナソニック、日本生命、武田薬品などの大企業、ソフトバンク、エイチアイエス、フォーバルなど当時のベンチャー企業、そして多くの中小企業。
数多くの実績と、後進のコンサルタントやマーケッターへ多大な影響をもたらしたことから、ランチェスター戦略は日本において競争戦略・販売戦略のバイブルといわれています。

2.ランチェスター戦略の成り立ち


日本で生まれた競争戦略ですが、カタカナの名前がついているのは、「ランチェスター法則」という戦争理論が、その原点だからです。
ランチェスター法則は、イギリス人の航空工学の研究者F.W.ランチェスター(1868〜1946)が第一次世界大戦のとき提唱した「戦闘の法則」です。
兵隊や戦闘機や戦車などの兵力数と武器の性能が戦闘力を決定づけるというものです。
ランチェスター法則は第二次世界大戦中、米国海軍作戦研究班で研究されます。
コロンビア大学の数学教授B.O.クープマンらが応用し、「戦争の法則」に発展させます。
「クープマンモデル(ランチェスター戦略方程式ともいう)」と呼ばれます。
戦争の作戦研究(オペレーションズ・リサーチ)は戦後、数学的・統計的な意思決定の方法として研究され、産業界にも広く活用されています。

3.勝ち負けのルール~ランチェスター法則


ランチェスター法則は戦闘の勝敗を示す軍事理論です。
軍隊の強さ・力を示す戦闘力は武器と兵力数で決まるというものです。
武器は敵と味方の武器の性能や腕前を比率化した武器効率で捉えます。
敵の2倍の性能の武器で戦えば味方の武器効率は2です。
敵が味方の2倍の腕前なら味方の武器効率は0.5です。
兵力数は兵士や戦車や戦闘機の数です。
物量です。
武器効率と兵力数を掛け合わせたものが軍隊の戦闘力です。

法則は二つあります。
それは戦い方によるものです。

■ 勝ち負けのルール

4.ランチェスター第一法則


一対一が戦う一騎討ち戦、狭い範囲で(局地戦)、敵と近づいて戦う(接近戦)原始的な戦いの場合は第一法則が適用します。
第一法則の結論は次の通りです。

戦闘力=武器効率 × 兵力数

実にシンプルな法則です。
同じ兵力数なら武器効率が高いほうが勝ち、同じ武器効率なら兵力数が多いほうが勝ちます。
織田信長は鉄砲という最新兵器で勝ちました。
豊臣秀吉は常に敵の数倍の兵力数で勝ちました。
敵に勝つには敵を上回る武器か兵力数を用意すればよいのです。

5.ランチェスター第二法則


近代的な戦いの場合に適用するルールをランチェスター第二法則といいます。
集団が同時に複数の敵に攻撃をすることのできる近代兵器(確率兵器という)を使って戦う戦闘方法を確率戦といいます。
第二法則が適用される戦闘は確率戦で、広い範囲で(広域戦)、敵と離れて戦う(遠隔戦) 場合です。
マシンガンを撃ち合う集団戦をイメージしてください。
第二法則の結論は次の通りです。

戦闘力=武器効率 × 兵力数の2乗

出てくる言葉は第一法則と同じです。
違いは兵力数が2乗となることです。
武器効率は変わりません。
確率戦は相乗効果をあげるから兵力数が2乗に作用するのです。
2乗とは10なら100、100なら10,000です。
とてつもなく大きくなります。
兵力が多いほうが圧倒的に有利です。
兵力の少ない軍は第二法則が適用する戦いでは勝つことは極めて困難です。

6.小が大に勝つ3原則


第一法則(一騎討ち戦、局地戦、接近戦)……戦闘力=武器効率×兵力数
第二法則(確率戦、広域戦、遠隔戦)……戦闘力=武器効率×兵力数の2乗

この二つの軍事法則から勝ち方の原則を導きだせます。
まず兵力数が多い軍は常に有利です。
特に第二法則が適用する戦いでは兵力数が2乗に作用しますから、圧倒的に有利です。

では、小が大に勝つにはどうすればよいでしょうか。
第二法則適用下の戦いでは歯が立ちません。
第一法則適用下であれば、武器効率を兵力の比以上に高めれば勝てます。
兵力数は増やせませんが、運用方法には工夫の余地があります。
局地戦に持ち込み、兵力を集中させれば、その局面においては兵力数をライバルよりも多くできます。
軍事用語で局所優勢といいます。
局所優勢の状況を維持して各個撃破していくのです。
つまり、ランチェスター法則から導き出される小が大に勝つ原則は以下の3つです。

