見出し画像

暑さ寒さも彼岸まで、ようやくヒガンバナの季節 ヒガンバナに対する認識の変化と受容 by 前中久行(GEN 代表)

 ======================
 ヒガンバナは中国原産で、農耕とともに日本に伝来した植物といわれています。しかも三倍体で種ができないために株分かれや分球で日本列島に広がったのです。今では秋の風物詩として大きな関心を持たれていますが、かつては忌避された植物であることを知っている人は今ではすくないと思われます。海を渡り来たって拡散し、現時点のように広く人々に受け入れられるようになったヒガンバナの永い旅路を想うとロマンを感じます。
 ======================
 暑さ寒さも彼岸までといわれますが酷暑日の連続だった今年の夏がようやく終わったようです。お彼岸というと私が連想するのはおはぎではなくて植物のヒガンバナです。ヒガンバナが生えている場所が気になって9月の上旬から度々様子を見に行きました。自宅のほんの近くです。稲刈りに備えてすでに草刈りされている場所を見てもつぼみの先端が土からなかなか姿をみせてくれませんでした。暑さのせいか今期は成長が遅れているようでした。中旬になってようやくつぼみが出はじめました。9月24日時点では写真のような状況です。開花している茎の密度も低いように思います。ただしまだ発芽中のつぼみも多数残っています(写真左)。今年は開花がそろわず開花時期がばらけるようです。例年なら全面真っ赤になる場所もまばらな開花状況です(写真右)。

 ヒガンバナは中国原産で、農耕とともに日本列島へ伝わったといわれています。同じような植物として、シャガ、ヤブカンゾウ、オニユリがあります。日本列島にあるこれらの植物は三倍体です。偶然なのかそうなる理由があるのか不思議ですね(オニユリは対馬には二倍体が存在します)。三倍体なので種は実りません(稀に実ることもあるようです)。種ができませんので、株分かれや球根の分球でしか増えません。増殖において遺伝子の交換はありませんので親株と子株は遺伝的にまったく同じクローンです。このため株や球根による変化が無く、同じ時期に、同じ草丈、同じ色で花が咲きます。ヒガンバナの開花が目立つのはこの斉一性にもあるでしょう。日本列島のヒガンバナが単一クローンなのか複数のクローンなのか知りたいものです。もし単一のクローンだとすると人間の手助けがあったとしても海を渡り来たって営々として日本列島に拡散したことになります。ヒガンバナの旅路を考えるとロマンが湧きます。
 
 当然のこととして中国にはヒガンバナが自生しています。残念ながら私は中国でヒガンバナを見ていません。大同市や張家口市蔚県が含まれる華北地方にはヒガンバナが分布していないのです。長江より南にもいったことがありますが葉や花のある時期ではなくヒガンバナは地中で休眠していて見ることができません。中国には三倍体のヒガンバナ(Lycoris radiata var. radiata)と二倍体の変種(Lycoris radiata var. pumila)があります。NHKの朝ドラで関心が高まっていますが植物の押し葉標本は植物分類の基本資料です。中国では植物標本の整理保存と情報公開が進んでいます。「中国数字植物標本館」(日本の漢字で検索できます)というインターネットデータベース(https://www.cvh.ac.cn/)があり、その検索蘭に植物名(中国簡体字。ヒガンバナの中国名は“石蒜”)あるいは学名をいれると中国に存在する植物標本の情報を見ることができます。植物名の他に、省や市、花や果実の有無、採取地の標高、採取年などを指定して該当する標本を検索することができます。あるいは「中国数字植物標本館」を経由しなくてもURLがわかっているとそれを直接ブラウザで指定することもできます。興味がある方はhttps://www.cvh.ac.cn/spms/detail.php?id=01d99c72 をご覧ください。表示された画像はLycoris radiata var. pumilaの果実付き標本画像です。Lycoris radiata var. pumilaの実付きの標本はこれ一つだけのようです。Lycoris radiataで検索すると850件の標本があり、果実付きは152件となりました。個別に標本画像を見ていくと大きな果実を付けた標本は多くはありませんが、中国には果実を付けるヒガンバナが存在することは確かめられました。
 
 中尾(1986)は、「花と木の文化史」で、人間の花に対する美意識について論じています。拒否される植物の例として「たとえば日本のヒガンバナは、人家付近に多く、華麗な花が咲きますが、今まで日本人はそれをむしろ嫌い、庭に植えたりしていません。これは言うまでもなく、ヒガンバナの花に(秋の彼岸に墓参りに行くと墓地で咲いていた)死者と関連づけて一つの意味づけをして険悪の感情をもったからです。」、「欧米人は、すなおにヒガンバナの美しさを感じ、その球根を日本から輸入して庭園で栽培しています。最近は日本でもすなおにヒガンバナを美しいと感じる人がでてきたようです。」と述べています。最近この傾向はさらに進み田園風の公園などではヒガンバナが大量に植栽されています。TVの季節の話題としてヒガンバナの開花状況が伝えられています。かつて忌避された理由や忌避されたことは忘れられようとしています。有毒植物であるという忌避の感情は少し残っていますが、価値観が150度程度は変化したのではないでしょうか。


いいなと思ったら応援しよう!