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外出自粛期なので「帚木」を読む(3)

活動が制限されてると、からだの内側で何かが出口をもとめてさまよう。そんなときに気楽なおしゃべりなどしたら、勝手なこといくらでも言いがちになる。それに、そもそも不平なモードになっちゃってるから、思考が「類友は友を呼ぶ」ように不平なことを探しがちかも。

外出自粛期のひとの変化を見ていると、そんなことを思う。まあ、この窮屈さを、人によっちゃあ どうせいつか何かの役に立てちゃうんだろうけど。いや、むしろ、現世の利益を目指して、いまこのときに使えないかな。できれば読書の本命の『源氏物語』で。

それなら、物忌みの「雨夜の品定め」がある!

という訳で、雨夜の品定め読書会も第三回です。

・別に4人で盛り上がってる訳ではなかった

シチュエーションとしては、物忌みだし雨が降ってるしで、宮中待機を余儀なくされてる宵から翌朝まで。4人の男子会。メンバーは、17歳の光源氏、光源氏より4歳年上なのを気にやむ正妻=葵上のお兄ちゃん=頭中将、どうやらこの二人は四位で、残り二人は五位と思われる左馬頭と藤式部。

いろんな女の話が出てくるので、4人で和気あいあいとトークが弾んでるのかと思えば、そうでもない。左馬頭のトークが延々と続く。延々と、いい女不在論を読まされるのは少々しんどい。

・サービスカットがある

ねえー、紫式部センセー、そんなありえない理想を出してきて到達してないみたいなこと言われるの癪なんですけどー。家柄がよくて教養レベルも高いなんてフツーすぎて物足りないよね、なんて彼は何者なのって感じなんですけどー。

脳内で語りかけると、紫式部センセーは、それならば、と夜の灯りの下の、白くて柔らかな下着もあらわな、我らがアイドル=光源氏のお色気イメージカットを挟んでくるんですよ。もしかしたら間接照明みたいな陰影礼賛な灯り色のグラデーションのなかに気だるげな表情の光源氏がぼんやりと映っているのよ。ヤバいです。時空を越えた以心伝心を何故に紫式部先生は使えるんでしょうね。

・光源氏推しになるように誘導されてる感

で、光源氏はこの夜の談話にノリノリじゃないんですよね。そうすると、ああ、光源氏はそういう下品な話に乗らないんだ、っていうのが推せるポイントのひとつのような気がしてきてしまうんです。ほんとは彼、藤壺への秘めた横恋慕で頭がいっぱいなだけなのに。男のドリームの話を聞かされることで、この4人のなかで女のドリームにもっとも近いのは光源氏なんだと思ってしまう、そんな効果もあるんじゃないでしょうか。

・あの頃の恋

で、そのあとの左馬頭のトークは長いけど整理されてるの。恋人にするなら(でも結論は出ない)、妻にするなら(こちらも結論は出ない)、関係性にぶちギレて出家したり喧嘩したりする女もバカらしいよねというケーススタディ、こんな中流女がいたという体験談。

この辺は『源氏物語』の時代の恋のありようがレクチャーされる、という意味で後世の読者にとってありがたい。紫式部先生は、1000年後の読者のことも考えてくれてたのかなあ、お花畑が頭をよぎります。

で、左馬頭の体験談が呼び水となって頭中将も中流の女との重要なエピソード、常夏の女=夕顔についての語り始めます。正妻にイジメられて失踪した女のことを、彼女がバカだから長続きできなかった、ふうなことを言うんですよ。彼女も俺から去ったことを後悔してんじゃないかな、みたいなことも。苦しくて失踪するんじゃん、なぜそんな追い打ちをかけるようなことを言うんすか……。浮舟の時だって薫がそんなこと言ってたけどさあ……。

・失踪した女を彼らがバカだと評価するのは何故なんだろう?

相似形なエピソードが重なるので、一度だったら「そういうこともあるかもね」と流せることを、失踪する→他の男に匿われてると思われる、というパターンについて考えてしまう。

どちらにせよ、失踪したことは、それだけ深刻な事態になっていたからとは捉えられず、バカって感じに思われちゃってます。なんですかね、みんな出家するする詐欺で、言うほどしなかったんですかね。みんなそうは言うけど実際やったらバカな感じなんですか? このへん、よくわからないです。ま、それはおいといて。ただ、ロスを受容するために、自分が相手にとって用無しになったとするよりは、他の男の存在を仮定する必要があったのかなあ。わからんことです、ただでさえ男心なんぞわかっちゃいないのに、身分違いで時代も違うとなれば、思いもよらぬ可能性がたくさんありそうです。

・藤式部の存在感の薄さ

あとは藤式部が、前の二人がしたように情けない恋の話をする。ニンニクの女の話です。この、藤式部というひとは、今回の男子会のなかで影が薄いです。左馬頭の長い長いトークのあいだ、切れのよいところで頭中将は頷いた、光源氏は藤壺のことを考えていた、と反応が描かれてる箇所があるんだけど、藤式部はスルーされちゃう箇所があるんです。

・頭中将の意図は何だったんだろう?

光源氏の正妻=葵上の実家の左大臣家では、光源氏が宮中にばっかりいて家に来てくれないのを気にしています。他所に溺愛してる女でもいるんではないかと思いつつ、ただ品よく光源氏の世話をしています。実家もつらいですね。

そんな状況で頭中将は光源氏の手紙のヤバいやつを見たがったり、左馬頭の語りに「互いに譲り合って長く寄り添える夫婦が望ましい、でも難しいのかな」などと言いつつ葵上のことを考えたりしています。

そりゃオニイサンとしては妹の幸せを願うでしょう。もうちょっと葵上のとこにも来てくれ、という説教のひとつくらいはしたかったのかもしれません。

これは、男子会が進んでから分かることですが、頭中将は正妻の圧力によって通いどころ=常夏の女に失踪されています。つまり、正妻サイドの圧力によって、愛され過ぎた恋人を闇から闇に葬るという解決案を知ってる状態で、光源氏に恋バナを持ち掛けたんですよ。

なので、そういう意図は別に描かれてはないんですけど、頭中将は妹=葵上の連れない夫=光源氏の他所のオンナを突き止め消し去る、という計画があって宮中に人の少ない雨夜に光源氏に話しかけた、という推理も出来なくはないかな、と思えて。恐ろしいですね。ま、常夏の女の話をしてしまったので、その手はもう使えなくなったので安心でしょう。

このように、先を知って読むとまた別の味わいになってくる、というのも紫式部先生の凄いところです。

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