奇襲の原則(ランチェスター第一法則が適用する一騎討ち戦、局地戦、接近戦といったゲリラ戦で戦う)
武器の原則(武器効率を兵力比以上に高める)
集中の原則(局所優勢となるよう兵力を集中し、各個撃破する)

7.ランチェスター法則をビジネスに応用する


軍事理論のランチェスター法則を企業間競争に応用します。
戦闘力を、顧客を開拓し売上を上げ利益を確保する「営業力」と置き換えます。

第一法則(一騎討ち戦、局地戦、接近戦)……営業力=武器効率×兵力数
第二法則(確率戦、広域戦、遠隔戦)……営業力=武器効率×兵力数の2乗

まず、大きく捉えるなら武器は商品力、兵力は販売力です。
細かくは、情報力、技術開発力、品質や性能、ブランドなどの製品の付加価値、顧客対応力、営業パーソンのスキルなどの質的経営資源が武器です。
社員数、営業パーソン数、販売代理店の当社担当者数、製造現場の設備機器数、売り場面積、席数など、量的経営資源が兵力です。
これら質的経営資源と量的経営資源を掛け合わせたものが企業の営業力を決定づけます。

戦闘における第一、第二の法則はビジネスにどう応用できるでしょうか。
大きく捉えるなら、特定の商品、地域、販路、顧客層、顧客といった部分的な競争なら第一法則が適用し、総合的・全体的な競争なら第二法則が適用します。
総合的・全体的な競争の場合、量的経営資源が2乗のパワーとなることを意味します。
量的経営資源の乏しい(小さい会社、業界二番手以下の会社)は、部分的な競争に持ち込まなければ勝ち目はないということです。

8.弱者の戦略、強者の戦略


ランチェスター法則が示す小が大に勝つ三つの原則から弱者の戦略が導き出されました。
弱者の基本戦略は「差別化戦略」です。武器効率を高めることです。
差別化とは商品をはじめ、会社、人材、情報、サービスの質的な独自性、優位性です。

兵力を集中することを「一点集中主義」といいます。
重点や集中という言葉も、一般によく使われていますが、ランチェスター戦略の場合は、兵力数の優位性から導かれています。
つまり、量的な優位性を築くために、自社の経営資源を重点配分することが勘所(かんどころ)です。

このほか第一法則的な部分的な戦い方「局地戦(地域や領域の限定)」「接近戦(顧客に接近する販売経路、営業活動、顧客志向)」「一騎討ち戦(競合数の少ない競争)」「陽動戦(奇襲戦法)」が弱者の戦略です。

一方、兵力数の多い企業は第二法則的な総合的な戦いを行えば、圧勝できることから強者の戦略が導き出されました。
強者の基本戦略を「ミート戦略」といいます。
弱者の差別化戦略を封じ込める意味です。同質化競争に持ち込めば武器効率が同等となるので兵力数で勝敗が決まります。
模倣、追随、二番手作戦などをミートと呼んでいます。

このほか第二法則的な総合的な戦い方「誘導戦(先手必勝のおびき出し作戦、新たな需要の創造)」、「確率戦(競合数の多い競争を重視、フルラインの品揃え、自社系列内競合など自社の力を重複化させる)」、「広域戦(地域や領域を限定せず拡大していく)」「遠隔戦(間接販売会社の力を活用、広告などの情報発信で顧客に接近する前に勝敗をつける)」、「総合主義(総合力で戦うこと)」が強者の戦略です。

9.弱者と強者の定義


ランチェスター戦略は市場シェアを判断基準にして弱者と強者を定義づけます。
強者とは市場シェア1位企業であり、弱者とは2位以下のすべての企業を指します。

市場シェア1位の企業のみが強者です。
経営規模の大小ではありません。そして、この判断は競合局面ごとにします。
商品・地域・販売経路・客層・顧客の別に分析しなければなりません。
個々にみていく理由は、弱者と強者とではとるべき戦略が180度違うからです。

