ディケンズ

チャールズ・ディケンズ『ドクター・マリゴールド 朗読小説傑作選』刊行記念/収録作「ひいらぎ旅館の下足番」朗読音声公開

2019年12月5日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第4回配本として、チャールズ・ディケンズ『ドクター・マリゴールド 朗読小説傑作選』を刊行いたします。
『クリスマス・キャロル』、『二都物語』などで知られるイギリスの国民的作家ディケンズは、月刊分冊または月刊誌・週刊誌への連載で15編の長編小説を執筆するかたわら、雑誌の経営・編集、慈善事業への参加、アマチュア演劇の上演、自作の公開朗読など多面的・精力的に活動しました。ディケンズが初めて自作の公開朗読をおこなったのは1853年、41歳のとき。バーミンガムの成人教育機関の設立基金を集める目的で、バーミンガムのタウン・ホールにおいて「クリスマス・キャロル」を朗読しました。以後、ディケンズは1870年に亡くなるまで計470回近くの公演をおこないました(ディケンズの公開朗読の詳細については、書籍巻末の「訳者解題」をぜひご覧ください)。
『ドクター・マリゴールド 朗読小説傑作選』には最も朗読回数が多かった5編(ベスト・ファイブ)が収録されていますが、『クリスマス・キャロル』『ピクウィック・クラブ』『デイヴィッド・コパフィールド』といった有名な小説からの抜粋以外にも、一般の読者にはあまり知られていない、隠れた名作も存在します。その一つが「ひいらぎ旅館の下足番」で、この愛らしい小品は、たったワンフレーズで人生の深みを感じさせる描写など、ディケンズの短編小説作家としての技が光る作品になっています。
 以下に公開するのは、訳者・井原慶一郎さんによる「ひいらぎ旅館の下足番」解題です。朗読音声と併せてご覧ください。

「ひいらぎ旅館の下足番」解題(text by 井原慶一郎)

「ひいらぎ旅館」は、ディケンズ編集の週刊誌「ハウスホールド・ワーズ」の1855年クリスマス特別号に掲載された、他の作家との合作による短編連作小説である。この短編連作小説の第三話として書かれたのが「下足番」であり、「ひいらぎ旅館の下足番」はこの短編を、わずかに手を加えて台本化したものである。

 語り手の「私」は、「ひいらぎ旅館」の第一話に「客」として登場する人物で、第二話以降はそれぞれ旅館の関係者が語る内容を「私」が書き留めるという構成で書かれている。第三話「下足番」は必然的にコッブスの独り語りとなり、ときどきは「私」が質問するかたちで対話が進んでいく(原作の本来の始まりは第二段落のコッブスの語りからである)。

 原作では、コッブスの語りはすべて「彼」や「下足番」や「コッブス」を主語にした間接話法で書かれているが、朗読台本では、いつの間にかコッブスが「私(=あっし)」を主語にして語り始め、語り手の「私」の座を奪うことになる。ディケンズは、公開朗読以前に不定期でおこなっていたアマチュア演劇活動において「性格俳優」(特異な性格の人物をうまく演じる俳優)として定評があったが、ディケンズはまさにコッブスになりきり、コッブスの声を通して幼い子どもたちのあどけない会話や姿を見事に――眼前に浮かぶように――描き出した。

 幼いカップルが目指すグレトナ・グリーンは、イングランドとの国境にほど近いスコットランド南部の村で、18世紀半ばからイングランドの法律で結婚を認められない多くの男女がここで駆け落ち結婚をしたことから、駆け落ち結婚の地として知られるようになった。「ひいらぎ旅館」は、ハリー坊ちゃんの祖母の暮らすヨークからグレトナ・グリーンに向かう、ちょうど中間地点にあるという設定である。

「ひいらぎ旅館の下足番」の初演は1858年6月17日で、短編三本立てプログラム(「哀れな旅人」、「ひいらぎ旅館の下足番」、「ミセス・ギャンプ」)の一本として朗読された。この愛らしい小品は、他の「長編」と組み合わせた二本立てのプログラムでも――主要な演目のあとで読まれる軽い出し物としても――重宝した。お別れ巡業公演およびロンドンのお別れ公演では、新しい演目「サイクスとナンシー(短編)」と組み合わせて(短編三本立てプログラムの一本として)頻繁に読まれた。朗読回数は81回で、全朗読台本中三位である。

 夫婦仲が悪化し、「ひいらぎ旅館の下足番」の初演時にはすでに妻キャサリンと別居状態にあったディケンズ。彼は最後の一段落をどのような気持ちで朗読していたのだろうか。

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《愛の小道がございます》(E・A・アビー画)。ハウスホールド版『クリスマス・ストーリーズ』(ハーパー&ブラザーズ刊、1876年)より


*収録作品「ひいらぎ旅館の下足番」の朗読音声データはこちらから視聴できます。本書『ドクター・マリゴールド 朗読小説傑作選』をご購読いただき、併せてお楽しみください。

朗読:多和田さち子
録音:Chimpanzee Studio(鹿児島)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。本篇はぜひ、書籍で御覧ください。
【目次】 
クリスマス・キャロル
バーデル対ピクウィック
デイヴィッド・コパフィールド
ひいらぎ旅館の下足番
ドクター・マリゴールド

  チャールズ・ディケンズ[1812–70]年譜
  訳者解題

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