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経営に活かしたい先人の知恵…その32

◆「一張一弛」のススメ◆


 20世紀最高の経営者と言われたウェルチ氏は、経営で一番難しいのは「人のマネジメント」だと指摘している。どういうマネジメントをすれば、従業員は持てる能力を発揮できるのか。厳しくすることがいいのか、優しく接することがいいのか。

 ここで参考にしたいのが、孔子の「水、いたって清ければ、すなわち魚なく、人、いたって察すれば、すなわち徒(なかま)なし=一点の誤りもないように厳しくチェックしていては、仲間は増えない」という教えだ。人のマネジメントにおいても、厳しさが「過ぎる」と良くないと考えるべきだろう。

 厳しさが過ぎると、人は間違いなく疲弊する。疲弊した人間が、仕事で能力を発揮できるわけがない。しかし、仕事で成果を手にするためには、厳しさも必要であり、ハードに取り組まなければ人と組織は成長しない。問題は、厳しさと優しさのバランスではないだろうか。

 この点、中国古典『礼記』おける「一張一弛」の教えが参考になる。「弓は一度張ると一度弛める必要がある。同じように緊張ばかりで弛めることがなければ、名君として知られる、周の文王、武王なりとも民を治め、安んじることはできない」。

 このことを最も理解していた経営者が、松下幸之助氏だ。「馬の手綱を締めつ、緩めつ…という言葉がありますな。ああいうことのできる人が本当の経営者なんじゃないでしょうか。それができない人は、経営者としても、上手にやっていけない感じがする」。

 松下幸之助氏は、人のマネジメントについて、最初は「厳しさ8,優しさ2」としていたが、時間が経つにつれ「厳しさ5,優しさ5」となり、晩年には「優しさ8、厳しさ2」に変わっていったと聞く。ただ、厳しさは2と少なくはなっても、必要な時にはきつく叱るとのことだった。

 最近の若い世代は、学校でも家庭でも厳しくされた経験に乏しく、責任を問われることがなかったに等しいため、叱られることに慣れている人間が圧倒的に少ない。松下氏は、そうした現状を鑑みて、厳しさ2に転じたのだと思う。注視して欲しいのは、厳しさがゼロではないということだ。厳しさがまったくないようでは、タガが緩んでしまい、大きな成果は期待できない。

 また、優良な経営者には「叱り上手」が多い。阪急・東宝グループ創業者の小林一三氏がその最たる例だ。「小林一三翁の追想」という本には、その会社関係者が何人も登場しているが、すべての人が、怒られたことを思い出話として書いている。小林氏怒りには意味があり、その怒りに耐え抜いた人ほど、その後、出世コースを歩んでいることも興味深い。

 小林氏の鞄持ちを経験し、後に阪急・東宝グループのトップになった清水雅氏も、そのひとりだ。清水氏は、自著に次のように書いている。「何度怒られたか分からないが、ある時、怒られたことについて弁明しようとしたところ、お前なんかに怒るものか、私に怒られるようになったら一人前だ、お前を育てるには全く苦労するよと言って立ち去っていかれた。何だか怒られていたことが、ふっ飛んでしまって、目頭が熱くなってしまうようなことが度々あった」。

 「叱り上手」なリーダーが、人と組織を成長させるのだ。

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