市場シェア情報も乏しく自分が弱者か強者かの見極めが困難な会社もあるでしょう。
迷ったら、弱者だと判断してください。
自社調べでは自社が実態以上に大きくなりがちです。
また成長してきた新興企業は数字上強者になっていたとしても、老舗企業の格やイメージが顧客や世間に残っていますので弱者の戦略をとるべきです。
強者は弱者の戦略をとっても成り立ちますが、弱者が強者の戦略をとるのは根本的な間違いを犯すことになることからも、「迷ったら弱者」です。

弱者・強者は市場シェアで判断します。市場シェアは何%とるべきなのか、他社との差は何を意味するのか、次の第2章で解説します。

第2章 クープマンモデルと市場シェアの科学

ランチェスター戦略は別名「市場占有率(マーケット・シェア、市場占拠率)の科学」といわれます。
シェアの理論は戦争の勝ち負けのルール「クープマンモデル」から導き出されたものです。

シェアの目標値を科学的に示した世界唯一の理論です。

1.なぜB29は戦略爆撃機といわれるのか


第二次世界大戦中、米軍は学者を徴用して作戦研究班(オペレーションズ・リサーチ・チーム=ORチーム)を編成し、戦争を科学的・数学的に研究しました。
コロンビア大学数学教授B.O.クープマンらはランチェスター法則に着目し、戦争の法則を数式化しました(クープマンモデル)。

ランチェスター法則は戦闘の法則です。
戦闘開始時の兵力数と武器性能により戦闘力が定まるというものです。
戦闘条件が終始変わらなければ問題ありません。
しかし、長期的な戦いとなると戦闘条件は時間の経過とともに変わります。兵力や武器弾薬、食料などの物資は生産され補給されます。
生産・補給の概念が戦争の勝敗に大きく影響するのです。

クープマンらは戦争力を敵軍と直接交戦する戦術力と、敵の生産・補給拠点を攻撃する戦略力とに区別して捉えます。
クープマンモデルは戦略力2、戦術力1の資源配分が最大の成果をあげることを導きます。
「戦略2:戦術1の原則」といいます。戦術よりも戦略がより重要だということです。

米軍は重い爆弾を長距離運び、敵の生産・補給拠点を攻撃できる戦闘機B29を開発しました。
B29は戦術爆撃をする戦闘機ではありません。戦略爆撃機といわれる所以です。原爆を運び、爆撃したのもB29です。

対する日本軍は、真珠湾攻撃で敵の軍艦を多数撃破しましたが、軍需工場や燃料貯蔵庫などの生産・補給拠点にはほとんど手をつけませんでした。
このため米軍は軍艦を修理することができ、6カ月後のミッドウェー海戦で日本軍を破るに至るのです。

日本軍は戦術力を重視し、戦略力を軽視していたといわざるをえません。
南方戦線では敵の戦術攻撃で戦死する兵士より補給不足で餓死・病死する兵士のほうが多い始末でした。

戦略の失敗は戦術では取り返せない、と申します。戦略とは意思決定です。何をやるのか。目標を達成するためのシナリオと資源配分を決定することです。
戦術とは意思遂行です。どのようにやるか。戦略シナリオ実行の手段です。

2.市場シェアの目標値


1962年、故田岡先生は社会統計学者の斧田大公望先生と、クープマンモデルを解析して73.9%、41.7%、26.1%の市場シェア3大目標値を導き出しました(田岡・斧田シェア理論)。
後に故田岡先生は3大目標値の組合せから、19.3%、10.9%、6.8%、2.8%の4つを導き出し、市場シェア7つのシンボル目標数値を体系づけました。
これらは実務上キリのよい75%、40%、25%、などと覚えてもらっても差し支えありません。
現在のシェアの競争上の位置づけと、市場に対する影響力などの現状分析と、短期・中期・長期のシェアアップ目標を策定する際の基準値です。

3.なぜ、敵を滅ぼさないのか? 〜73.9%上限目標値〜


73.9%を確保すれば、全ての競合他社を足しても26.1%にしかならず、約3倍の差をつけることができます。
いかなる戦いも終結させ、絶対的な一人勝ちできることから市場シェアの最終目標数値として位置づけられました。

大きな市場で一社が7割を超えるケースは、ハンバーガーチェーン市場におけるマクドナルド(75%)など、わずかしか存在しません。
大きな市場でシェア7割は独占禁止法の関係もあり、現実的な目標とはなりません。

