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ロマンチックな伝説で知られる「ワスレナグサ」

ヨーロッパでは眼病や赤痢に用いられたことも

本格的な春が訪れると、地面をはっていた「ワスレナグサ」が急速に成長してきます。ワスレナグサは、そのロマンチックな名前で知られていますが、実際に花の姿に接する機会が少ない植物かもしれません。
ワスレナグサはヨーロッパとアジアが原産のムラサキ科の多年草で、鉢植えや花壇で栽培されています。地下茎より地上に茎を出し、高さ30cmほどで、まばらに枝分かれします。
春から夏にかけて、先端がサソリの尾状に巻いた総状花序を出し、短い柄にるり色で中心が黄色い小花を次々と咲かせます。花の形と配色の妙が、清純可憐な花の印象を強くしています。庭に植えると、春に咲いた花の種子がこぼれ、再び芽を出して成長するので、1年中楽しめます。近年は品種改良された白やピンク色の花も目にします。

類似する植物に、深山に生育する「エゾムラサキ」があります。エゾムラサキは花の数がやや少なく、ガクの裂け方も浅いという違いがありますが、遠目にはワスレナグサと区別がつきにくいです。
在来種には夏季によく目にする「ワスレグサ(ヤブカンゾウ)」があります。植物名の由来は、この花を見て憂いを忘れるという中国故事にならったとされています。

ワスレナグサが特に有名なのは、ヨーロッパに伝わる伝説や詩歌によるものと思われます。中でもよく知られているのが、こんな中世ドイツの悲恋物語です。「愛しあう2人の若者がドナウ河岸を散歩している時、この花を見つけた。若者は彼女のためにその花を摘み取ろうとした時、足を滑らせて急流に流されてしまった。重い鎧を身に着けていた騎士の彼は、自由を失い沈んでいくが、手にした花を彼女に投げて、『私を忘れないで』と叫んで河底に姿を消した」。
英国の詩人Miss Pickersgillは、『The Bride of the Danube』という詩の中で、この物語を詠んでいます。詩の最後の節で、「Still calling them “Forget-me-not” (今もワスレナグサと呼んでいる)」と紹介したことが広く知れ渡って植物名になったようです。
牧野富太郎博士は「俗名でForget-me-notと呼ばれていることから『私を忘れるなよ』の意味であるからワスルナグサと呼ぶほうがよいと思う」と述べています。
ワスレナグサの漢字には、当て字で「勿忘草」や「藍微塵」が使われています。「ヒメムラサキ」「ルリソウ」など、花の色による別名もあります。
学名はMyosotis scorpioides、属名はギリシア語のMyos(ハツカネズミ)+otis(耳)の意味で、葉の形状に由来します。種小名はサソリという意味で、花の咲き方がサソリの尾のように曲がって咲くからです。
英名は伝説から生まれたForget-me-notと、葉の形に由来するMouse-ear(ネズミの耳)が使われています。

ワスレナグサが日本にいつ頃輸入されたかは記録がありませんが、日本で詩歌に詠まれるようになったのは明治以降です。

仏蘭西の みやび少女が さしかざす 勿忘草の 空いろの花

北原 白秋

藍微塵 遠き師の恋 歌の恋

石原 八束

薬用としては、ヨーロッパでワスレナグサをのり状にして眼病に用いたり、ミルクと水で煮て赤痢に用いたりしたと記録にありますが、日本での使用例はありません。
ワスレナグサはアメリカ合衆国アラスカ州の州花にもなっています。
花言葉は「真実の愛情」「真の恋」「私を忘れないでください」です。

出典:牧幸男『植物楽趣』

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