特例法,再び

性同一性障害と診断され,手術を受けずに戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう申し立てた当事者に対して広島高等裁判所が変更を認める決定を出した2024/7/10の裁判.報道各社が一斉に発表するとTLは予想通り賛否両論の様相を呈したのであるが,思いのほか多く見受けられたのはmtf当事者からの反対の声と司法・立法を同一視した懸念の声であった.

これまでの背景

性同一性障害者の戸籍上の性別変更に関する法律”性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律”(以後,特例法)はこの性別変更に5つの条件を課している.

第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
 十八歳以上であること。
 現に婚姻をしていないこと。
 現に未成年の子がいないこと。
 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること.
 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0100000111_20220401_430AC0000000059

この条件のうち,4と5の手術を必要とする要件(俗に手術要件)に関して,これまで憲法上の争点として裁判が行われてきた.


このうち生殖機能の手術については,この当事者の申し立てを受けて最高裁判所が去年(2023年)10月,体を傷つけられない権利を保障する憲法に違反して無効だという判断を示した一方,外観の手術(所謂”外見要件”)については最高裁が審理をやり直すよう命じ,広島高等裁判所で審理が続いていた状態にあった.

今回の広島高裁における判決では,倉地真寿美裁判長は外見要件の正当性を認めつつも,手術が常に必要ならば、当事者に対して手術を受けるか、性別変更を断念するかの二者択一を迫る過剰な制約を課すことになり、憲法違反の疑いがあると言わざるをえない」と指摘し,「違憲の状態にある」と判決を下した.

違憲の判断

この手術要件において,争点となるのが日本国憲法13条である.

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION

一般には幸福追求権として,憲法の中でも重要な柱である.
特例法の手術要件は,性同一性の上で「自認の性別で生きようとする幸福追求」に身体の侵襲を迫るものであるから,違憲(違憲の状態)とする判断だ.

これに関しては,思慮する点は多かれども至極まっとうな判断なのではないか.旧優生保護法の裁判においても争点となったが,この構図自体は全く変わりない.自認の性別で生きようとする以上,法的に性別を認められることは幸福追求において十分認められる行為であり,殊更に生殖器手術に関して,最高裁が全員一致で違憲判決を下した功績は大きい.

懸念

しかしながら,諸手を挙げて喜ぶべきでもないようだ.
2023年10月の最高裁判決,そして2024年7月の広島高裁の判決においても触れられたのが社会的影響である.

法的にトランス男性が女性と認められれば,例えば銭湯や更衣室,トイレにおいて女性専用のスペースに立ち入ることが可能である.これに関して,手術のない男性が女性を名乗って立ち入ることができる状態は「女性の権利の侵害」であると.

これも尤も異論のない違憲である.勿論,性同一性障害の人間が民法に言うところの「善意」であると考えたいが,実際にはそうではなく,そういった「性同一性障害ゆえに女性を名乗る男性」が女性に対して性被害を及ぼさない,とは残念ながら言い切れない.

更に言えば,こうした可能性を孕んだままにして前例が作られてしまえば,他の性同一性障害の男性が同様に「性犯罪者集団」などという偏見をもって語られてしまう可能性も考え得る事態である.

実際,Twitterなどでは,多くのmtf男性がこうした事態に懸念を感じ,非難をする姿勢が見受けられた.

実際,広島高裁においては外観の要件について「公衆浴場での混乱の回避などが目的だ」などとして正当性を認めている.司法は実際に起こりえる社会的な副作用を視野に置いたうえで違憲と判断しているのは少し安心できる.

そのうえで,「他者の目に触れたときに特段の疑問を感じない状態で足りると解釈するのが相当だ」と指摘し、手術なしでも外観の要件は満たされるという考え方を示した迄であり,その上で,当事者がホルモン治療で女性的な体になっていることなどから性別変更を認めている.

果たしてこれは,適切なのだろうか?

今回の例はこの要件について高裁の根拠は「自分の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心,嫌悪感を抱かされることのない利益を保護しようとしたものと考えられる」と指摘し,目的には正当性があるという判断にある.一方で,「要件は比較的幅のある文言を用いている.体の外性器にかかる部分に近い外見があるということで足りるとも解釈できる」との見解を示したのだ.

未だ,これは「違憲の状態にある」という判断であり,「違憲」ではない.議論の余地は十分に残されているのではなかろうか.この判決は,該当の男性が,女性にたいして何らかの権利の侵襲を犯さない善意のもとに成り立っているし,「ホルモン剤治療を行っている」という理由からその外見要件の要求を担保している.

果たして,これに「完全に」納得できる人は何人いるのだろうか.



私は今回の広島高裁の判決を支持する.
これに関しては間違いがない.

問題は,こういった背景をカバーするほど行政,立法の足並みが追い付いていないことにある.あまりにもこうした社会現象に対して知識も余裕もないのだ.

批判意見には,「ならさっさと同性婚を認めろ」とかそういった立法と司法をはき違えた意見も見受けられた.同性婚に関してはすでに5つの裁判で違憲だとされている.立法がまだ追い付いていない.

民意もさることながら,司法は憲法と照らし合わせて,当然に国民が保障されるべき権利を保障されるように「判断」をすることにあり,法は社会的な利益不利益を鑑みて「落としどころ」をつけようとするものなのだ.

今すぐに,どちらがいい,これがダメとハッキリすることは不可能だろう.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?