しかし、ランチェスター戦略は市場を細分化し、個々の市場で競争地位別の戦い方をすることを指導原理にしています。
商品、地域、販売経路、客層、顧客と市場を細分化していけば独禁法の影響は受けません。

それに弱者はニッチ市場を狙うことも戦略です。
ニッチ市場で7割前後のシェアを誇る企業は数多くあります。
たとえば、お茶漬けの素の市場規模は全体で150億円弱。永谷園はその76%を占めています。2位は5%程度です。

それなら100%独占すればいいでしょうか。
一社独占は必ずしも成長性・収益性・安全性が高いとはいえません。
シェア100%はライバルがいない無競争です。市場が縮小し、成長性が高いとはいえません。
競争があるから各社、製品開発や営業活動などを行い需要が活性化され市場が拡大するのです。

次に収益性です。
シェア7割を超える会社は既に優良な顧客を確保し尽しています。
一般に需要規模が小さすぎる先、移動効率が悪い先などが残ります。
また、世の中には筆者のような判官びいき(弱者を応援する気風の持ち主)がいるものです。
そんなアンチ派にまで支持を広げるのに開発・販促・営業コストをかけるべきとは思えません。

100%独占は安全性が高いともいえません。
メーカーが材料や部品を調達する場合、1社からしか調達できないと、仕入れるメーカーにとってはリスクですから、代替品を探すのではないでしょうか。
その代替品によって市場そのものを失う恐れもあります。
また、ランチェスター戦略では弱者は一騎討ちで市場参入せよというセオリーがあります。
1社独占ならライバル1社ですから勝率五割。弱者の狙い目となってしまいます。

以上から、100%独占は決してよい状態とはいえません。
ライバルがいて、しかも強すぎず、束になってかかって来ても余裕で返り討ちにできる3倍のシェア差がある73.9%こそが、成長性・収益性・安全性が最も高まる上限の目標値となるのです。

4.首位独走の条件〜41.7%安定目標値〜


シンボル目標数値のなかで最も有名なのが41.7%安定目標値です。市場シェア40%は首位独走の条件です。

安定なら過半数の51%ではないかと思われるかもしれません。
2社間競合なら51%を獲得してもライバルが49%なので安定とは言えず、73.9%を確保しなければなりません。
しかし、全国区の総合的な競争では2社間競合は稀です。
多くの業界は5社以上の競合があるので、40%でまず間違いなくダントツになれます。

ダントツになれば成長性・収益性・安全性が高まります。
2位以下は消耗戦を仕掛けても太刀打ちできないので住み分けを意識するようになるからです。
40%を下回ると1位であってもダントツとはいえないケースが増えます。アサヒとキリンが38%前後で拮抗していることが典型例です。

5.首位独走の条件〜41.7%安定目標値〜


26.1%を確保すれば多くの場合、1位すなわち強者になります。
分散市場ではそれ以下であっても1位のケースもありますが、その多くの場合は2位とは僅差の1位ではないでしょうか。

いつ逆転されてもおかしくない状況では1位といっても強者の戦略がとれない場合が多いでしょう。
1位であればせめて26.1%は確保すべきです。
そこから26.1%下限目標値が定義されました。下限とは強者の最低条件という意味です。

26.1%以上を確保すれば、仮に残り全てが合併しても73.9%を下回ります。
その差は3倍未満です。これなら何とか生き残れます。
が、残り全てが合併して73.9%を上回ると、対抗できません。
26.1%は、どんなことがあろうとも生き残ることのできる競争地位を示します。

6.分散市場での四つの目標値~19.3%、10.9%、6.8%、2.8%~


以上の73.9%、41.7%、26.1%がクープマンモデルから直接導き出したシェアの三大目標値(田岡・斧田シェア理論)です。
後に、現実のシェア競争はもっと分散しているケースも多いこと、また、26.1%に到達するまでのマイルストーンが必要との実務上の要請から、故田岡先生が次の四つの目標値を付け加えました。

・19.3%(上位目標値)26.1%×73.9%と算出
19.3%(≒20%)を確保すれば、多くの場合上位3位以内に入れるでしょう。20%は弱者が当面の目標とすべき数字です。ここまで来れば1位の背中が見えてきます。戦略を1位獲得に転換します。分散型市場では1位のケースもありますが、極めて不安定です。

