発作

夏になると和食が如何にも恋しくなってくる.
いつだって和食というのは著しく美味しいものだ.短期留学先のオーストラリアのハッシュドポテトも,フィッシュアンドチップスも,カンガルーの肉も,パスタだって,そしてフィッシュアンドチップスなどと云う帝国主義がブリテン島からせっせと「輸出」した料理の何よりも,羽田空港で食べたサバの味噌煮定食(生卵付き,¥980)が感極まるほどに美味であったのは言うまでもない.

しかしながら,如何にも和食に恋い焦がれ無償に食べたいと思わせるのは夏なのだ.いや,冬場は西洋かぶれな食生活をしているのは確かで,クリスマス前には決まってStollenとGlühweinを楽しみ,ペペロンチーノを愛し,朝にはFull breakfastをあつらえて「丁寧な暮らし」とか言ってTwitterに投稿して承認欲求を満たして居る.
これがなぜか初夏を過ぎたころから,嗜好が変わりだす.思い浮かべるのは蕎麦,うどん,鮎,千枚漬け,豚汁なんてのもまた乙なもので…この茹だるような,あからさまに蒸し焼きにしてくる夏には,西洋のお食事なんて食べる気にもならなくなってくる.

冷や汁なんてものも好いもので,昨今の令和物価で少々値上がりしつつある茗荷を惜しげもなく沢山刻み,葱と胡瓜,あと軽く焦げ目がつくまで炙った鯵なんかでもって冷や汁をこしらえて素麺を楽しむ.なんという贅沢.これほど夏を象徴する食べ物もなかろう.

あんまり夏場に向かうところもないものだが,錦の市場でたたき売りにされている鮎や鯉の洗い,あとウナギなんてのも捨てがたい.やはり川魚は錦の「のとよ」さん以外ありえないのではないか.あの鮎の胡瓜やメロンのような魚とも思えないさわやかな香りがすると初夏を感じるのだ.これに軽く塩を振って、グリルでも十分だ、弱火で脂を軽く落とすくらいにじっくりと焼くと、もうその柔らかい白身とすっきりとした苦味のある肝が癖になって一度に二尾くらいは食べてしまうのが常。

夏酒だって楽しみで,そのほとんどが清酒,つまりは精米歩合もそこまで良いものでもないような安値の酒ながら,腕のいい老舗蔵元が作る夏酒は筆舌に尽くしがたい絶品なのだ.推しの酒造さんで名を挙げるなら,京都松井酒造さんの神蔵「南風HAE」,福井は黒龍酒造さんの「黒龍 夏しぼり」,灘の辰馬本家酒造さんの「白鹿 すずろ」,あとは栃木から天鷹酒造さんで九尾「Alc.9% 純米吟醸 無濾過原酒」.淡麗ですっきりとしつつも、やはり蔵元ごとにそれぞれ香りや旨みで個性が出る。メロンみたいな上品な吟醸香と刺すような酸味が心地よくて堪らない。そもそも「夏酒」なんて代物が流行りだしたのはほんの20年前ほどだそうで,伝統とかそういうのとは絡みがないにしてもこうやって季節に応じて日本酒というものが愛されているのはなんだか嬉しいもので.

和菓子なんてのも良いね.あんみつ,羊羹,練り切りも好きだ.
亀屋良長さんの羊羹「夏祭り」は金魚が泳ぐ涼し気な棹物で,あんまりにも可愛いし奇麗だからこれを夏に買いに行くのが楽しみで仕方がない.

卒ゼミや,バイトなんかでもう腕が絡まったまま縺れて倒れこんでしまいそうな忙しさなものだから,頭痛を抱えて自分のために一汁三菜,丁寧な暮らし~とかほざいてる精神的な余裕も,金銭的な余裕もない.カフェインと糖分でなんとかドーピングをして,明日の健康を害してまで今日を取り繕うとしているのだから,料理なんてもってのほかである.そんな具合で米に醤油と三温糖をぶっかけて「血糖値と血圧を倒れないぐらいには担保できる!!素晴らしい発明だねぇ!!!!!」とか言って跳ね回っていたら涙出てきた.

青もみじの見ごろが終わって,紅葉も過ぎて,もうなんだか寒いね,なんてころ合いになると,この和食発作は収まり,おとなしくペペロンチーノを啜りだす.朝方には読まなきゃならない論文なんかを抱えて,駅のスタバで「今日のブレンドで,ホットコーヒーのショートを一つ」なんて注文をする冬の朝が日常になってくる.どうやら僕は季節感を食べ物で,それも和洋と,嗜むシチュエーションをもってして感じ取っているのだろうか.
今年の冬はもう少し和食を食べてみようか.汁物が最高だろうね.おでんとか,牛鍋も捨てがたい.加賀の「とり野菜みそ」の鍋なんかは,寒々しいころ合いにはちょうど良い肴になるんじゃないか.

兎に角和食が食べたい.和菓子も食べたい.ああ如何にも恋しい.
さて,今日の夕飯は何にしようか.こうやって食事のクオリティ向上意欲を持て余してなお,脳裏にはマクドのダブルチーズバーガーのセット(ポテトLサイズ)が居座っている.


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