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なるべく動物園、毎週ショートショートnote

「この場所、ついに売り出すことになったんですね」
古く小さな空き店舗。その店内は殆ど片付けが終わっていて、がらんとしていた。
「ああ、長らくは火の車だったんだが、先週、いやもっと前だったかな、ついに畳むことになったんだよ」
オーナーは頭の後ろを掻きながらそう言った。俺は今日、販売員としてこの場所を審査しに来たのだが、目立った舗装箇所も見当たらないし、この分だと直ぐに買い手は見つかりそうだ。
「何か、入るテナントに希望等はありますかね?」
一応聞きはするが、大体相場は決まっている。元はパン屋だったと聞くから、その系統辺りを望むのだろう。
「うーん、そのことなんだけど。なるべく動物園というのはどうかなぁ」
「へっ? 動物園......ですか?」
「駄目かなぁ、やっぱり」
「いや、駄目というより無理ですね。こんな小さな場所じゃあ動物なんて、犬や猫が相場でしょうね」
それでも数頭しか入らないだろうが。
「君、それじゃあ動物園というよりペットショップじゃないか」
だからそう言ってるだろうが! そう叫びたくなる。ただ俺もプロ、貼り付けていた笑顔を崩しはしない。
「そんなチャチな動物じゃなくてさ、キリンとかカバとかゾウとかさぁ。ほら分かるだろ? 子供が喜びそうなやつだよ」
困ったようにそう呟くオーナーに、俺は空いた口が塞がらない。まさか本気で言っているのかこの人は。だとしたら、少なくともまともな思考では......
 その時、店の奥から一人の子供が駆けてきた。小学校低学年くらいだろうか、オーナーの膝にしがみつくと、俺のほうをじいっと見つめてくる。   
 そういうことか......。全てを理解した俺は、名刺をテーブルの上に置くと、馬鹿らしいという風にその場を去った。あのオーナーに少しだけ同情しながらも、子供の無垢な残酷さに嫌気が差して。


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