・10.9%(影響目標値)26.1%×41.7%と算出
新製品発売時の当面の目標になることから、俗に「10%足がかり」といいます。10.9%(≒10%)を確保すれば、市場全体に影響を及ぼす存在になります。10%未満では強者からすれば相手にする大きさではありません。10%を超えると、本格的な競争に突入するということです。

・6.8%(存在目標値)26.1%×26.1%と算出
6.8%(≒7%)を超えると、市場に存在が認められます。一方、影響を及ぼす力はないので本格的な競争には巻き込まれません。ひたすら自社製品の普及に取り組めばよい時期です。発売から時が流れても7%を超えないようなら勝ち目はありません。撤退の判断基準にも使われます。

・2.8%(拠点目標値)6.8%×41.7%と算出
2.8%(≒3%)は市場参入時に、参入できたか否かを判断する第一の判断基準です。3%→7%→10%が市場参入のマイルストーンです。10%を超えると本格的な競争に突入します。

・細分化して26.1%を目指せ
参入して時間が経過してもシェアが低い場合は、市場全体でシェアを上げていくことよりも、市場を細分化して、細分化したセグメント(部分市場)で26.1%の1位をとることを考えるべきです。商品、地域、販路、用途、顧客内シェアなど26.1%をとれそうになるまで細かくすることです。

26.1%の1位セグメントを一つずつ増やすことで、結果として全体を上げていくと考えます。
戦略とは狙い撃ちなのです。ただし、全体で集計する必要もあります。四つの目標値は全体集計する際に使います。

7.射程距離理論 三:一(さんいち)の法則


ランチェスター戦略以外のシェア理論で役立つのが「相対市場シェア」概念です。
自社と最大のライバルとの比率のことです。
例えば自社が2位20%で1位が30%だと自社の相対シェアは0.67(30分の20)です。
自社が1位20%で2位が15%なら自社の相対シェアは1.33(15分の20)です。
同じ20%であってもライバルが何%であるかによって力関係は全く異なり、立てる戦略も変わります。
他社との差を分析する方法としてランチェスター戦略では三:一の法則(射程距離理論ともいう)があります。
上限目標値73.9%と下限目標値26.1%を足すと100%。
その比2.83≒3倍。2社間競合の場合、敵の3倍差をつければ勝敗は決することを示します。
常に三人一組で一人の敵と戦った赤穂浪士の討ち入りでも示された軍事上の常識です。

ただしこれは、ランチェスター第一法則適用下の場合です。
全国や地域のシェアなどは第二法則適用下なので、2乗して3倍になるルート3倍が射程距離となります。
約1.7倍、5:3の比率です。

射程圏内か圏外かにより、上位に対しては逆転可能なのか当面は困難なのか、下位に対しては安全圏なのか、いつ逆転されてもおかしくない状況なのかを見極めます。
短期・中期・長期のシェアアップ目標設定に反映させます。

8.競争パターンの4類型


シェアの三大目標値と射程距離理論を掛け合わせると、同業者の競争パターンは次の四つに類型できます。

・分散型 ①1、2位間、2、3位間などの上下の差がルート3以内、
②1位が下限目標値26.1%以下
・3強型  ①1位が2、3位の合計以下で、1〜3位の差がルート3倍以内、
②1、2、3位の合計が73.9%以上
・2強型  ①1、2位の差がルート3倍以内、②1、2位の合計が73.9%以上
・1強型  ①1、2位の差がルート3倍以上、②1位が安定目標値41.7%以上

時間の経過とともに大手寡占化が進むのが世の常です。
一般に分散型→3強型→2強型→1強型と推移します。
現在の競争パターンを知ると近未来を予測できます。
現在3強型の3位なら、2強時代に負け組になる可能性が高いので、今のうちに2位を確保すべきです。
このようにシェア類型もシェアアップ目標を定めるときに意識します。成熟市場で大切なのは「敵」の設定です。

第3章 ランチェスター戦略 三つの結論

1.勝ちやすきに勝つ~「足下(そっか)の敵」攻撃の原則〜


成熟市場において売上・利益・シェアを上げるには同業他社から顧客を奪うしかありません。
「どのライバルからでも、同業者はすべて敵なので、すべてから奪う」と考えては、確率戦となり体力が消耗するわりに得るものが少なくなります。
敵を定めて狙い撃ちすべきです。では、どの敵から奪うか。
答えは、足下の敵です。
足下とは1ランク下です。
自社が1位であれば2位、2位であれば3位です。
「足下の敵」攻撃の原則といい、ランチェスター戦略三つの結論の一つです。
 
