兄、解雇される

お兄ちゃん明日から施設に行けないのよ。

 母からさっき連絡を受けた。
もう切り替えたけど、と言って話す母の声は完全に切り替えられていない声だった。

兄は最重度の知的障がいで自閉スペクトラム症。30歳。「うー」とする。
私は去年休学した美大の大学院生。25歳。妹である。

 うーの通っていた施設は自宅の近くで、彼が幼少期のころからショートステイなどで通っていた施設だった。私も幼いころ、父や母に着いてうーを迎えに行った記憶がある。幼児の私にとって、絵本やおもちゃがある、楽しい場所であった。 今の私がみると古びた絵本とおもちゃは哀愁を感じてしまうものだ。

 養護学校を卒業したうーは、馴染みのあるその施設に入所が決まった。しかし入所して10年、馴染めていなかった。ここ数年では自傷&他傷が増え、母を中心に兄の支援について話し合いの場が増えていた最中だった。女性のバイトの職員さんを、はがいじめをしてしまったらしい。
幸いなことに傷はなかったが、トラウマを植え付けてしまったようで、今回の解雇が決まった。

うーが悪いのだ。完全に。
 人に手を出してしまった時点でこちらは謝るしか手がない。相手の傷が癒えることを祈るしかない。
 これはギリギリまで耐えた彼の最後の手段、コミュニケーションで、彼にはこれしか選択肢がなかったのだと思う。私は去年大学院を自分の意思で休学したが、うーそれができない。いつも監視され、ほとんど全ての行動を「普通はこうする」ように訂正される。
 「普通」に苦しめられるマイノリティの苦しみを、マジョリティの岸辺から眺めている。(私も25歳・美術系大学院生・特に就職の予定はなし、世間からみたらお前もな、という仕上がりである。)

 うーという、「人間」を知りたい。そして私は彼から受け取ったことを発信したい。絵でも、文章でも。ギリギリで繋がっていた社会との縄が切れてしまったことを、きっかけにさせてもらおう。
 妹として産まれた時からお題をもらっている。父とも母とも違う、責任のない立場で。私はついてると最近は思う。

 今日は土井善晴先生と実際に会い、講義を聴けるチャンスだった。写真とサインをもらって、「今日の料理で観た、硬揚げ焼きそばは家でよく作っています」と言うつもりだったのだが、駅そばを食べて帰宅しようと思う。



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