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素人が源氏物語を読む~葵00~:古文、ムズい。手短すぎる。

ひとつ前の巻「花宴」では桐壺帝の御世で、東宮の存在感がそれまでになく強調されてきていました。そして次の巻「葵」では御世替わりは既に終わっているのです。これは、読むの大変です。何故って、いきなりパラダイムシフトの向こう側なんですから。

私の読んでいる林望先生の訳は、桐壺帝は譲位して東宮は朱雀帝となり……というようなことがリーダブルに書いてあって、ありがたいものです。でも、こういうの全部、原文には記述が無いんじゃないかしら。不安になったので、原文を見てみます。めんどくさそうと思われた方は、とばしてください。


世の中(この場合は男女の仲ではなく治世とか権勢ある家柄が)変はりて後、
(光源氏は)よろづ物憂くおぼされ、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御しのびありきもつつましうて、
(源氏ガールズたちは)ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ね給ふ(そういう罪な状況の)報いにや、
(光源氏は)なほ我につれなき人(=藤壺)の御心を、尽きせずのみおぼし嘆く。

※()内は私めが入れました。

いきなりは分からない。まったく分からん訳でもない。でも慣用句とか知識不足でどうにも分からんこともある。

そもそも今回()内を補充できたのは林訳を知っているからで、単に「世の中変はりて後」って言われても、小さな「わかる」を積み重ねて大きな「わかる」に辿り着こうとするならば、身動きとれなくなって無理でしょう。どの意味の世の中なのよ、ってアタリをつけられない。

まあ、「わからない」を積み重ねねつつ全体を読んだら当初はわからなかった部分がわかるという不思議現象もあるんですが。

平安のリアルタイムで読んでたら、慣れたひとの「アレがアレして」を理解できるように、理解しうるモンだったんでしょうが。ま、しょうがないよね。

正直、桐壺冒頭の「いずれのおほんときにか」も、ほかの言い方でなく「おほんとき」なのは何故なんだ、とか思ったら、あっという間に1週間くらい過ぎてましたからね。

読みすすまない葵はだらだら書いていきます。

それでは、また。

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