・トヨタ、日産、ホンダのケース

自社よりも上を狙うのは危険です。第2章の8で2位はジリ貧と言いました。
かつての日産が衰退したのはトヨタに張り合い過ぎたことが最大の原因です。
張り合うとは同質化競争(ミート戦略)です。
武器効率が1になれば、兵力数で優る上位企業が有利です。

ランチェスター戦略では2位は弱者と定義していますが、一般に2位の企業は自社を弱者とは思っていません。
強者だと意識しているものです。
特に日産は名門企業でしたから、その意識は強いものでした。
しかし、弱者、強者は市場シェアの問題であって規模や歴史や格式は関係ありません。

裏を返せば、下位企業と同質化競争をすれば有利に戦えます。日産はホンダにミートすればよかったのです。

・大正、第一三共、武田のケース

市販の風邪薬市場のケースです。
05年、3位9.3%の武田薬品ベンザは「あなたの風邪に狙いを決めて」をキャッチコピーに発熱、のど、鼻の症状別に3種類の風邪薬を市場投入しました。
差別化戦略です。

これに対し2位13.3%の第一三共ルルは、長年使い続けたキャッチコピー「くしゃみ3回、ルル3錠」を「熱、のど、鼻にルルが効く」に変えました。
ベンザでは風邪薬代が3倍かかり、ルルなら一つで全部に効きます、という意味のコピーです。
弱者の差別化を無効にする、これもミート戦略です。

結果、06年、第一三共は14.4%にアップし、武田は9.5%と微増にとどまりました。
ちなみにダントツ1位の大正製薬は33%から29.5%にダウンしました。
3位の仕掛けに2位が封じ込め作戦で対抗し、1位が我関せずと動かなかった結果です。

自社よりも下位を叩くなら足下より、さらに下位のほうが叩きやすいですが、その間に足下が浮上してこないとは限りません。
射程距離が大切ですので、優先すべきは足下です。

ただし、いかなる場合も足下を叩けばよいということではありません。
伸び率、企業規模などを踏まえて応用してください。
大切なことは敵を絞ることです。
一方、頭上の敵に対しては、その動きを把握し差別化しなければなりません。

2.日本で2番目に高い山を知っていますか?~ナンバーワン主義~

日本で1番高い山が富士山であることを知らない人はいません。
では、2番目に高い山をあなたはご存知でしょうか? 
答えは南アルプスの北岳ですが、十人に一人も知りません。ご当地の山梨・長野にゆかりがあるか、山が好きな人に限られます。

1番と2番とでは埋めがたい大きな差があります。
ビジネスも同じです。
1番でなければなりません。
1番だけを強者といい、2番以下は弱者と呼ぶゆえんです。

ただし、1位といえども2位以下との差が少ない2強、3強、分散型という射程圏内にライバルがいる状況だと、不安定な1位です。
下位企業もなんとか逆転したいと挑戦し、激しい消耗戦が繰り広げられ、お互いに収益性が高まりません。

2位以下を射程圏外に引き離すダントツになったら、どうでしょうか。
2位以下はダントツと張り合っていたら体力的にもちません。
全面対決を避け、住み分けを意識します。戦いは終結に向かい、地位は安定し収益性は格段によくなります。

2位以下を射程圏外に引き離すダントツのことを、ランチェスター戦略では単なる1位と分けてナンバーワンと定義しています。
射程距離はルート3倍(約1.7倍)を標準とします。
2社間競合や客内の単品シェアのような局地戦の場合は3倍を適用します。

営業目標にゴールを設定するならば、それはナンバーワンのシェアです。

3.弱者がナンバーワンになる方法 〜一点集中主義〜


いかにしてナンバーワンになるか。既に1位の強者は「足下の敵」攻撃の原則で2位を叩きます。
たとえば自社が1位でシェア30%、2位が25%だとすると、その差は5%です。
2位からシェア5%を奪い取れば、自社は35%にアップし、二位は20%にダウンします。
その差15%となり、ルート3倍の射程圏外です。ナンバーワンとなります。

