見出し画像

海の汚れと食料 by 小倉亜紗美(GEN世話人、呉工業高等専門学校准教授)

======================
豊かな海とは、どんな海でしょうか?汚れが少ない海でしょうか。私たちが汚れと思っているものの中には海の生物の成長に欠かせない栄養も含まれています。瀬戸内海では、あえて汚れ(栄養)を多く流す取り組みも始まっています。
======================
 呉工業高等専門学校の小倉亜紗美です。
今回は海の汚れと食料についてのお話です。
 
海の環境問題といえば、海洋プラスチックごみの問題や福島第一原子力発電所のALPS処理水の問題が世間の注目を集めています。これらの問題はとても重要な問題で、世界中で様々な議論や取り組みが進められていますが、今日は世界の中でも日本の瀬戸内海に注目してみたいと思います。
 
瀬戸内海では、海の貧栄養化が大きな問題になっています。
海苔の色落ちやアサリの漁獲量が減少したというニュースをご覧になられた方も多いと思います。
これらに関係しているのが海の汚れ、すなわち海水に含まれる窒素やリンなど(栄養塩類)の量なのです。
 
2022年に瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸法)が一部改正(2023年4月1日施行)されたのをご存じでしょうか。
この法律は元々「瀕死の海」とも呼ばれるほどに水質汚濁が進行した瀬戸内海の水質を改善することを目的として1973年公布された法律で、瀬戸内海に流入する汚れ(COD)の総量を規制するという厳しい制限を設けたこともあり、一部の海域を除き、その水質は一定程度回復しました。
 
しかし近年一部の海域において、先述した海苔の色落ち等の水産業への悪影響が指摘されるようになってきました。
そこで、2015年の瀬戸法改正では、「豊かな海」を目指すこと、「海域ごとの実情」に応じて施策を行うこと等が盛り込まれました。
 
そして、2022年の法改正では、「気候変動」の観点を基本理念に加えるとともに、新しい時代にふさわしい「里海」づくりを総合的に推進するため、府県知事が一部の海域への汚れ(栄養塩類)の供給を可能にするという改正が行われました。その他にも温室効果ガスの吸収源(ブルーカーボン:海洋生態系による炭素固定)や生物多様性の保全にも貢献するとして注目が進む藻場・干潟等について、再生・創出された区域等も保全地域として指定できるようにする、そして海洋プラスチックごみ等の除去・発生抑制等の対策を国と地方自治体の責務とするという改正も行われました。
(瀬戸法改正について:https://www.env.go.jp/water/heisa/setonaikai_law_rev.html)
 
これらの改正により、海に栄養塩を供給するために、下水処理場の処理のレベルを下げて排水するという取り組みが少しずつ始まっています。
 
私たちは“良い環境”というのは汚れのない“きれいな環境”と思いがちですが、“汚れ”にはいくつか種類があり、自然界で分解されないプラスチックごみはもちろん取り除かなければならない対象ですが、汚れと思っているものの中には、生物の生育に欠かせない窒素やリンなどの“栄養”もあり、これらは多すぎると水環境において赤潮やアオコを引き起こしますが、足りないと生物の生産量が落ちてしまいます。これは美味しい水産物が採れる“豊かな海”とは少し違います。

そのちょうど良い量というのはこれから探っていくところですが、今回の瀬戸法改正が目指す「里海」とは、「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」(環境省のHPより)のことです。
GENは中国の黄土高原において、植林をし、人が管理をする「里山」づくりを行っていますが、目指すとことは同じことかもしれません。
 
「里海」も「里山」も、食料の生産だけでなく、人間を含めた多くの生物が暮らす場所で、私たちが生きる基盤である生態系サービスを提供してくれています。
瀬戸法の改正は国としてこのような豊かな「里海」を守っていこうという意思を示していると言えるのではないでしょうか。
いつまでもおいしいお魚が食べられる海を守っていきたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?