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黄土高原史話 by 谷口義介

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書き手:谷口義介(GEN会員) 研究分野は東アジア古代史・日中比較文化。寄る年波、海外のフィールドはきつくなり、いまは滋賀の田舎町で里山保全の活動。会報に「史話」100回のあと、…
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2023年3月の記事一覧

黄土高原史話<10>中国の臍(へそ)はどこだろう by谷口義介

 10年ほど前、上海で聞いた話に、若者の間ではやっているのはキョンキョンと工藤静香とか。今はおそらくビンチー・ブーこと浜崎歩(あゆみ)。折しも今秋は日中国交正常化30周年とて、その認定事業の北京コンサートでは、さぞかし人工的メイクアップとヘソ出しルックが、かの地のファンを魅了したことでしょう(もちろん歌も)。  私事ながら、「近江は日本のヘソ」と滋賀県人(だけ?)は信じています。  では、中国のヘソはどこか。  現在でいえば、南北大動脈の京広鉄路(北京―広州)と長江水運(重慶

黄土高原史話<9>「東農西牧、南稲北麦」というけれど by谷口義介

 春・夏のワーキングツアーでは、夜行列車のコンパートメントや農家に泊まるときの4人1組、ホテルや招待所の場合の2人1組、すべて相手が変ります。毎夜組合せを換えることで、相互の理解と全体のまとまりを、という深謀遠慮からでしょう。  「クラス仲間はいつまでも」の歌詞が通ずる世代のツアー仲間から、暑中見舞いを兼ねて質問がひとつ。  「中国の南・北を秦嶺(陝西省)-淮河(江蘇省)ライン、年間降雨量 800ミリで分かつことは納得。では、東・西はどのあたりで?」  北は黒龍江省の愛琿(

黄土高原史話<8>黄土高原にとってヒツジとは by谷口義介

 GENでは1998年、太行山脈の麓に霊丘自然植物園を建設。  総面積86ha、標高900~1300mと、高低差あり地形の変化に恵まれ、植物園にはまさにうってつけ。苗木づくりや果樹栽培、寒さと乾燥に強い外来樹種を実験的に導入していますが、その際、最もやっかいなのはヤギやヒツジの放牧。緑のない季節には、苗はもとより成木の樹皮までかじってしまうからです。そのため、近隣の村とも話を通し、侵入防止用に棘のある潅木を柵代わりに植えて囲っています。家畜の食害がなくなると、植物は徐々に本来

黄土高原史話<7>華北農耕文化の明と暗 by谷口義介

 「南船北馬」を代表例として、南北対比の四字熟語はゴマンとあるのに、東西対比の方は皆無といえるほど。東奔西走は対比ではないし、東辣西酸は南甜北咸とセットの言葉です。  中国語辞典を引いてみると、「南稲北粟(麦)」「南粒北粉」「南釜北鬲」「南糸北皮」「南板北弦」「南頓北漸」などなど。いつだったか機中で見た『西安日報』(?)に、「南傘北帽」と題するコラムがありました。  ではなぜ、東西対比にくらべ、南北対比の四字熟語は圧倒的に多いのでしょうか。  考えてみると、これはなかなか面白

黄土高原史話<6>リヒトホーフェンの神話? by谷口義介

 西安を発って河西回廊を過ぎ敦煌に至ると、西域の香りが強くなります。乾燥した駱駝の糞の臭いも混じって(写真)。これより先、トルファン、ウルムチ、クチャ、カシュガル、そしてサマルカンドと、その名も魅惑的なシルクロード沿いの都市が続きます。  この「シルクロード」の命名者が、他ならぬドイツの大地理学者リヒトホーフェン男爵。  1869~72年の間、中国の各地を縦横に踏査、荒寥たるゴビ砂漠や黄土台地の奇観を目にし、帰国後、有名な黄土風成説を発表します。中央アジアの乾燥地帯から強い