では弱者はどうすればよいのか。
ナンバーワンなんて、弱者には夢のまた夢、と思うかもしれません。
確かに全体で勝つのは至難の技。一部分で勝つことを考えます。

特定の地域、販売経路、客層、顧客、そして商品。領域を細分化すれば既に1位の分野があるかもしれません。
1 位ではないが逆転可能な射程圏内に入っている分野なら、探せばきっとあるはず。
そこを狙うのが弱者のナンバーワンづくりです。
一点集中主義といいます。集中すべき分野を決め、どのライバルよりも量的経営資源を投入します。

ナンバーワン主義、「足下の敵」攻撃の原則、一点集中主義をランチェスター戦略三つの結論と呼びます。

第4章 ランチェスター戦略の四つの実務体系

1.営業現場単位の戦略づくりに


ランチェスター戦略は大きな会社の本社の戦略スタッフが全社レベルの経営計画や販売戦略を立案する際にも使われますが、最もよく使われるのは営業現場単位での戦略づくりです。
世にある様ざまな戦略理論や経営手法は戦略は本社が考え、現場は実行するのみというものが多いようです。
これに対して、ランチェスターは顧客最前線の営業現場にこそ戦略が必要であるという考えです。

というのも弱者・強者、シェア順位は商品・地域・販路・顧客によって入れ替わります。
会社が大きいからといって強者とは限りません。
逆に小さいからといって必ずしも弱者ではありません。
営業現場単位で市場地位を見極め、地位に応じた戦略で戦うべきです。
同じ会社でも営業現場単位で戦略を切り替える必要があります。

70年代以降、多くの企業がランチェスター戦略を営業現場単位で取組んできました。
ランチェスター戦略が「ブランチ(支社・支店)の戦略」「汗の匂いのする戦略」ともいわれるゆえんです。

ランチェスター戦略の実務体系はメーカーや卸・販売会社の営業現場の「地域戦略→流通・シェアUP戦略→営業戦略」が最も多く取り組まれてきました。
小売など地域に根ざした店舗型サービス業は「地域戦略」中心に。
事業開発・商品開発部門では「市場参入戦略」に取り組んできました。
以下に各実務体系をダイジェストで解説しましょう。

2.市場参入戦略編


3以降で解説する地域戦略、流通・シェアUP戦略、営業戦略は既存事業を深耕していく実務体系で、成熟市場が前提となっています。
しかし、企業には市場導入期、成長期の事業もあります。
導入期・成長期では先発・後発によっても戦略が異なります。
この市場時期別の戦略の体系が市場参入戦略編です。
商品開発、市場開拓、新規事業などの経営レベルの実務です。

3.地域戦略


地域戦略は営業地域(メーカー・卸のテリトリー、店舗の商圏)を細分化し、重点化し、シェアナンバーワン地域をつくっていく実務です。
地域全体での市場地位に応じて重点地域の選択基準が異なることが勘所(かんどころ)です。
市場規模、市場シェア、人口、世帯数など、地域を定量的にみるのみならず、地域特性(点・線・面、うちもの・そともの、など)を定性的にとらえる独自のノウハウが充実しています。
ランチェスター戦略の原点は軍事戦略理論。
戦争とは地域の奪い合いです。
この原点との親和性が高く適用事例も多い。
ターゲット地域を決定する “ランチェスターの華”といえる実務です。

4.流通・シェアUP戦略編


流通・シェアUP戦略は販売チャネルをとらえて、営業活動でいかにシェアを上げていくのかの実務です。
間接販売(販売会社を通じてユーザー・消費者に販売する)の場合は、代理店・特約店戦略。
間接販売の場合はチャネルとユーザー、直接販売の場合はユーザーの需要規模と顧客内シェアから顧客を戦略的に格付ける「ランチェスター式ABC分析」を行います。
また、カバー率とAa率(大口需要先のなかでの自社メイン先の割合)からシェアUPのシナリオを導く「構造シェア」という概念もあります。
ターゲット顧客を決定する“ランチェスターの要(かなめ)”といえる実務です。

5.営業戦略編


営業リーダーが営業チームを、あるいは営業パーソンが自分自身をいかにマネジメントしていくのかの実務です。
スキルやモチベーションなどの戦術レベルよりも、顧客別の営業の方針や商談の頻度などを最適化していく戦略レベルに重点を置いています。
ルートセールス型、案件セールス型、新規開拓など営業方法別の営業マネジメントの勘所(かんどころ)をおさえます。
決めたターゲットをいかに攻略するのか、“ランチェスターの実(み)”といえる実務です。


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